カースは訪れる
そして週末デメテの日。前世で言う土曜日だ。
私は土曜日が休みでない世代だったんだよな。少し下の年代から土曜日が休みになってかなり羨ましかったのを覚えている。
さて本日は徒歩でアレクサンドル家に向かっている。
母上達には遊びに行くとしか言ってない。はっきり言って貴族が貴族の家に行くのに徒歩はありえない。
しかし今日のテーマは『育ちの悪いガキ』
だからこれでいいのだ。
これなら門前払いされる可能性だってある。
まずは第一の難関、代官府の南通用門。騎士長宅は代官府の敷地内にあるのだ。子供が一人で行って通してもらえるものだろうか。
ちなみにこの門の隣には騎士団詰所がある。
「こんにちは。どちらに行くのかな?」
門番の騎士が声をかけてきた。
「こんにちは。アレックスちゃんちに行きます。」
何という恥ずかしい言葉遣い。ところが騎士は一瞬困った顔を見せたものの、すぐに納得したようだ。
「騎士長のお宅は門を通って左だよ。壁に沿って進むとすぐ分かるよ。」
と、丁寧に教えてもらってしまった。
「ありがとうございます。」
そう言って私は代官府の敷地内に足を踏み入れた。緊張する。
ちなみに今日の私の格好は、黒い革のパンツ、白い麻のシャツ、その上にウリエン兄上から貰った黒いベストを着ている。つまり、ほぼいつも通りの服装だ。
足元は貴族が乗馬によく使うブーツだ。膝下まである長いやつではなく、踝より上にくる程度の長さ。歩きやすさ重視だ。
全体的に貴族としては簡素だが、平民にしては上等と言うレベルの装いである。
もし母上に騎士長の家に行くなんて言ったら礼服を着るはめになっただろう。
そうこう考えていたら見えてきた。
やはり大きい家だ。我が家も広い方だと思うが、やはり最上級貴族が住むだけある。当然のように門番もいる。こちらに気付いたようだ。しかし表情は変わらない。
「こんにちは。カース・ド・マーティンと言います。アレックスちゃんと遊びに来ました。」
いくら子供とは言え、とても貴族の挨拶なんて思えないレベルだ。門番もこれでは困ってしまうことだろう。
アレックスちゃんに友達がいることは知っているだろうが、おそらく私が初来客のはずだ。それがこんな出来の悪いガキだったら……
「ようこそいらっしゃいました。お嬢様がソワソワしてお待ちですよ」
あら、スルッと通してくれた。しかも横の通用門ではなく正門を開けられてしまった。これって賓客扱いじゃないか。これは一本取られてしまった。
門を通り抜けるとアレックスちゃんがお屋敷から飛び出してきた。いつもより服装に気合を感じる。そんな服装で走るのはよくないな。
「カース! 遅かったじゃない! でも待ちくたびれてなんかないんだから!」
「やあこんにちは。今日はお招きありがとね。」
正門を開けてもらった上にアレックスちゃんは綺麗な格好で待っていてくれた。手土産を何も用意していなかったのが悔やまれる。仕方ない、これをプレゼントしよう。
「あ、これお土産ね。色々迷ったんだけど初めて遊びに来たってことにちなんで、初めて繋がり。」
そう言って魔力庫からゴブリンの魔石を取り出す。私が喉笛を噛み切ったらしいゴブリンの魔石だ。フェルナンド先生が記念に取り出しておいてくれたのだ。
「は、初めてだなんてそんな……繋がりだなんて……//」
また何か違うことを考えてるな?
「僕が初めて素手で倒したゴブリンの魔石なんだよ。アレックスちゃんに貰って欲しいと思ってさ。」
「ゴブリンを? 素手で? カースが?」
「そうだよ。無我夢中だったからはっきりとは覚えてないんだけどね。」
そう、喉笛を噛み切ったらしいのだが覚えていない。覚えているのはゴブリン三匹に囲まれた所までだ。
「ありがとう。こんなすごい物をお土産だなんて。私は幸せ者ね。」
あれ? アレックスちゃんが可愛く見える。
いつものツンデレ風の彼女もかわいいのだが、今日はどこか本物のヒロインのように可愛いぞ。いかん、急に照れてきた。
「さあカース、中に入りましょう。お腹は空かせてきたでしょうね?」
「うん。もちろんだよ。楽しみだね!」
足を踏み入れる。やはり最上級貴族の邸宅は玄関からして違う。私にはよく分からない彫刻やら絵やらが飾ってある。
「すごいね! あの彫刻とかきっと高いんだろうね。」
「そうらしいわよ。ここは代々の騎士長が使う家だから、何代目かの騎士長が置いたらしいわ。父上は芸術には興味がないのよね。」
「へえー、アレックスちゃんは?」
「私も興味ないわ。私は音楽の方が好きだわ。」
音楽? この世界で音楽を聞こうと思ったら楽団や演奏家を呼ぶしかない。コンサートなどそうそうないのだ。
確かにピアノやバイオリンはあるが値段も恐ろしく高いらしい。その中でも高いバイオリンになると、材料となる木や表面に塗るニスが魔境由来らしく王都の豪邸より高いと聞く。
「おおーすごいね! 聞く方? 弾く方?」
「ひ、弾くの……バ、バイオリンを……」
「ええ! すごい! 聞きたい!」
「そ、それは後でね……先にお昼ご飯なんだから!」
食後の楽しみにしておこう。どんな曲を弾くんだろう。
「そうだね。ご両親にご挨拶しないとね。」
「ああ、誰もいないわよ。父上は先日からやたらお忙しいようだし、母上も弟を連れて出かけてしまったわ。カースが来ると伝えておいたのに。」
「あらら、そうなの。執事さんとかは?」
「母上が連れて行ってしまったの。その上なぜか使用人にも休みを与えたようで今日はメイドが一人しかいないわ。」
「ちなみに普段は何人ぐらいいるの?」
「執事が一人、メイドが三人に料理人が二人、護衛が三人ね。料理はバッチリ作ってもらってあるから早速食べるわよ!」
これだけの豪邸にしては少ないのかな?
緊張してきた。