カースの社会科見学
今日は社会科見学の日だ。
引率はもちろんウネフォレト先生、そして何と校長のエロー先生もだ。普段校長と話すことなんかないから少し楽しみだ。
そして騎士団から五人ほど護衛についてくれるらしい。えらく待遇がいいのは普通なのか、それともアレックスちゃんがいるからか。
「さあみなさん。今日は第三城壁の内側を歩いて一周しますよ。途中で色んな発見をすることでしょう。気になることもあるでしょう。
そんな時は、近くの先生や騎士団のお兄さんにドンドン聞きましょうね。もちろん私に聞いてもいいですよ。では、二列に並んで列を乱さないように歩きましょうね。」
エロー校長はハゲた大熊のような見た目に反して優しさが滲み出る話し方をする。
列を乱さず質問をする……どうやったらいいんだ。近寄るのを待てってことかな。
さあ出発だ。
二列なので私の隣はアレックスちゃんだ。誰が決めたのか、偶然か。
進路は北、第一目標は教会だ。
教会と言えば……
「ねえねえアレックスちゃん、『祝福』って知ってる?」
「もちろん知っているわ。カースが知らないなんて珍しいわね。例えばよくあるのが『ヴィルーダ様の祝福』ね。
大抵二歳参りの時に貰えるわ。これを貰えると病気にかかりにくくなると言われているわね。そのせいか平民の子たちは貰いやすいみたいよ。私達は魔力が高いからそうそう病気なんてしないものね。」
そうなのか。母上に質問した記憶はあるが、答えてもらった記憶がない。スルーされたんだったかな?
魔力が高いと病気をしないことも知らなかった。確かにおたふく風邪や水疱瘡、風疹など、何もかかってない。風邪をひいたことすらない。当たり前だから誰も教えてくれないのか。
「へぇーすごいんだね。他にどんな祝福があるの?」
「たくさんあるわね。私も全部知ってるわけじゃないけど。出世する人、長生きする平民は何らかの祝福を授かってると思えばいいわ。神様は多過ぎて言えないから興味があったら図書室とかで読んでみたら?」
「あー図書室あったよね。行ったことがなかったよ。今度一緒に行こうよ。」
「なっ、一緒にイクですって!? この破廉恥カース!」
「はれんち? って何? 前も聞いた気がするよ。図書室行かないの?」
だから六歳のガキの発想じゃないだろ!
どんだけだよ! これも上級貴族の嗜みなのかよ!
「そ、そうよね、図書室よね。もちろん行くわよ!」
「ところで、どこかで聞いた気がするんだけど、かなや=さぬはらって神様はいる?」
「いや、聞いたことない……わね。サヌハーラ? サンサーラ? なら聞いたことがある気もしないでもないわ。」
どうせあいつは下っ端だろうしな。
もしあいつが神様の端くれだったら私の頭の中のしょぼい教科書は祝福の一種とも言える。
そろそろ先頭が教会を通過しつつある。
あっ! 校長先生だ!
「エロ校長先生! 質問です!」
「こらこらマーティン君、私はエローだよ。間違えてはいけないよ。」
「ごめんなさい。慌ててしまって。校長先生、質問です! クタナツで一番強い男は誰ですか?」
父上の名が挙がることを期待した質問だ。
「ほう、男の子らしい質問だね。強そうな男は大体友達なんだが、困ったな。難しい質問だよ。
例えば君の父上、マーティン卿と生き残ることを勝ちとする勝負をすれば私は勝てない。
逆に校庭など閉所から出てはいけないルールがあれば私が勝つ。さらに魔法を禁止にすれば君の母上にすら私は勝てる。
そこで考えてみようか。どんな状況で強い男を知りたいかな?」
すごい、とても真摯に受け止めてくれた。さすが校長。しかも父上より強いのかよ。
「では、魔法なしで、校庭ぐらいの広さで素手だったら誰ですか?」
「えぇ? 素手かい? これまた困ったな。私だと言いたいんだが、素手には自信がないのだよ。
おそらくだが、組合長のドノバンかな。彼は殴る蹴るも強いがそれ以外に妙な技を使うものだから素手でも油断ができないのだよ。」
「すごい! 妙な技って気になります! 殴る蹴る以外ってことは投げたり関節を極めたりですか?」
そもそも空手や柔道なんかないし、まさか素手で戦う習慣があるとも思わなかった。
「ほほう、よく知っているね。えらいよ! そうなんだよ。蹴ったと思ったら転んでいるし、殴ったと思ったら関節が外れてるし。あいつに素手で近づいたらいけないよ。」
「はい! ありがとうございました!」
組合長のドノバンか。やっぱりこんな所でトップを張る人間はすごいんだな。
「ちょっとカース! 自分だけエロー校長に質問するなんてずるいわ! 私だって聞きたいことがあったのに!」
「何を聞きたかったの?」
「っ、内緒よ! 淑女の秘密を探るなんてだめな男ね!」
そんな秘密を公衆の面前で質問しようとしてたのか。そもそも六歳は淑女なのか? サンドラちゃんは淑女だが。
こうして何事もなく騎士さんに質問したり前後の友達とおしゃべりしたりと楽しく歩いた一日だった。
ギルド前では冒険者のおじさん達が怖い顔で手を振ってくれた。治療院の前では優しそうなお姉さんがにこやかにこちらを見ていた。
もうすぐクタナツに冬が来る。




