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カースは食べる


「ようこそいらっしゃいました。メイドのサラと申します。」


「ど、どうも、お邪魔しております。カース・ド・マーティンと申します。」


びっくりした。何の気配もしなかったぞ。

まあ気配察知なんかできないけど。


「準備が整っておりますので、こちらへどうぞ。」


「カース行くわよ。」


案内された先は如何にも貴族の食卓だった。

高価そうな一枚板のテーブル、縦十メイル・横二メイルはある。

そこに並べられた料理の数々、とても二人分とは思えない。


「これはすごいね。もしかしてみんなが来るかも知れなかったからこの量なの?」


「いいえ、みんなが来れないのはもう分かってたじゃない? これは二人分よ。」


「ええ!? アレックスちゃんは普段からこんなに食べるの!?」


「そんなわけないでしょ! このバカース! 貴方のために用意してもらったんだから! 貴方が元気がないから! たくさん食べたら元気が出るんだから!」


「アレックスちゃん……この間から僕を泣かせてばかりだよね。悪い子だ。でもありがとう。さあ食べようよ。」


「カースが泣き虫なだけよ! お祈りしてからよ!」


上級貴族のお祈りはよく分からないので見様見真似でやっておいた。


「おいしい! 何これ! すごくおいしい!」


「そうでしょう。魔境のクイーンオークよ! そのクイーンオーク一匹からこれしか取れない希少部位『ハーツ』よ!」


ハーツとは心臓。しかも心臓の下部、厚い所のみの俗称だ。オークは基本的に全身を食べることができる。しかし内臓を食べようと思ったら鮮度が問題となる。


理由の一つは足が早いためだ。魔力庫を容量より鮮度重視に設定していないと持ち帰ることはできない。しかし多くの冒険者は容量が大きい設定にしている。

そのため美味で希少な内臓は冒険者達の特権としてその場で食べられてしまうことがほとんどだ。

もう一つの理由は心臓が無傷のまま倒されることが少ないからだ。

言うまでもなく魔物の急所は脳か心臓、そして体内のどこかに存在する魔石である。

体躯の大きいオークの頭部は狙いにくいためどうしても胴体を狙うことになる。

とんでもなく希少な食材だ。


「こんな美味しい肉は初めて食べたよ!」


本当だ。前世と比べても初めてだ。

A5ランク牛肉なんて食べたことがないから分からないが、それでも美味しすぎる。


「全部食べていいんだからね!」


「うん! ありがたくいただくよ!」


全部は無理だが喜んで食べよう。アレックスちゃんの好意が心に沁みる。


「これはバジリスクよ! 魔境でバジリスクなんて珍しくもないけど、問題は料理方法よ! 毒がかなり危ないじゃない? うまく捌かないと全身に毒が回って食べるどころじゃなくなるのよ! うちの料理人は凄腕なんだから!」


「すごーい! バジリスク!? 美味しい! 初めて食べるものばっかりだよ!」


しかしこんなにすごい食材ばかりを子供二人だけで食べていいのか?

アレックスちゃんのお母さんや弟さんだって食べたかったんじゃないのか?


「これも飲みなさい! 美味しいんだから!」


「どれどれ! 甘い! 美味しい! これってペイチの実?」


「そうよ! 飽きるほど食べたいって言ってたわよね。食べる代わりに飲ませてあげるわ!」


すごい……一体ペイチの実何個分なんだ?

蕩けるような甘さ、それでもしつこくない爽やかさ、舌から喉へ味が変化しつつ流れ込む。そして、後味を残さずスッと消えていくようだ。


「美味しい! 美味しいよ! アレックスちゃんはすごいんだね!」


「ふふん、うちの料理人がすごいのよ!」


「もうお腹いっぱいだよ。結構残ってるね。」


「いいのよ。残りはみんなが食べるから。」


「そっか、だったら僕がそれまで魔力庫に入れておこうか? 僕のは傷まない設定だから。帰る前に出せばいいよね。」


「帰る? カース貴方いつ帰るつもりなの?」


「もちろん夕方になる前だよ?」


「だめよ! 夕食も食べなさい! 用意してあるんだから!」


それはまずい、馬車がないから日没を過ぎたら帰れなくなる。


「それは無理だよー。帰れなくなっちゃうよ。」


「明日もお休みなんだから! 泊まっていきなさい! お家の人にはサラが伝えに行ってくれるんだから!」


まあいいか。夜になれば家の人も帰ってくるだろう、ご挨拶もしておきたいし上級貴族の風呂も気になる。

考えてみれば生まれ変わって初めてのお泊りだ。グリードグラス草原の上空で夜を過ごしたのはお泊りじゃないよな?


「うーん、それならいいのかな。まだ昼だしね。後のことは後で考えようか。さあさあご飯も食べたしバイオリンを聞かせてよ。」


「……笑わない?」


ん? もしかして下手なのか?

狼ごっこも弱いし。


「もちろん笑わないよ。それよりバイオリンの音すら聞くのが初めてなんだから上手い下手なんて分からないよ?」


「それならいいわ。私の部屋に行くわよ。サラ、ここは頼むわね。あとカースのお家への連絡もね。」


「かしこまりました。」


「さあカース、付いて来なさい!」


そして私達はアレックスちゃんの部屋に移動する。もうすぐこの広い家に私達二人だけとなる。もっと大人だったら色々と楽しめただろうに。


アレックスちゃんの部屋はお姫様の部屋だった。ベッドは天蓋付きのアレ、ハイセンスな鏡台や堅そうな木を使った家具。しかし、ぬいぐるみなどの女の子らしさを感じるものはない。

おおっ! 大きい姿見があるじゃないか!

金属を磨いただけでない、ガラスの鏡は高級品だ!

ちなみに私が鏡面仕上げにした鉄板だが所詮は鉄板である。本物の鏡とは比べ物にならない。その鉄板も魔境に放置されている。今度拾いに行こう。錆びてないといいな。


アレックスちゃんは恥ずかしそうにチューニングをしている。

そして、ついに演奏が始まる。

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