哀れなパトリック
「おお、ベレン! 無事だったか! 大変だっただろう? さあ早く帰ろう。お前の好きなプティングも用意してあるからな。」
「兄上、私はもう勘当された身です。ダキテーヌ家の門をくぐることはありません。この場では一応兄上と呼ばせていただきます。」
「何を言っている? 一緒に帰ろう。今なら父上も許してくれる。私も一緒に謝ってやるから、な? な?」
堪忍袋の尾が切れたのか、ボリスの怒号が飛ぶ。
「いい加減にしてもらおうか! そんな話は外でやってくれ。誘拐だと言うから憲兵隊のみならず騎士団までもが時間を割いているのだ。ベレンガリア嬢、貴女は誘拐されたのか?」
「いいえ、自分の都合で家出をしました。勘当されたのも当然だと思います。」
「ばかな! ベレン! その男に誑かされているのだな? 怖がることはない、正直に言うといいんだ。」
また話がおかしくなる。
同じ展開を繰り返し、誰もが、パトリック以外全員がうんざりしている。
「パトリック殿、どうすれば君は納得するのかな? 本人を含めこの場の全員が同じことを言っている。君だけが現実を認めようとしていない。それは貴族として潔くないのではないか?」
「違う! みんなマーティンに騙されているんだ! 私は間違ってない!」
そこで本日初めてアランが発言をする。
「ところでパトリック君、先日君は……私かオディロンに決闘を吹っかけてきたけど、まだ取り消してないよな?」
「当然だ! 受けて立ってみせるか!」
その瞬間、全員の表情が凍る。
事もあろうに騎士団の詰所で決闘を宣言してしまったのだ。
「じゃあ終わりだ。」
そうアランが言うが早いか、パトリックの首はざっくり裂けていた。そしてその場に力なく倒れこんでいった。
「さて、ダキテーヌ卿、彼の死体を引き取ることは許可しましょう。存分に弔ってあげるといいかと。」
斬られたパトリックの首からは血が出ていない。傷口がもう乾いているのだ。
またアランの剣や飛び散った箇所からもいつの間にか血が消えていた。おそらくオディロンの仕業だろう。
「くっ、マーティン卿の、寛大な心に、感謝する……」
そして目の前で兄を殺されたベレンガリアは、顔を紅潮させ息も荒い。その場にへたり込んでしまっていた。
「ベレンちゃん。帰ろう。君の宿まで送るよ。」
ベレンガリアはオディロンに手を引かれるまま詰所を出ていった。
外に出せばこうなることを父である当主、ポール・ド・ダキテーヌは分かっていた。だから地下に閉じ込めておいたものを。なぜ母、ヘイゼリアは解き放ったのか。
栄達を求めクタナツに来たのは間違いだったのか……
そんな思いがポールの胸中に渦巻いている。




