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02 闇オークションの妖精(2)

 動揺するエリアルなどおいてけぼりで、ルルリーアは涙を浮かべ熱弁を繰り広げる。


「エリアル様もわたくしと同じように婚約者の気持ちが自分に向いていないことを嘆いておられましたわ。最初は皆で同じ気持ちを慰めあっていたのですが、エリアル様だけは心をどんどん閉ざしていき、わたくしたちとも距離が…………わたくしがきちんと止めることができていれば、こんなことには――――っ」



 エリアルは何度も耳を疑い、それでも信じられない証言にあまりにも呆然として言葉が出てこない。その間にも話は勝手に進んでいき、思考を取り戻した時には悪役令嬢エリアルが完成していた。



「伯爵家令嬢エリアル・アレンス!貴様は本日をもって貴族籍から除籍とし、平民として国外追放とする。第二王子クリストファーの名において命ずる!また貴様の国外追放によってアレンス伯爵家には処罰はなしとする」

「私は――――」

「言い訳は聞かぬ!連れていけ!伯爵家にも処罰が欲しいか!?」

「――――っ」



 どうせ何を言おうと、こんな判断をくだす人に話は通じないのだろうとエリアルは早々に諦め連行されていった。途中で青ざめる婚約者のフィルと目線は合うが、それだけだった。



 手際よくに馬車にのせられ、学園を出た。王宮で尋問されるわけでもなく、実家のアレンス家に寄ることもなく、馬車は国境へと進んでいく。強行であるが計画的な断罪だったようで、律儀に平民用の服がしっかり用意されていた。ドレスを売りに出すことはできない。


 拘留中に杜撰な断罪が明るみにでて、冤罪により無罪放免になることを期待していたが無駄だった。


 そしてエリアル・アレンスという名前を捨て、『エリィ』としてひとり隣国アビスの名も聞いたことのない街で生きることになったのだ。

 馬車からおろされた場所が街とは言え、貴族の令嬢がたったひとりで見知らぬ土地に放り込まれれば普通は生きていけない。



「まぁ家族が無事なら、私は私で生きていくしかないわよね。仕事探さなきゃ…………」



 元婚約者の我が儘に振り回されていたエリィのメンタルは切り替えが早く、強かった。そうしないと心を守れなかったのもあるが、お陰で心を折らずにいられた。


 手元には一週間分の食事のお金がある。貴族基準なので平民水準で切り詰めれば1ヶ月は食べられるが、宿や日用品を買えばあっというまに消える。


 エリィは油断することなく行動した。それでも経歴が不明で、言葉遣いや整いすぎた容姿だった故に怪しまれ、なかなか仕事は見つからなかった。訳ありなのは見えみえで、面倒ごとに巻き込まれるのではないかと避けられたのだ。


 宿に泊まれず、雨の日は居酒屋の皿洗いの代わりに閉店後の店内を借りたこともある。暖をとるために宿の近くのゴミ箱から毛布を漁ったこともある。スラムに足を伸ばして、白湯のような炊き出しも口にできた日は良い方だ。

 川が近くにあるため、体と衣服の清潔は保たれたのは幸いだった。数ヵ月もすれば冷水にも慣れた。


 しかしそれもマシな方で、生活水準は更に下がった。何をしても飢えを凌ぎきれなくなるようになり、一ヶ月先に死を感じたときひとつの決断をした。



 エリィのミルクティ色の長い髪は唯一の自慢だった。母譲りの珍しい色で、家族によく褒められた思い入れの強い髪だ。思い出の品をひとつも持ち出せなかった『唯一のエリアル』としての象徴だった。腰まで伸びていた髪を切って売らなければならないほど、追い詰められていた。



 ――――髪を売って生き延びれないのなら、人生終わり。身売りするくらいなら死んでやるわ



 そんな決意で少年と変わらぬ短さまで髪を切った。


 その思いきりが功をそうし、すぐに花屋への就職が決まった。貴族の象徴である長い髪がなくなり、言葉遣いも特訓のお陰で平民に近づいたからだ。そうしてようやくエリィは平民としての人並みの生活をスタートさせることができた。


 汗水流して懸命に働けば、美味しいご飯と狭くとも屋根のある所で寝られる。エリィは労働の素晴らしさに身を震わせた。飢餓を乗り越えるほどの元々の健康体に栄養満点の食事がとれるようになったことで、無遅刻無欠勤で、楽しく働いていた。



 気づけば国外追放から一年と少ししたその日、すっかり平民となったエリィは給与がアップして浮かれていた。いつもは勤め先の閉店後まっすぐ帰るところを、途中でご褒美のケーキを買うために寄り道をしてしまうほどに浮かれていた。


 すでに日はどっぷり沈み、大通りを外れれば弱い街灯の光だけが頼りの細い道を歩いていた。ケーキの入った小さな紙袋を腕に抱え、鼻唄を歌っていたはずだった――――



 ※



「はぁ…………」




 エリィは「ケーキ食べ損ねたわ」と現実逃避をしていたが、闇オークションに意識を戻す。

 あの日突然背後から抱き締められ、意識を失って目覚めたら目隠しをされ運ばれていた。そして日も浅いうちに、自分は奴隷落ちして競売にかけられていた。


 ため息をつかない方がおかしい。



 ――――どうせ拉致されるなら、はしたなくても道端でケーキを食べておけば良かったわ。きっと、もう口にすることはできない…………



 エリィは2度目のため息を漏らす。そのため息が儚さを演出し、落札価格がどんどん上がる。そんなこと彼女は気にしない。

 闇オークションで奴隷として売られた若い乙女の末路は想像できた。誰に買われようと、まともな暮らしは期待できない。



 ――――お父様、お母様、お兄様、可愛い妹(ルイーゼ)…………私の人生はここまでかもしれません



 諦めの色をラピスラズリの瞳に乗せ、観客席を真っ直ぐに見つめ直した。


 落札価格はすでに名馬を買えるほどの価格だ。奴隷に払うとは思えないほどの値の高さに競売人も興奮を隠せず、どんどん客を煽る。それでもそろそろ打ち止めだろう。


「現在残っているのは十五番と四十二番のお客様となりました!さぁ、お次はいくらでしょうか!?」



 ふたりの男性客の間で駆け引きが始まる。競り合うように少しずつ値が上がる。

 小さな会場のため、ステージ上からも客のようすはよく見える。どちらも中年男性だ。仮面はつけていても細身の十五番は余裕の微笑みが口に現れ、太めの四十二番の口は一文字に閉じられている。ついに四十二番の札が下ろされる。



「残りは十五番のお客様のみ!本当に他にはいませんか?では――――」

「一割上乗せで払う!」



 落札の直前、割り込む声が会場に響く。全員が声のした会場入り口に振り向いた。柔らかいオレンジブラウンの髪をした、黒いフロックコートの男が番号札を掲げていた。スラッとした立ち姿と通る声から若い男だと分かる。


 競売人は支払い能力を疑い、尋ね直した。



「本当に払えるのですか?一割とはいえ、今の金額となれば――――」

「あぁ、きっちり用意する。少し待ってくれるのなら、すぐに現金で用意しよう」

「それはそれは…………では十五番のお客様は──」


 オークションの招待状を持っている時点である程度は資産を保有していることは分かっている。競売人は男の主張を認めることにした。

 そしてまだ競りを続けるのか確認しようと十五番の客に視線を投げかけるが、すでに札は下げられ肩をすくめていた。競売人は過去最高額に匹敵する価格に立ち会えた喜びの勢いのまま、ハンマーを叩いた。



「お買い上げありがとうございます!本日のオークションは終了でございます。皆様、またのご来場お待ちしております」


 こうしてエリィは突然現れた男に買われたのだった。


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