冬の終わり
朝になっても家には私とマリーの二人だけだった。
姉上達はおそらく学校に避難したままなのだろう。両親も魔物の事後対応なのだろう。私にできることは何もないので、いつも通り過ごすとしよう。
城壁外では騎士達が仕事を終えようとしていた。
「ふぅ、あらかた焼き尽くせたようだな」
「おお、今のところ胞子の放出は見られないな」
「この分だとひとまず安心できそうだな」
「おっ、功労者のマーティン夫妻がいるぞ!」
「おーい、マーティーンさーん!」
「おお、お前ら。いやー大変だったな。俺達に死人が出なくてよかったよな。」
「あなた、少し不謹慎ですわ。冒険者や市民の方に犠牲が出ておりますのよ。」
運悪く昨日の朝から城壁の外に出ていた農民や冒険者で戻ってない人間がいる。
「……そうだな。悪かった。だが本心を言えば俺とお前、そして子供達が無事なのが何より嬉しい。」
「……あなた……私もですわ……」
「イザベル……」
「あなた……」
「おいおい、マーティン夫妻さんよー。ここにいるのは若い騎士達だぜ。可哀想だから見せつけないでやってくださいよー。あー羨ましいこって。」
「はは、すまんすまん。まあイザベルの魔法にかなり助けられたってことで勘弁してくれ。」
「ですよねー。奥様の魔法はとんでもないですよね。今時攻撃も回復もできる魔法使いって珍しいんですよね。さすが『聖なる魔女』様ですよね。」
「おっ、よく勉強してるじゃないか。誰が言い出したのかは知らんがイザベルは凄腕だからな。俺も鼻が高いってもんだ。」
「はいはい、もう帰れよー。まあまあ収束したんですから奥様だけでも帰した方がいいんじゃないですかねー。あー俺も美人の嫁さんが欲しいわー。」
「ふふふ、羨ましいだろ。今度なれそめを教えてやろう。」
「聞きたくないです。みんな知ってますから。」
「じゃあ、あなた。私は帰りますわね。カースちゃん達も心配ですから。」
「おう。ありがとな。愛してるぜ。」
「……もう、あなたったら……」
「お前達、ご苦労だった! お前達の奮戦のお陰でクタナツの危機は免れた!城門で浄化魔法をかけてもらった者から帰ってよし! 解散!」
この世界において衛生観念はさほど重視されない。しかし今回は違う。
魔境の奥深くでしか見られない危険な寄生キノコが目の前まで迫ったのだ。
屈強な騎士達は寄生されることはないとしても市民は分からない。一人が寄生されたのならそこから恐ろしい数の胞子が蔓延することになる。だからこそハインリヒは過剰なほどに警戒しているのだ。
確かにこのクタナツには非力な市民は少ない。街中で胞子が放出されたとしても寄生される市民はいないかも知れない。
しかしそんな可能性に期待して安全を無視するわけにはいかない。
この慎重さこそがハインリヒを騎士長にまで出世させたのだ。蛮勇を誇った同期は何人も死んだ。騎士は強ければよいという時代ではないのだ。
「代官閣下、ひとまずは沈静といったところですな。」
「ああ騎士長。騎士団に犠牲者が出なかったのは何よりだ。今回のあらましは領都に報告するとしても、そのまま放置とはいかん。
ノワールフォレストの森のキノコがなぜこんな所まで来れたのか、そもそもゴブリン風情ならともかく、オークやオーガにまでよく寄生できたものだ。その辺りを放置しておくわけにはいかん。」
「それについては私も考えましたが、結論など出ません。つきましては、ギルドに依頼を出そうと考えております。 」
「ほう? どのようにだ?」
「まず今回の侵攻ルートの特定、これは比較的容易でしょう。
次にノワールフォレストの森の状況、魔物達が思わぬ動きをする時は、より上位の魔物に追われているというのが定番ですが、キノコにそんな天敵がいるはずもありません。
何か起こったのか、起こってないのかを確かめる必要があるでしょう。」
「そうだな。卿の言う通りだ。どうやってあの砂漠を超えたのか、理由が分かれば今後の対策もとれよう。報酬は弾んで構わんが、五等星以上限定にしておけ。」
「御意、私もそう思います。」
未曾有の危機は免れた。
そして春が来る。
老獪な代官は引退し、新任の代官が着任するだろう。
新たな代官は有能か無能か、それとも……




