ロイヤル見世物
治療が落ち着くのを確認したフェルナンド先生は実況席へと戻っていった。観客に顛末を解説しに行くそうだ。表彰式開始までまだ時間がかかりそうだもんな。
『皆さま! お待たせいたしております! まだ治療は終わっておりませんが、フェルナンド様が戻られましたので先ほどの戦いを解説していただきまーす!』
『では両者が離れ、オミット選手が素手になった後から解説します。オミット選手は左手の折れた棒を離すことで生じた一瞬で薬を飲みました。おそらくは『神酒の欠片』でしょう。左腕、いや全身が万全ではないオミット選手が勝つには勝負を決めるタイミングでアレを飲む他なかったのです。』
『神酒の欠片と言いますと、『食べる偽エリクサー』とも呼ばれる劇物ですね? 一時的にいかなる怪我も治癒し続ける代わりに、十五分経過後の生存率は一割もないという……』
『そうです。治癒魔法使い殿が焦っておられました。幸い危機は脱出しましたので、両者の命に別状はありません。彼女は凄腕ですな。さて、それからです。徒手空拳で攻め立てるオミット選手をどうやって仕止めればいいのか、レイモンド選手は困ったはずです。なぜならその十五分間はいかなる怪我をしてもたちまち治ってしまうからです。』
『ですよね? 一体どうやったのでしょうか?』
『まずオミット選手ですが、決勝トーナメント二回戦で盾ごとジェラルド選手を槍で貫いた技がありますね。あれを素手でやったのです。あの技は後先考えず全力で槍を突き出すだけの技ですから槍がないなら素手でやるだけなのです。拳、手首の損傷は度外視ですね。ちなみに右手に持っていた折れた棒を捨てたのはレイモンド選手に左右どちらの手から攻撃が起こるのかを分かりにくくするためです。
一方、レイモンド選手はそれを避けず心臓にくらってしまいました。革鎧の上からとは言え心臓に強い打撃を受けますと意識を失うものですが、意識を失うまでの僅かな時間を利用して最後の攻撃に出ました。反撃ではありません。レイモンド選手が初めから狙いすましていた攻撃なのです。
まず左手の短剣をオミット選手の脇腹に突き刺す、これは見た通りですね。そうやって全力の一撃を放って隙だらけのオミット選手の注意を一瞬だけ脇腹に集中させました。
その瞬間です。奪った棒を顎先をかすめるように振り抜いたのです。気絶前の一瞬で!
怪我をさせても無意味。おそらく焼き尽くすか、それとも首を落とすしか方法はないと思われた中で! レイモンド選手はオミット選手を気絶させる方法を取ったのです!
頭の中身というものは非常にデリケートらしいのです。顎を揺さぶることにより首を中心として、頭の中身まで揺さぶられてしまう! その結果があれなのです!
ただし、これはレイモンド選手にとっても賭けです。自分の方が先に意識を取り戻す保証などないのですから。実際無意識ではありましたが、オミット選手が先に立ち上がりましたしね。』
『つまりレイモンド選手は、賭けに勝ったと!?』
『そうです。覚悟して受けた衝撃と不意に受けた衝撃ではダメージが違うということもありますが。決勝戦にふさわしい激闘だったと思います!』
『なんと壮絶な戦いだったのでしょう! 皆さん! 今一度ここにいない両者に盛大な拍手をお願いいたします!』
凄過ぎる……
あの一瞬でどんだけだよ……
それが実況席から見えてるフェルナンド先生もすごい。遠見は使えないはずだよな? あれも心眼の一種なのか?
会場は割れんばかりの拍手の渦だ。想像だけどフェルナンド先生が出場した回って絶対盛り上がらなかったんだろうな。会場が静まりかえる姿がありありと想像できてしまう。
拍手が止みつつある頃、国王が発言をした。
『皆の者。余が表彰式の前に芸を見せると言ったのを覚えておろう? まだ時間はあるようだ。芸ではないが、お前達にローランドの男の生き様を見せてやろう。
男には! 勝てぬと分かっていても戦わねばならぬ時がある! フェルナンド殿! 貴殿に勝負を申し込む! 魔法なしの一対一だ! 返答はいかに!』
『ぬおおおおーーー!! 陛下ぁ! 気は確か、お気はお確かであらせられますかぁ!!?? やめてください! 側近さん! 止めてください! 命を大事に!』
なぜ今なんだ? 後日先生を王宮に呼んで稽古を頼めばいいだろうに。お偉いさんの考えは分からん。側近は……止めないんかい! マジか……
『私が勝ったら宗家の極みを伝授していただく。それでよければ受けましょう。』
『いいだろう。では余が勝ったら一代限りの王家剣術指南役になってもらう。よいな?』
『承りました。いざ、尋常に……』
ぬあっ! フェルナンド先生も国王もついさっきまで実況室と貴賓室にいたんだろうに。もう武舞台に立っている。
「「勝負!」」
『なんとぉー! もう始まってしまったぁー! ほんの三秒前までフェルナンド様は隣にいたのにぃぃー!』
フェルナンド先生はいつもの自称安物の剣を使っている。国王はよく分からないが良さそうな剣を使っている。今は国王が一方的に攻めているが、先生はその場を一歩も動かず対処している。
「くっくっく……やはり勝てぬか……」
「なかなか良い剣筋かと。才能はおありですが、獲物を斬った数が少のうございますな。」
『何か楽しそうにお喋り遊ばされているが聴こえなーい! かくなる上は!』
あ、青バラさんも実況室から飛び降りた。この人は普通に浮身を使ってるな。
『リングサイド! 砂かぶりにやって参りましたぁ! 両者の試合を余すことなく実況いたします!』
性格はともかく仕事熱心なんだな。すごい人だ。
『陛下ともあろうお方がなぜこのような真似をなさるのですか?』
『くくっ、お前は目の前にドラゴンがいたら逃げるのか?』
すごい。青バラさんは二人の声色を真似してアテレコまでやっている。ギルドの受付嬢って芸達者なんだな。
私はドラゴンがいたら逃げたい派かな。
『御意。』
『来い!』
『決着です! 陛下がお倒れ遊ばされてしまわれましたぁー! 側近さん! 早く!』
終わった……しかし先生は国王に近付こうとしない。そこに側近が駆け寄って何やら飲ませている。ポーションかな?
目を覚ます国王。さすがに回復早いな。
先生は剣をゆっくりと高く掲げ上げた。
よく見ると先生の剣は中ほどから折れている。刃先はどこだ?
観客が静まりかえる中、澄んだ音がやけに響きわたった。




