カースは十歳
朝方、私が学校に出かけるのと入れ違いに父上とアッカーマン先生が帰ってきた。二人とも髪の毛がさっぱりしている。ついさっきまでフェルナンド先生と飲んでいたらしいのにどうしたことだ? フェルナンド先生のすごい刀を見てご満悦だとか。羨ましい……
学校では何事もなく過ごした。
セルジュ君やスティード君と道場の話をしたり、アレクやサンドラちゃんと勉強の話をしたり。充実している。
そして放課後、今日は特に用もないのでまっすぐ帰る。最近ギルドに行ってないのが少し気にはなっている。
「ただいま。」
「お帰りなさいませ。奥様がお待ちですよ。」
「分かった。ありがとね。」
あれからマリーとは風呂に入ってもらってない……
「ただいまー。帰ったよ。」
「おかえり。カースは忘れてると思うけど、今日は貴方の誕生日よ。先生の道場でお祝いをして下さるそうだからきれいにしてきなさい。それから出かけるわよ。」
そうだった。今日でわたしは十歳、少し大人になったのだ。
「忘れてたよ。道場でだなんて嬉しいな。じゃあお風呂に入ってくるね。」
ふぅ、我が家のマギトレント風呂は最高だ。
今月末に完成するマギトレント空中露天風呂も最高に違いない。しかし単純計算で二十トンをゆうに超える重さになるか……今の私の魔力で大丈夫だろうか……
ここ最近は首輪を外していないし、錬魔循環や魔力放出もサボっていない。納品まで残り十日ぐらい……か。
ん? 誰かが入ってきた。まさか……
おお! マリーだ!
「え!? マリー?」
「さあ坊ちゃん。きれいにしますよ。こちらへお座りください。」
ドキドキしながらマリーに背を向けて座る。
「坊ちゃんもついに十歳ですか。おめでとうございます。」
「あ、ありがと……」
背中を這い回るマリーの手は艶かしい。見えないけど。
「奥様の経絡魔体循環で動けなくなった坊ちゃんをお風呂にお入れした日が昨日のようです。」
「ああ……あの時ね。よくは覚えてないけど、かなり苦しかったことだけは何となく覚えてるよ……」
あれは本当に苦しかったよなぁ。頭の中を蛇が這い回ると表現すればいいのか? とにかく苦しかった。
「今日まで生きてこれたことをお祝い申し上げます。これはささやかですが、私からの贈り物です。今日の記念に……」
はっ、あれ?
さっきまでマリーと風呂に入っていたと思ったが? 夢でも見たのか?
しかし、この体を駆け抜ける倦怠感を伴う爽快感は何だ?
まさか、私は夢の中で……? それにしては何の痕跡もないな? 分からん……
しかし、実感していることは……
今の私は魔法使いではない。賢者だ。さすらいの大賢者だということだ。日暮れの草原を吹き抜ける秋風のように爽やかな心持ち、だが若いうちから肉欲に溺れるのは良くない。自重しよう。
「きれいになったわね。じゃあ行くわよ。準備はいいわね?」
「押忍!」
せっかくだから学ランを着ている。上下とも標準タイプだ。お誕生日会から冠婚葬祭まで使える学ランは素晴らしい。ボタンにはマーティン家の家紋を、裏ボタンには母上の実家の家紋を使っている拘りの逸品。もちろん袖は本切羽だ。
かくして私達は馬車に乗り込み無尽流道場へと向かった。




