クタナツクライシス
だいぶ寒くなってきた。
我が家にストーブはないが、暖炉はある。服に綿は入ってないけど魔物素材で意外と暖かい。
朝の魔力放出を終えて暖炉の前で本を読んでいると、外から大きな音が聞こえてきた。
鐘の音のようだ。
時間を知らせる鳴らし方ではない、連打している。
何事だ?
「カースちゃん! お母さんは出掛けるからマリーの言うことを聞いて家から出ないように!
マリー! カースちゃんを守りなさい! 家が壊れようが何が起ころうが守りなさい!」
「かしこまりました。行ってらっしゃいませ。どうかお気をつけて。」
何だ何だ? オディロン兄も姉上も学校で、家には私とマリーのみ。
「カース坊ちゃん。この音は魔物の襲撃です。毎年起こるものではありませんが、冬になり食料が乏しくなると襲ってくることがあるのです。
この街の城壁は堅牢、騎士団は優秀、辺境だけに冒険者はたくさんいます。また奥様のような魔法使いも相当数いますので、心配することはありません。
中で大人しくしておいてくださいね。私は家の門周辺を見張りますので、決して家から出ないようにしてください。分かりましたね?」
一息で難しいことを言い切ったな。子供に理解させる気があるのか?
「分かったよ。本の続きでも読んでるよ。」
「さすが坊ちゃんです。物分かりがよくてありがたいです。」
僕も行く〜なんて言うかと思ったんだろうか?
そんなこと言うはずがない。危なすぎるに決まってるし、母上に余計な心配をさせるわけにはいかないからな。
それにしても魔物の襲撃か。
『かなや=さぬはら』から貰った知識によると、五〜二十年に一度ぐらいの割合で起こるらしい。ここクタナツ以外でも起こるが、やはりここが最も起こりやすいようだ。
しかし魔物って腹が減ったら何でも食うんじゃなかったのか? 木や草や共食いもするとか。
なぜわざわざ攻めてきたのだろう。冬だから草や葉は少ないが、共食いすればいいだろうに。
それとも人間はそんなにうまいのか?
「報告いたします! 魔物どもは城壁より十キロルあたりまで近づいてきております。バリスタ、投石機の準備は完了しました。後は城外の民の避難を残すのみとなっております。」
「ご苦労、騎士長を呼んでくれ。」
「はっ、お待ちください。」
「代官閣下、お待たせいたしました。」
「うむ、このタイミングですまんな。用はない、ただの確認だ。今回の襲撃はどうだ?
いつも通りと言ってよいものか?」
「はっ、時期的にはいつも通りと言えますが、数はだいぶ多いようです。」
「そうか。全て卿に任せる。うまくやれ。」
「御意! 行って参ります。」
「うむ、無事を祈っておる。」
クタナツ代官であるフレデリック・ド・バルロー男爵と騎士長ハインリヒ・ド・ブランシャールの会話である。
長年クタナツで代官をしているフレデリックからすると、今回のような襲撃は珍しくはない。
前回も前々回もやはり冬であり、だいたい十年に一度の間隔だった。過去には五年の間に二回来たこともあるので、いつ来てもおかしいものではない。ここは辺境なのだ、魔物にも盗賊にもいつでも対応できなければならない。
フレデリックは自分の強さには自信を持っていたが、軍の指揮には自信を持っていない。
騎士として貴族として生きてきたが、才能を発揮したのは文官としてだった。
その結果、下級騎士の生まれにも拘わらず男爵にまで出世し、クタナツ代官にまで登り詰めた。
辺境では貴族の力は使えない。魔物が貴族に服従するはずもないのだから。出世はフレデリックの実力と言えよう。
彼は一対一ならハインリヒにも勝てるが、軍の指揮はできない。だからいつもハインリヒに『全て任せる』と指示を出していた。
一方、ハインリヒは一対一で強い方ではない。体は大きいが動きが鈍く戦闘に向いていなかった。そんな彼だが、軍の指揮をさせると不思議とうまくいった。声がよく通ることも一因だったかも知れない。
声を大きくするだけなら魔法を使えばいい。
それだけでは説明できない不思議な声である。代官から軍事の全てを任されていることも良い方に進みクタナツの治安・防衛は万全だった。
それだけにそろそろ引退を考える年になったことを寂しく感じる二人でもあった。
「ふむ、今回はいつもよりずいぶん多いな。所々に大きい個体もいるようだ。念のためだ。魔法部隊に城壁に『堅牢』の魔法をかけるよう指示を出せ。北側だけでよい。」
この街には入口が南北二ヶ所あり、今回の襲撃は北側だった。そもそも毎回襲撃は北側からなのだが。だからと言って東西南北全方位の警戒を怠りはしない。
魔物達の広がりは幅五キロル、奥行きは見えない。恐るべき数だ。
対してここの城壁は厚さ五メイル、高さ二十メイル、横幅は三キロル。王都や領都ほどではないが、辺境屈指の防護を誇っている。
襲撃と言う割には進行の速度は速くない。大人の早歩き程度だ。整然と進んでいるとも言えるが、あの速度ではバリスタ等、投擲兵器のよい的である。
「しっかり引きつけろ! 魔法部隊、回復は済ませたな?バリスタと同時にいくぞ!」
ハインリヒの檄が飛ぶ。
魔物達は怒号もあげず淡々と近付いてくる。先頭までの距離が五十メイルを切った。
「撃て!!」
魔法部隊からは大規模な火炎魔法で近くの敵を狙い、バリスタは遠くの大物を狙う。
さらに投石機で広く狙う。投石機からは大量の小石が発射された。
魔物の数は膨大だ。
とても全滅させることなどできないだろう。
だからこそギリギリまで引きつけて、最大数を殲滅する必要があった。しょせん魔物なのだ、先ほどまでは整然と進んでいたようだが、仲間がやられればすぐに馬脚を現すに違いない。
第一射、第二射、第三射と攻撃したところで……
「やめい! 次射に備えておけ!」
普段ならこのぐらいで魔物は混乱し散り散りになり、そこを騎士団で各個撃破していく。
もっとも普段の話をするなら、魔物達が整然と進んで来ることなどなかったのだが。
「ふうむ、まだ進んで来おるな。構えを解くな! 次射用意!」
その時である。
魔物達に異変が起こった。いや、彼らにとっては普段の行動かも知れないが。
ミンチになった仲間、焼け焦げた仲間を食べ始めたのだ。
確かに魔物にとって共食いは珍しくないと聞く。しかしわざわざ人間を攻めて来ておいてその場で仲間を食べる。
その不合理さ、異常性に誰もが口を開けずにいた。
そこに……
「撃て! 今は好機だ!」
ハインリヒの声が響く。
先ほど同様に第一射、第二射と続く。
魔物達はその数を減らすに連れて残った個体の食う速度は上がる。それでもまだ歩き続ける魔物もいる。
当初の数からすれば残り二割にまで減らしている。攻撃が苛烈だったこともあるが、共食いの結果でもあるのだろう。
それでも奴らは食うのをやめない。いっそ不気味ですらある。
「バリスタ! 大きいのだけを狙え!」
所々に見えた大きい魔物だ。まだ生き残っている。
ゴブリンにしてもオークにしても大きすぎるサイズだ。
バリスタ部隊は優秀なようで射程ギリギリにも拘わらず、次々と魔物を貫いていった。
大地が夕日と血で赤黒く染まる頃、魔物達は全滅していた。最後まで整然と歩くか、共食いをするかだった。
「今回の襲撃は何かおかしい! 迂闊に近付くな! 魔法部隊! お前達は触らないように死骸を遠くに集めて灰になるまで燃やしてしまえ!
他の者は棒っきれでも何でもいい、火をつけまくれ! 特に城門前は火を並べておけ! くれぐれも直接触るなよ!」
ハインリヒには奴らの行動に見覚えがあった。確信はないが、ある種のキノコに乗っ取られた生物の行動に見えたのだ。
そのキノコに寄生されると歩くことしかできなくなる。食欲はなくなるが、魔物達は本能で共食いをしたのだろう。
死ぬまで歩き、宿主が死んだら二十四時間後ぐらいから胞子の放出が始まり、寄生を繰り返す。ノワールフォレストの森でも恐れられているキノコだ。
ある程度の体力・魔力があれば乗っ取られることはないが、子供や年寄り、体が弱っている者は危ない。
それがこれだけの数の魔物に寄生していること、大型の個体にすら寄生していることをハインリヒは訝しんでいた。
ノワールフォレストの森からここに来るにはヘルデザ砂漠を通らなければならない。
しかしキノコに寄生された魔物にあそこを通過できるだけの知恵も体力もあるはずがない。
だが、そんなことは後回しだ。
今回の原因がこの『パラシティウムダケ』だと仮定して対処をしないと大変なことになる。
早ければ明日の朝には胞子の放出が始まってしまう。
それまでに焼き尽くさなければクタナツは……




