三兄弟は走る
さあ稽古(狼ごっこ)の開始だ。狼は誰だ?
「さて、今日から君達に剣術を教えることになったフェルナンドだ。まあ私のことは先生と呼んでもらおう。ところでウリエン、騎士や冒険者にとって一番大事なことは何か分かるかい?」
「押忍! 敵を倒すことだと思います。」
「悪くない。が正解とも言いにくい。さてはアランから聞いてないな? 正解は生き残ることだ。騎士の場合、死ぬことも仕事だったりするが、そもそもその仕事を達成するために、最低そこまでは生き残る必要がある。
私のように冒険者は尚更さ。簡単だよな?」
「お、押忍。でも生き残るためにはやはり敵を倒さないといけないのでは……」
「ところがウリエン、君に、君達に私が倒せるかい? どうやっても無理だよな? となると、どうするべきだと思う?」
「押忍、先生より強い人間を連れてくる……でしょうか?」
「ほほぉー面白い! 君はさっきからいい所を突いてくるよ。さすがアランの長男だ。王都辺りで勘違いしてる貴族の子息とは大違いだね。しかし残念、呼びに行く時間がないよね? 私は目の前にいるのだから。となると?」
「お、押忍、もう逃げるしかないのでは……」
「大正解! 話が早い! 君は素晴らしい。これまた逃げることを恥だと考えてるバカがいてね。逃げるぐらいなら死ぬって具合さ。君達が私から逃げられるかはともかく、戦うよりは逃げた方が生き残れそうだよな?」
「押忍、たぶんそうだと思います。」
「だから今日からしばらく全員で狼ごっこをするってわけさ。簡単だよな?」
「「「押忍!」」」
逃げることが大事なのか。三十六計逃げるに如かずってか。
「さあルールを説明するよ。私はこの癒しの杖を持って君達を追いかける。君達は好きに逃げろ、もちろん庭からは出てはいけないよ。私は追いついたらこの杖でケツを叩くから、当てられた奴はその場に座っていなさい。
当てられた順番によって点をつけるからね。最初が一点、次なら二点、最後まで残ったら三点だ。三人に当てた時点で一回戦終了、これを十回やって最も高得点の子にご褒美、最低点なら罰ゲームだ。分かったね? さあ逃げろ!」
私達は思い思いの方向にバラバラに逃げた。
普段やってる狼ごっことは違う、本物の狼に追われるようなものだ。いや、絶対狼より危険だ。どのぐらいの強さで叩かれるのか…
ピシッ、痛っ!
もう叩かれた。でもよかった、思ったより痛くない。
「さて、最初の獲物はカース君か。そこに座ってね。さあ次はどっちだ? しっかり逃げるんだよ?」
次の瞬間私の目の前を兄上が飛んでいった。
叩かれたらしい。兄上はピクリともしない。
「ほらほら逃げろって言ったよね? 当たっても知らないよ? 残りはオディロン君だな。」
「ぎゃぁーマリーぃぉ助けっ」
言い終わらないうちにオディロン兄も叩かれて転げている。兄上ほど強くは叩かれなかったようだ。
「一回戦終了ー。早すぎるな。もっと逃げないとだめだよ。ほら、ウリエン起きな。」
『水球』
おお、魔法だ。サッカーボールぐらいの水の球が兄上の頭に落ちる。
「ううっお尻が痛、あれ? 痛くない?」
「癒しの杖だからね。当たった瞬間は痛いがその瞬間に治癒してるんだよ。もっともぶっ飛んでどこかに当たったら怪我するよ。まあそれもまた叩けば治るってものさ。
さあ、二回戦行くよ! 逃げろ!」
こうして私達は恐怖の狼ごっこを続けた。オディロン兄は少し、私はかなり手加減をしてもらっているようだ。しかし体格、体力の問題でどうしても私が先に捕まってしまう。
これは悔しい。
せめて二番目に叩かれるぐらいには逃げたい。何かアイデアはないものか。
「オディ兄ー あそこでマリーが見てるよー」
囁き作戦だ。兄を犠牲に私は逃げる!
「え? マリー? どこどっぐわっ!」
「オディロン君、よそ見はよくないよ。怖い狼さんが来てるんだからね。その点カース君、お見事。他人を犠牲にしてでも生き残る根性は大事だな。実の兄を犠牲にするとは恐ろしい子だ。」
ふふふ褒められた。やはり私は間違っていない。
そうして十回戦が終わった。兄上はびしょびしょのバテバテだ。
「さあ結果発表だ。高得点はウリエン! 最低点はカース君!ウリエンへのご褒美はこいつ、『ペイチの実』だ!
魔境に近い森で見つけた高級品だからね、金出せば買えるってもんじゃないんだよ。さあ今すぐ食べるといい。体力・魔力を少しは回復してくれるし、上限もほんの少し上がるらしい。」
すごーい! そんな果物があるのか。
さながら金のりんごや、神酒の雫ってとこだろうか。
「さて最下位のカース君は罰ゲームだ。この癒しの杖を頭の上に持ち上げたまま庭を二周してもらおう。」
そんなことでいいのか?
「押忍! やります」
意外と重たいな、いや私が二歳だからか。そりゃ自分の身長と同じぐらいの杖は重いよな。これを頭上に持ち上げて二周か。
とても走れないな。ゆっくり歩くしかなさそうだ。
「他の二人はもう中に入っていいよ。今日はここまでだ。解散!」
「「押忍! ありがとうございました!」」
結局庭をたった二周するのに二十分かかってしまった。そんなに広い庭でもないのに。でもやっぱり外を走り回るのは楽しいなー。
普通の狼ごっこなら尚更よかったのに。しばらくこんな稽古なのだろうか?