マリーの苦悩
結局エリザベスが目を覚ましたのは昼すぎだった。カース邸にはすでにアレクサンドリーネもダミアンもいない。しかしマーリンは居た。
「お起きになられましたね。改めまして私、当家のメイド、マーリンでございます。お食事にされますか?」
「ええ、お願いできるかしら。」
「優しい味、ほっとするわ。ダミアン様が入り浸るわけよね。」
「もったいのうございます。それからこちらを坊ちゃんへお願いできますか? 道中で食べられても構いません。」
「ありがたく預かるわ。私の魔力庫はカースほど性能が良くないから……きっと道中でいただくわ。」
「もちろん構いませんとも。ご無事をお祈りしております。」
こうして領都を出発したエリザベスは翌日早朝にクタナツに到着した。
そしてさらに次の日の早朝にクタナツを旅立った。これからが本番だ。
フェアウェル村からクタナツまでは九日ほどかかったが、今回は一体何日かかることだろう。あれだけ体内に充満していた濃密な魔力がもう半分も残っていない。
フェアウェル村では。
カムイは狩りを手伝いエルフ達に喜ばれていた。
コーネリアスは精霊であるにもかかわらず、その愛らしい姿ですっかり村のマスコット的存在になっていた。
マリーはずっとカースの世話をしていた。カースが意識を失ってからずっと。もうすぐ一ヶ月が経過しようとしている。
そんなマリーは……ある決断を迫られていた。
それは……カースにエルフの飲み薬を飲ませるか否か。
エルフの飲み薬は神の霊薬エリクサーなどではない。濃密な魔力を含んだ劇薬であり、毒を以て毒を制するようなものだ。今回のカースのようにポーションの副作用で倒れた場合は、本来ならば自然回復が望ましい。
しかし……時間がない。
いくらポーションと魔法で生命を維持しているとしても健康を保てるはずがない。身体は衰弱する一方なのだから。
マリーは決断を迫られていた……
「マルガレータよ。どうするのだ? こちらとしてはいつまで一室を使おうが構わぬ。だが、たかが人間の体力がそう持つとは思えぬが?」
「村長……分かっております……時間がないことは……」
「ならばよい。この者の器ならば我らの飲み薬にも耐えられるのではないか?」
「そうかも知れません……しかし私は……」
「まあ好きにするがよい。人間風情が死ぬのは構わんが、精霊様には悲しんで欲しくないのでな。」
村長は口は出すが手は出さない。マリーでは思いもつかない解決方法があるのかも知れないが村長が積極的に助けてくれることはなさそうだ。
果たしてマリーの選択は?
カースの生死を分ける分岐点はどこにあるのだろうか?




