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第一話 1.きっかけは事故

 1999年4月


 確信があった訳ではなかった。


 七篠(しちじょう) 如人(なおと)が通いなれた高校からの下校途中に少し前方を小さな子供が歩いている、という事に気が付いたのは偶然だったのである。


 最初、七篠は学校から駅に向かう道中にある公園に向かって、その小さな子供が歩いているのだろうと思ったのだ。こんな小さな子供が一人だけでこんな場所を歩いているのか、と思って周りを見回してみると、七篠の後ろには子供の母親と思わしき人物が、ベビーカーを押しながらゆっくりと歩いてきている。


 七篠が再び前を向くと、奥の車道の方にこちらに向かって走ってくるトラックの姿が見えた。


 トラックは特にスピードを出し過ぎているということもなく普通に車道を走ってきている。再び子供に視線を戻すと、少しバランスを崩したように見えた。嫌な予感が脳裏をよぎり、咄嗟に歩く速度を上げて子供の傍へと向かう。すると子供が手に持っていた何かを地面に落としたのが見えたのである。


 落とした物は子供の頭と同じくらいの大きさがありそうなサッカーボールだった。それが車道の方へ転がり、子供は慌てて車道に飛び出したのだ。


「危ない!」


 その光景が視界に入った瞬間に七篠は大きな声を上げ、子供をめがけて一目散に走り出していた。


 トラックはクラクションを鳴らしながら走ってきており、その距離はもう既に子供のすぐ傍にまで迫っていたのである。


 それを認識し七篠は必死になって走る速度を上げると一気に車道に飛び出した。


 トラックにぶつかるギリギリで子供を抱きかかえると、自分の身体をトラックとの間に無理やりねじ込んだ。最早トラックとの衝突回避は不可能と判断し咄嗟に体に力を込めた。その時七篠は自分の身体に今までの人生において味わった事のない感覚を覚えたのである。


 トラックのブレーキの音と大きな衝突音が辺りに響き、衝撃を受けた七篠の身体は回転しながら宙を舞った。


 腕に抱えた子供だけは離すまいと必死に力を込めたまま、アスファルトの車道に背中から落ちる。


 アドレナリンが出ている所為か不思議と痛みは殆んどなかった。だがその直後、急激な倦怠感が七篠を襲い、少しずつ意識が薄れてくる。


 意識を失うまでのわずかな間に彼は、今日この時まで忘れていた大切なことを思い出し、そのまま動かなくなったのだった。


◇◇◇


 上沢(うえさわ) 緋女(ひめ)がその場所を通ったのは偶然ではない。


 去年の一年間、そして今年度もこの道を通って学校に通うのはいつも通りのことである。


 いつもと違うことがあったとすれば、訪れた時間。今日は日直でその仕事を片付けていて帰宅するのが遅れたのだ。


 そしてもう一つ、これまでと決定的に違うことがあったとすればそれは、事故があったこと。


 だから上沢がその場に現れた時には、もう既に沢山の野次馬でごった返していたのである。


 最初、何故こんなに人がいるのかと上沢は訝しんだ。そこで目に付いた自分と同じ制服を着ている女の子に尋ねたのである。


「何かあったのか?」

「うえっ!?」


 同じ制服の女の子は、突然背後から話しかけられた事に驚いたのか、振り向きざまに変な声を上げる。上沢は、あまりにもビックリした顔を見せるその子に、驚かせて悪いことをしたと反省する。


 女の子は同じクラスになった見覚えのある女子生徒だったが、上沢はその子の名前が思い出せなかった。


「驚かせてすまない」

「う、ううんっ。そんな、こっちこそゴメンね。えっとそれで何かな?」


 クラスメイトの女の子は可愛らしく顔の前で両手を振って、上沢に向かって返事をする。

 改めて上沢は何故こんなに人がいるのか、その理由を尋ねた。


「何で、人だかりができてるのか、ちょっと気になってな」

「えっとね、うちの学校の生徒が事故にあったんだって」

「事故?」


 黒山の上から道路が見えないかと上沢は少し背伸びしてみたが、よく見えなかった。


 なので、その場で少し屈むと一気に垂直方向にジャンプする。


 するとクラスメイトの女子と比べても頭一つほど背の高い上沢は、バレーボールやバスケットボールの選手も顔負けな高さまで跳び上がったのである。


「うわぁ……」


 今まで話をしていた女の子が、思わず口を開けたまま言葉を失ってしまうほど上沢の跳び上がった姿は華麗だった。


 滞空時間が十秒はあったのではと錯覚しそうな一瞬のジャンプを終え、上沢は何事もなかったかのように元の位置へ着地する。


「確かにそれっぽいな、それで事故にあったのはどんな奴だ?」

「えっとね、男子生徒だっていうのはわかってるけど、それ以外はちょっと……」

「ふうん、まあ地面に血が全然流れてなさそうだし、あまり大きな怪我はしてないんだろうな」

「えっ?」


 同級生の女の子は、何故か上沢の言葉を聞いて驚いた顔になった。あの一瞬のジャンプで、周辺の状況を確認したことで驚かせたのかと、上沢は自分の失言を反省する。


 フォローが必要かどうか、確認の為に女の子に話しかけた。


「何か変なこと言ったか? あっちの軽自動車にはぶつかった形跡も見えないし、一応警察は証拠集めしてるっぽいが」

「……あのね、事故を起こしたトラックはついさっき運ばれていったんだよ? もう前の方なんてグシャグシャだったんだから」

「グシャグシャだって? 事故って、軽く接触したとかじゃなくてか?」

「違うよ。トラックにぶつかって跳ね飛ばされたって話」

「それじゃあ、もう血は洗い流された……いや待てよ……」


 そこで少女は昔見たテレビ番組で言っていた内容を思い出した。確か、交通事故のときは証拠の保全が第一で、その時の雨が一番嫌われるのだという話を。


「トラックの前面がグシャグシャになるほどの事故にあったのに、そいつは一滴の血も流していないって事かよ?」

「でも事故の後、その男子は全く動かなかったって聞いたよ? ひょっとして死んじゃったのかも……ひぇっ」


 女の子は自分の言葉の内容を想像したのか、両手を抱えて震え上がった。


 そんな女の子を横目に上沢は、それはないだろうと強く思った。


 さらに上沢は、事故にあったというその男子生徒が誰なのか、早急に突き止める必要があるとも考えていたのだ。


 何故なら、その男子生徒はひょっとすると、自分と同じ立場の人間かもしれないから。


 この先の未来で、自分の前に立ちはだかる敵になる可能性があるかもしれないから、と。


 事故にあった七篠如人と上沢緋女がお互いの存在を認識するのはもう少し先の話である。



読んでいただきありがとうございました。

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