第二話 02.告白の返事
放課後、人気のない校舎裏の園芸同好会倉庫前には男女二人の姿があった。
そこは校内有数の告白スポットの一つであり、昨日も告白に使用された場所でもある。
だが、あくまでもこの場所は単なる告白が行われる頻度が高い場所というだけであり、決してここで結ばれたカップルが永遠に幸せでいられるなどといったご利益のあるような場所ではない。あっさり振られる人もいれば告白に成功しても三日で別れるなんてこともざらなのである。
そんな告白スポットにおいて七篠 如人は現在進行形で心の中がお祭り状態だった。
心の中ではたくさんの自分自身が阿波踊りの大行進である。あくまでも心の中だけでそれを実際に行動に起こすような事はしない。あまりがっついた感じを出さずに、どうスマートに返事をしようかと悩む。
七篠に告白してきたのは黒髪ボブカットの髪型をした小柄であるが出るところはしっかりと出ている播磨 結衣という名の同級生の女子生徒。しかも播磨は文句なしに七篠好みの美少女だったのだ。そんな子から突然告白を受けたのだから彼が浮かれない理由など全くなかった。
一度落ち着いて考えをまとめるために、七篠は目の前の女の子から視線を外し周囲を見渡した。
特に人の気配などは感じられず、この場は完全に二人きりだというのがわかる。
ひょっとしたら性質の悪い罰ゲームやドッキリなのでは? という可能性も考えたのだが、どうやら大丈夫そうだ。
昨日はとんでもない目にあった場所だが、一日経てばこうも違うものかと考えた瞬間、七篠の頭の中を嫌な予感が通り過ぎた。
何故、そんな予感がするのか?
いったい何が引っかかっているのか?
もう一度改めてその予感の原因を頭の中で必死に探す。
そこで七篠は昨日もここで告白があったという事実を思い出したのである。
告白されたのはクラスメイトの上沢 緋女だ。
そしてその告白してきた先輩は蜂使いに操られており、上沢は彼に襲われた。
結果的に、蜂は撃退されたがその過程で七篠は上沢に蜂使いだと誤解されて攻撃されたのである。
それがあっての今のこの状況。
昨日は告白されたのが上沢だった。
今日は自分である。
まさかいくらなんでも二日連続で同じ手はないだろう。
そう思うし、そうであって欲しい。だが絶対にないとは言い切れない。何故なら仕掛ける相手が違うからだ。テレビ番組でも同じドッキリを違う人間にしかけてそれぞれの反応をウォッチングしているではないか。
これが蜂使いの仕掛けた罠ではないと何故言い切れる?
播磨を操り七篠に蜂を取り憑けようとしているかもしれない。その可能性は拭いきれないのだ。
もちろん蜂使いが干渉しているという証拠は何もない。だがあまりにもこの告白は七篠如人にとってはタイミングが良すぎるのである。
これは七篠が考えすぎなのかもしれない、ただ疑心暗鬼に陥ってるだけだとそう斬って捨てることもできる。それでも今の七篠の置かれた状況で簡単に判断できることではなかった。
果たして本当にこれは蜂使いの罠なのかそれとも思い過ごしなのか、どちらが正しいのかわからない。
しかし確実にわかることが一つある。
それは蜂使いを倒さない限り、七篠は彼女の告白に答えることはできないという事だ。
果たして播磨の告白は本心なのか、それとも操られて無理やり告白させられたのかを証明するのはそれしか方法がないからである。
「播磨さん」
「はい」
名前を呼ばれた播磨は少し緊張した面持ちで七篠の方へ顔を向けた。
「今の質問の答え、少しの間待ってもらえないかな?」
「それはどっちの答えですか?」
「どっちとは?」
「まず一つ目は付き合っている人がいるのかという問い。そして二つ目が私と付き合ってくれるのかという問い。果たしてそのどちらを待つのかという事です」
「それって何か違いがあるの?」
「全然違いますよ。二つ目の方なら良いですよ。二つ目の問いを待って欲しいって事は一つ目の答えは自動的にノーですから」
「はあ……」
「でも一つ目の答えを待って欲しいってのはダメです。ダメダメです」
「えっと、それはどうして?」
「一つ目の問いの答えはイエスかノーの二択。どちらかを答えれば良いだけなんですよ? 返答に時間がかかる理由はないでしょ?」
「あぁうん、そうだね」
「なのに一つ目の答えを待って欲しいって言う事はどういう意味だと思いますか?」
「え? うーん……すぐに答えが思い浮かばないや」
「そうですか。この場合すぐに思いつくのは、一つ目が現在付き合っている人はいないけど、誰かに告白していてその返事が保留中である場合」
そう言うと播磨は顔の横で可愛らしく指を一本立てた。
「二つ目は気になる人がいて告白しようか迷っている場合」
さらにもう一本の指が追加される。
「パッと思いつくのはそんな所ですけど、どっちのパターンも結局私はキープされてるだけなんですよね」
「キープって、そんな」
「この二つが理由の場合、自分が振られたら保留しておいた私に乗り換えようというのがみえみえです」
「まあそういう考えで保留することもあるのか」
「それ以外だと、逆に私以外の人からも告白されていてその返事が保留中である、なーんてパターンも考えられますけど……」
そう言って播磨が七篠の表情を窺うような目で観察する。
「なるほどね」
そう言って頷きながら七篠は、上目遣いでこちらを見る播磨を感心したような目で見つめ返した。
「もう既に誰かとお付き合いしてるってパターンもあるけど、それならそもそもそんな返事の仕方しないでしょ?」
「そうかな? 一つ目がイエスでも付き合ってる人と別れようと思ってるとかあるかもしれないと思うけど」
「だったらそこは多分正直に言わないと思います。余計な事は言わずに二つ目の返事を待って欲しいって言って、別れようと思ってる彼女と別れると思いますよ」
「あーそう言われると確かにそうかも。わざわざ本当の事を言う必要はないね」
「でもそういう事が分からなかったって事は、七篠君は二つ目の問いの返事を待って欲しいって事ですよね? やった!」
小さく両手でガッツポーズを作って播磨が喜びを体で表した。
「いや、なんで君が喜んだのかさっぱり理解できないんだけど?」
「だって七篠君に今お付き合いしてる人はいないって分かったから」
「ああ、なるほど」
思わず吸い込まれてしまいそうになる播磨の笑顔を見ながら適当な相槌を打つ七篠。
「それともう一つ」
「もう一つ?」
播磨が可愛らしく右手の人差し指を立てながら続けて言う。
「やっぱり昨日見たのは誤解だったってわかったからですよ」
だがその言葉を聞いて七篠の心臓の音が高鳴った。
「誤解? 見たって何を?」
一瞬動揺した七篠は勤めて冷静に播磨に聞き返す。
「保健室で七篠君が上沢さんに抱きしめられているところ」
想像通りの答えに七篠は体が固まった。
「何があったのか、どうしてそうなったのかは知りませんけどね」
「えっとね播磨さん、それなんだけど……」
「あ、別に理由は教えてくれなくても良いですよ? まだ七篠君と私は恋人同士でも何でもないですから」
「本当に良いの?」
「だいたい想像できてますよ。多分、今は私に話しにくい内容じゃないかなって思うので」
「播磨さん、察してくれてありがとう」
「いいえ、確認なら上沢さんにでも出来ますし」
「え!? 上沢さんと知り合いなの?」
「いいえ。話したことないです。でも彼女に疚しい気持ちがなければ素直に教えてくれるんじゃないですか?」
「それはちょっと、どうだろう?」
「教えてくれなくても別に構いませんけどね。本人達の大切な思い出かもしれないし」
そう思うなら聞かなくても良いのでは?と思う七篠だがいつも通り思うだけに留めておいた。
「とにかく君の告白に対する返事は絶対するよ。先にすべき事を終わらせたらその後に」
「はい、わかりました。お返事待ってます。それじゃあ私、もう行きますね」
そう言うと播磨は頭を下げた。
そのまま後ろを向いてその場から立ち去ろうとしたが、何かを思い出したかのように少しだけ七篠の方へと向き直る。
「そうだ七篠君に前向きに考えてもらえる様に一つだけ訂正します、私F組ですけど、こっちは違うので」
そう言って両手を軽く胸に添えるように移動させた。
「お付き合いしてくれたら、コレ恥ずかしいけど教えてあげますね」
七篠に見えるように可愛らしくウインクをすると今度こそその場から走り去っていった。
その後、その場に残された男子高校生は煩悩の渦の中から脱出し元の冷静な心を取り戻すまでに凡そ十五分の時間を費やしたのだった。
次回も新キャラ登場です。
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