十月十日、深夜
カースが治療院から飛び立って三十分。
イザベルは懸命に治癒魔法を使い続けている。それでも右腕部分だけは洗浄するのみでカースを信じて待っている。
完全に治癒してしまうと腕が元通りにならなくなってしまうからだ。しかし治癒しなければ命が危ない。
イザベルはそのギリギリを綱渡りのように渡っている。
しかし自分の残存魔力も考えればリミットまで一時間もない。
治療院の魔法使いとて無能ではない。
しかし昼に何人もの治療をして現在は夜、魔力が回復しているはずもない。
魔力ポーションはあるが一日に何本も飲んで良いものではない。
イザベルにしてもすでに二本飲んでいる。
しかも重傷者はオディロンだけではない。パーティーのうち二人が重傷、ベレンガリアとて重傷一歩手前、それを応急処置と高い魔力で無理矢理持たせているにすぎない。
残る一人は気を失って倒れている。全力で二人を連れ帰ったためだろう。決して軽傷とは言えない。
イザベルとアラン、フェルナンド以外はそもそもカースの発言を聞きもしていない。
兄のピンチでトチ狂ったガキが何か言って飛び出した、ぐらいの認識だろう。
一方カースは高度を上げ水球を自分達に打つ、魔物の嗅覚を甘くみるわけにはいかないのだ。クタナツに近づく前に微かな痕跡すら洗い流すつもりだった。
来るなら来いと覚悟はしている。だがそれでも、少しでも安全を確持しようとする。
許可なしで飛び出し、城門すらスルーしたカースにとって現時点での最善手だった。
そしてカースの出発から一時間が過ぎた。
治療院の前に何かが落ちる音がした。
次の瞬間。
「戻ったよ! オディ兄の腕! これで助かるよね!」
「カース! お前本当に……」
「ごめん父上、まだ終わってない! 魔力ポーションちょうだい!」
「何を?」
「ベレンガリアさんから聞いて!」
そして魔力ポーションを流し込みカースは再び飛び立った。
「腕を繋げるわ! 貴方も手伝って!」
「おう! 今行く!」
オディロンの右腕はきっと無事に繋がることだろう。
ベレンガリアは安心したかのように意識を手放した。
一方カースは、現場に戻っていた。
先ほどの『燎原の火』がまだ十分に燻っていたので、容易く見つけることができた。
上空で光源を使い、再び辺りを昼にする。後始末、そして確認に来たのだ。
辺り構わず広範囲魔法を使ったために、巻き込まれた人間がいないか、撃ち漏らした蟻はいないか、新たに発生した蟻はいないか。
カースは知らないことだが、夜のグリードグラス草原では植物は眠りについたかのように動かない。代わりに夜行性の虫達の天下となる。
もしもカースが光源を手元に置いていたら大量の虫達に襲われていたことだろう。
広範囲を捜索するために高い位置に離して打ち上げたので、偶然無事だったのだ。
ようやくその危険に気付いたカースは地上に火球を打ち落とす。虫達は火の中に焼かれに飛び込む。
「勝手に死にやがれ。」
まだカースはキレているようだ。間隔をおいて火球を配置する。
あれだけの広範囲を焼き尽くしたのに現れた虫達。生き残った訳ではない。その範囲外から現れただけだ。
カースはある言葉を思い出していた。
『やつらを千匹殺すのは簡単だ。すぐまた千匹来るけどね。』
こんな雑魚共に構っていられない。地上を確認しなければならない。グリーディアントさえいなければそれでいいのだ。
先ほど兄の右腕を回収した地点を中心に、円を描くように動いていく。
そしてカースの軌跡をなぞるように火球が落とされる。
どうやら問題はなさそうだ。
しかし油断はできない。幸い魔力ポーションを飲んだためまだ魔力は持つだろう。
カースはしばらくその空域で待機し、様子を見ることにした。
果たしてオディロンの右腕を切り裂いた相手も焼き尽くしたのだろうか?