002
「いかがでしょうか、お嬢様」
「ステキね! ありがとうメリア」
衣装ルームの中、お嬢様がクルクル回るたび、私が半年かけてデザインし、編み上げた手編みのレースを各所に縫い付けた服がひらひらと踊る。フリルの間から覗くレースと、そこから透かし見える肌とのコントラストが華やかさをより強調する。
私のそれから半年遅く、お嬢様は七歳となった。
あの秘密の勉強会から二年経っている。
娘の初めての手料理を食べたという事で、暫くの間旦那様と奥様からちくちく文句も言われてから二年。
一週間続いたそれにさすがにあまりに大人げないと周囲から苦言が入り、見かねた執事の口添えで第二回勉強会を開催してその成果を子爵ご夫妻に振舞う事でどうにか決着がついてから二年。
当然色々あった。
料理人達の証言から鳥の卵と酢と油で作った調味料は存在しない事を知り、頑張ってマヨネーズを再現しようとした事もある。
が、副料理長を巻き込んだ前科からまた何かしていると警戒していた料理長が作成途中のマヨもどきを味見し、「これマヨネーズ(こちらでの名前があるが分かりやすいよう便宜上こう呼ぶ)に似てるな」と牛に似た見た目の魔物の卵と植物系の魔物の体液から作ったというソースを戸棚から出して味見させてくれた結果、蛍光がかったミントグリーンの色をしたそれの味が求めていた味そのものだったと判明し、徒労で終わった。
サラダに使う謎のソースとして存在は知っていたのに、その色から未知の味を恐れてドレッシング派だった私が馬鹿だったというオチである。
まあ似た味でも料理の色どりにバリエーションが増えるし代用品として使えるからと料理長が開発を継いでくれたので良かったのだろう。
近海にアワビ(っぽい見た目と味の食用貝なので名前はちゃんとあるが便宜上こう呼ぶ)が居る事を知り、素人知識で真珠の養殖を試してみた事もある。
水魔法で海に潜って周辺の磯からアワビの網代を探して稚貝(育ったやつは漁師さんが採るので避けた)を集めまくり、食べる用に取ったアワビの殻を砕いてなるべく丸くなるようヤスリがけした上で針金で作った箸で稚貝の中に突っ込んで、子爵家の個人港に併設された生け簀の端っこにコンテナを幾つか置かせて貰い餌の海藻と一緒に放り込んで飼う、というかなり乱暴な作業を繰り返した結果、結構な数の稚貝が死んだ上、漁場から稚貝をごっそり持っていかれた海産料理屋と貝殻細工を作っている細工師から「何をしているのかは知らないが、子供が潮が早い場所をウロチョロするのは危ないし、ずっとやられてはこちらの仕事に支障が出る」と苦情が来たと大目玉をくらった。
ただ、餌をやって貝を育てるという養殖の発想に関しては目を止められ、船着き場で繁殖している海藻を掃除した際は新鮮なうちに稚貝がよく居る辺りの磯に捨てられるようになったらしい(効果が出ているのかは聞いていない為不明である)。
竹(っぽいので便宜上ry)の存在を知ったので、指で作った丸ほどの太さのそれを買って屋敷の倉庫から大工道具を引っ張り出し、前世の観光土産で貰った竹笛の記憶を掘り起こしてお嬢様と一緒に作った事もあった。
音が出たのである程度成功と言えたものの、自分で作ったそれを気に入ったお嬢様が笛を吹きまくった結果、穴の位置が勘で空けたものだった為に音階なにそれ的な甲高い騒音が屋敷中に響き渡り、没収された。
貴族の嗜みとしてそろそろお嬢様に楽器を習わせようと計画していた奥様から、娘の音感が狂ったらどうしてくれるのだと説教された。
笛を没収されたお嬢様の機嫌は暫く悪かったが、代わりにと音楽室への出入りを前倒しで許可された事でどうにか戻った。
そんな感じでやることなす事お嬢様に喜ばれたり周りに説教されたりと起伏の激しい二年間だったが、褒められるだけで終わっているものも三つ程ある。
一つ目は勉強。
お嬢様の隣で一緒に学び、お嬢様が分からない所で自分の分かるものは噛み砕いて教えていたら、旦那様からその調子で娘の手本となるよう頑張れと説教ではなくお菓子を貰った。
二つ目は魔法の鍛錬。
旦那様に仕える騎士であり魔法が堪能な父を教師としてお嬢様と一緒に教わっているのだが、小さな氷を作って果実水のコップに入れたり、お茶を入れるお湯をその場で作ってポットに注いだりと小器用に調整して使っていたら褒められた。
魔法で呼び出した水は魔力を止めたら消えるのは習っていたので、飲み物に使う際は魔法で周囲の水分を集めてそれを冷やしたり温めたりといった段階を踏んでいたのだが、どうやらそれは魔法では応用にあたるもので、それなりに基礎を習熟してから教えるものだったらしい。自分で気づいて出来るようになっていた事をめちゃくちゃ褒められた。
そして三つ目は、手芸である。
前世の私の趣味はドールであった。
特に一歳児程度のサイズのSDと呼ばれるシリーズが好きで、服や小物を手作りして着飾らせていたものである。
かつて私が死んだのであろうあの日は給料日で、やっとフルカスタムオーダーの目標金額が溜まった事で二人目をお迎え出来ると小躍りしていた日でもあった。
資金を貯めながらオーダー用のカタログを眺め、ああでもないこうでもないと悩みながら、最終的に緩やかに波打つ淡い金の長髪と、長い睫毛に縁どられた大きな涅色の瞳の女の子としてお迎えしようと決め、意気揚々と帰宅の途についたその最中で、私の記憶は終わっている。
あの時通った裏道は雑然とした場所で、いろいろな物が上にも下にも積み上げられていた。多分どこかの家の二階の窓の縁とかに置かれていた箱や植木鉢あたりが落下して頭に直撃したのが私の死因と思われる。
もしかしたら頭に衝撃のあったその日までの記憶だけ覚えているだけで、前世の私がその後起き上がって人生を続けた可能性も無いではないが、少なくとも今の私には確かめようが無い。
今の私にはSDを手にする事のなかった悔しさと、お迎えしようとしていたSDをそのまま人間にしたような姿で私の前に現れたお嬢様の傍に居る理由が与えられてあるだけである。
故に、私はお嬢様の存在を半ば神の思し召しだと思い、可愛がっていた。
まあそのくらいの思い入れが無ければ、手のかかる幼児の傍で癇癪も起こさず辛抱強く侍る気になどなるわけもなかっただろうと思うので、子爵家にとっても良かったのではないだろうか。……島中からおてんば主従という扱いを受けているのは、考えない事にする。
この世界では布の素材に色々なものがあるのだが、自分の童子節に両親が祝いとして好きなものを買ってくれると市場に連れて行ってくれた際、オオクワクモという巨大蜘蛛の姿をした魔物から採れるという糸を見付けた。
種類によってはそこそこ安価な割にシルクのような光沢があるそれが、レース編みに中々適しているのではないかと思ったのだ。
最近は体も結構成長してきて手先もよく動くようになってきていたので、この糸を市場で見つけた私は両親にそれをねだって買ってもらい、昔取った杵柄とばかりにレース編みに手を出した。
竹を削って作ったかぎ針を使って数枚コースターを編んでみた所、クモ糸で作ったそれは想定より少し硬めの仕上がりになった。恐らく糸を何本も縒ったからだろう。地球の蜘蛛の話ではあるが、蜘蛛糸は太くなるほど頑丈になるというような話を聞いたことがあったし、それを縒り合わせれば頑丈になっても多分おかしくはないのだろう。
しかもうっかりお茶を零しても色移りする事がなかった。
後で聞いたところによると、クモ糸やそれで作った布がやや安価なのは吸水性がとても低い事と糸が硬めで衣服にした際の着心地が少し悪い事が理由らしい。
上着などはともかくシャツなどの肌に直接触れるような衣服には向かないそうだ。
オオクワクモが比較的よく出没する魔物である為に糸が市場によく出回る事、糸が比較的頑丈な為に布が他より織りやすい事、しかしその撥水性の高さで染色が非常に難しい為に用途が限られる事なども理由として大きい。。
布にする場合は一般的にエプロンや雨具、帽子に加工されると聞いてなるほどと思った。安価で水を弾き汚れにくいなら納得がいく。
ちなみに糸としてなら色々使い道があるそうだ。色がほぼ選べないが千切れにくいので、裁縫糸から釣り糸にまで大変重宝されるのだとか。
蛇足だが、オオクワクモの食生活によっては色のついた糸が出来る事があるそうだ。色の付いたクモ糸は滅多に出ないので価値が跳ね上がるらしい。美しい色の場合は超がつく高級品として王族への献上品になる事もあるとか。
まあ私がこれから先色付き糸に触れる機会があるかは不明だが、布ではなくレース編みに使うなら、安価な白クモ糸は皺になりにくく模様と白さを保ってくれるという点で中々に有用だった。
幾つか練習で自分のブラウスの袖や襟の縁取りをかぎ針で作って縫い付けて数日使って、肌触りやかぶれの問題もなさそうだと判断した私は、それを見本として持って旦那様にお嬢様の服に使うレースを献上する許可を貰いに行った。
半年後のお嬢様の誕生日に、プレゼントしようと思ったのだ。
幼馴染で乳姉妹とはいえ、貴族の着る服を勝手に作ってプレゼントは障りがある。
私の趣味が悪いとは思わないが、世の中にはオサレでハイセンスな人も居るし、こっちの世界にも「服をプレゼントするのは脱がせたいから」的な暗喩はあるそうなので、贈られる相手が何歳だろうと、また贈る相手が同性だろうと、事前にそれとなく保護者や後継人に伺いを立てるのがマナーだそうだ。
旦那様は王都でジョルジア辺境伯の名代として働いている立派な貴族の要人なので、本来なら娘の乳姉妹程度の私など門前払いか事前にアポイントメントを取らないと会えないものなのだろうが、地元である子爵領は何しろ人の住める場所と数に限りのある島であるので島の住人と子爵一家の皆様との距離はかなり近く、また少ない人数で屋敷を回す為、各自の仕事の効率化の為もあって子爵一家の大体のスケジュールは屋敷中に筒抜けだった。
居留守を使われるほど険悪な関係でもないので、島に戻ってきている時に差し迫った用事が無い時間を見計らって執事様に「旦那様にお話があってきました」と言えば大抵五秒で会える。
また何か騒動でも起こす気かと警戒していたらしい旦那様は、嬢様の服に付けるレースを編んで贈りたいので許可が欲しいという私の申し出を聞いて、大いに安堵した様子で肩の力を抜いた。
しかも、見本として持ってきた私の服の袖口のレースを確認し、その出来を褒めてレースを贈る許可をくれるだけでなく、なんとレースを付ける服とレースの材料の糸も出してくれる事を約束してくれたのである。
結果的には旦那様と私の合作という事になってしまったが、私のお小遣いでは買える糸の量にも質にも限りがあったし、服に合わせてデザインとサイズを決めて編む方が楽なのでこれは非常に助かった。
仕立てを担当している針子に、お嬢様用のレース編みに使う限りにおいては好きなだけ注文し使わせるようにという命令まで出してくれ、ついでに私自身の分も少しなら作って良いぞと言われて、私は意気揚々とレースを編み上げた。
勿論、編んでいる間もお嬢様と過ごす時間はしっかり取ったが。
糸と服を手配してくれた針子のアンヌさんは住み込みなので私とも当然面識がある。私とお嬢様が屋敷の敷地内の冒険で服を破った時にお世話になった事も何度かあったし、使用人は屋敷の北に建てられた長屋住まいなので通勤時にも偶にすれ違う。
なので当然私の住まいの大きさもある程度知っていたアンヌさんは、贈り物になるレースを失くしたり汚したりしないようにと洋裁部屋の一角に専用のスペースを取ってくれた。優しい。
というか、この島の人は皆優しいと思う。
何度騒動を起こして何度叱られても最後には許してくれるし、私の失敗からも何か使えるものが無いか探して拾い上げようとしてくれる。
私自身は良かれと思ってやった事だが、迷惑かけまくった自覚はあるので、「リアちゃんのやったアレからこういうのを考えたんだ」って教えに来てくれるのが少し申し訳ないが、でもその優しさが嬉しい。
齢7歳にして私は世界が優しさと嬉しい事で出来ている事を理解してしまった。
アンヌさんは「レースを編む技術のある子なら旦那様が支援するのは当たり前だ」って言ってくれたけど、そうやって才能や技術を認めて無理強いでない範囲で育てる環境を作ってくれる事も十分優しさだと思う。
アンヌさんに編み方を教える事と、綺麗な模様が出来たらアンヌさんに編み図を書き出させる事も約束させられたが、別に技術を独り占めしようとは思っていないし、キレイなレースが編める人が増えるのもむしろ歓迎だ。というか可愛いレースはもっと増えるべきだ。
レースのついた服は子爵家の方々も何着か持っているけれど、手本になるかもと見せて貰ったそれらにクロッシェ系のレースは無かった。
そもそもどうもこの国の富裕層では衣服は新しい方が良いとされる傾向が強いらしく、衣服もリボンの他は染めやビーズや刺繍で飾りはするものの、どちらかというとシンプルなシルエットのものが主流らしい。レースと呼べるのは刺繍の終わりに裾を篝るように縁取った程度のものくらいで、肌が網目から透けるようなレースはカットワークですら希少だそうだ。
恐らく、この世界は布の材料が豊富だった為に布の価値が地球よりやや低く、比較的安価に新しい服を仕立てる事が可能な為に贅沢を楽しみ衣服に凝る事の出来る層――つまり王侯貴族の間で、破れた服を繕う際に縫い目を刺繍で誤魔化したり、継ぎ接ぎで誤魔化す、というようなレースの前段階となる手段を取る必要があまり無かったのだろう。「破れた服を着続けるほど生活に困っているわけでもないなら、さっさと誰かに下賜して新しい服を着るべき」という風潮が強い為、繕いや継ぎ接ぎを必要とする層と、オシャレに凝ったり贅沢をする層との隔たりが地球と比較して大きいのだ。
地球でいう産業革命よりふた昔前、といった文明の発展具合も考えると、現在は生活上での必要性が低く、また趣味や芸術として発展する途上の時代なのだろうと私は推測している。
もっといろんなものが出来て、もっと便利になっていく、そんな時代の少し前がきっと今だ。
21世紀の地球に育った私には不便の多い世界。
けれど、私程度の知識でも、この時代の先に待っているだろうものをほんの少し先取りする事は出来る。
「どこか引っかかったり、チクチクしたりもありませんか?」
「だいじょうぶよ」
「なら良かった。……それとお嬢様、実はまだこんなのもあります」
世界は発展途上だけれども、優しくて嬉しい事ばかりだ。
そうであるならば、私も世界に、今の私のすべてであるお嬢様に嬉しい事をしなくては。
「え、なぁに?」
縫い付けられたレースに喜ぶお嬢様の前に更に木箱を差し出して蓋を開け、中身を披露する。
「カーディガンです。こちらは普段着に使いましょうね」
「まぁ!」
カーディガンは我ながら大作だと思う。
今着ているそれはかぎ針編みのレースだが、こちらはタティングレースだ。シャトルなんて当然無かったので、洗濯ばさみで代用して編んだ。
華やかな模様の上着だから、中に着るのは出来るだけ色が濃くて無地に近いシンプルなドレスの方が良いだろう。
こちらは今着ている服にはあまり合わないけれど、複数の服に使いまわせるのが利点だ。
箱から出して広げて見せれば、きゃあ! とお嬢様が頬を染める。
「あとですねー」
実は更にまだ、隠し玉があった。
我ながらニヤニヤとこみあげる笑みが隠し切れないのが分かる。
「こーんなブローチも用意してあったりします」
「まぁ――ってえっ、これまさか……パール!?」
金のブローチにはめ込まれた、お嬢様の親指の爪ほどもある淡いピーコックグリーンに輝く半球。私のエプロンのポケットから取り出された布包みの中のそれが何であるかに気づいて、目玉が飛び出そうなくらいに目を見開いて驚愕の表情を浮かべるお嬢様。
――ああ、この顔が見たかった!
養殖方法がまだ確立していないこの世界では、真珠はとてつもなく貴重な宝石である。
勿論、魔物からは色々な素材が取れるし、貝の姿をした魔物の中には真珠層を生成するものも居る。伝説の冒険者の逸話の中には巨大貝の魔物を討伐し、赤子の頭ほどの真珠を手に入れ時の王に献上した結果、広大な土地と貴族位を与えられる一攫千金物語があったりするくらいだ。
が、何しろ魔物貝は魔物であるからして当然かなり頑丈で、異物が体内に入る事なんてめったにない。消化能力も一般的な貝とは比較にならず大抵のものはアッサリ溶かす。なので、真珠の種になれるほど硬い物質が貝の中に入る確率はかなり低いと言えた。数千匹討伐してやっと一つあるかどうか、といった所だろう。しかも、その一つが宝石としての価値を持つほど美しい保証もない。
何しろ魔物であるので当然普通の貝とは違う色々なものを食べており、中にはちょっとアレなモノもあったりする。他の魔物とか、人間とか、瘴気で育った海藻とか、人間とか。
真珠層の巻きが足りなくて宝石として扱えない品質であったり、魔物貝の食べたものに固いものがあって真珠に当たって傷が付いたり割れたり、食べたものの色が影響した結果、餌の血肉が一緒に層に混ざり、血の鉄が酸化して濁った赤黒い玉になる(一番最後の状態のものは人の出入りの激しい場所では特に多いらしい)事も当然あるそうだ。異臭がする事もあるとの事。
成分によっては魔術の触媒として珍重されるらしいが、一般人が喜んで受け取るかと言われればノーである。
そんなわけで、普通の貝からの方が魔物貝からよりよほど良い真珠が取れる確率が高いのだが、高いと言ってもあくまで比較としてであり、滅多に取れないそれは美しい色と美しい形をしていれば、小指の爪ほどの大きさでも結構な値段がした。
具体的には、その程度の一粒でも我が家なら2年ほど遊んで暮らせるくらい。
そんなものを何故私がお嬢様にポンと贈れたかというと――昔騒動を起こした真珠養殖の成果がやっと出てきたのである。
稚貝を大量に死なせたとは言っても全滅させたわけではなく、拾ってきたからには面倒を見るのだと子供らしく駄々をこねて港の一角を占拠してずっとエサやりを続けていた。
真珠を取ろうとしていた事は誰も知らない為、時折コックが勝手に採っていく事もあったが、育ったらちゃんと台所に持っていくからやめて欲しいと伝えて念のため貝殻にナンバーを書きこんだ事でそれも止まった。
そうして育ったそれらの成長を確認する為数十ほどを収穫してみた所、一割にて真珠の形成を確認し、さらにそのうちの三つの個体はまあまあアタリと言える出来のものだった。
一見して分かる程度に巻きが少なく輝きの薄い下級とはいえ、特有の光沢は紛れもなく真珠と呼んで差し支えないものだ。
これは一般的な真珠の発見率を考えれば、破格であるといえよう。
ちなみにアワビの身に関しては屋敷の皆でおいしく頂いた。
「これ、私もお揃いのものを作ってあるんです。よく似たものを付けていれば、私がお嬢様の乳姉妹だと、一目でわかるでしょう?」
言いながら、お嬢様の胸元にブローチを留める。
大量の犠牲の上とはいえ三つも取れるなんてビギナーズラック的な何かも働いたのだろう。私は一番形が良い半球に近い真珠をお嬢様の、それより少し小さくて歪んだ半球を自分のブローチに仕立てた。
ちなみに残りの一つは入れた核が他の二つよりちょっと歪だったらしく三角寄りの形をしていたが、一番大きなそれは島の貝殻細工師に揃いのブローチの仕立て代と、お嬢様の誕生日までの口止め料として譲った。いきなり持ち込まれた三つもの真珠に、細工師のおじさんは涎を垂らさんばかりに食いつき、絶対に言わない(だからそれを寄越せ)と誓ってとてもいい仕事をしてくれた。
お嬢様のブローチは中央の真珠を縁取るように金の三重花びらが広がるデザインで、一重目は梨地に加工し艶を消した金の花びらが真珠を強調しつつ引き立て、二重目のアワビの貝殻を嵌め込んだ螺鈿細工が一重目の花びらの間から存在を主張して華やかさを一層引き上げ、三重目である外周の針金で輪郭だけ作られた花びらが額縁のようにくっきりとブローチ自体の存在を強調する。
私のブローチは一段グレードが下がり、お嬢様のブローチの二重目を無くしたようなデザインだ。
螺鈿が無い代わりに一重目の梨地の花びらを鏡面磨きで縁取って艶を出しており、少しだけ華やかにしつつお嬢様のブローチの一重目と二重目を合わせたような印象を与えている。
「わああ……すごいすごい! こんなステキなものいっぱい出せるなんて、メリアはシンデレラのまほうつかいなの!?」
昼寝の時間に寝物語として一度聞かせただけの地球の童話を覚えているなんて素晴らしい記憶力である。さすが私のお嬢様だ。
「いえいえ、シンデレラじゃなくお嬢様の魔法使いです。まあこんなすごい魔法は一年に一度出来るかどうか、ですけどね」
さすがにそれ以上の頻度では色々用意とか出来ない。「それでもすごいわ!」と喜んでくれるお嬢様にほんわりした。ここで「なーんだ」とか言わないあたりが素晴らしい。
私がお嬢様の可愛さにほのぼのとしていると、誰かがやってくる気配がした。
「――フロリアナ達はここか?」
壁の向こうから聞こえた声に背筋を伸ばす。
旦那様だ。
使用人達の問答とノックの後、お嬢様の部屋の扉が開かれる音がした。
「お嬢様、旦那様がいらっしゃったようですよ。部屋に戻りましょう」
「ええ」
お嬢様に用があるらしい旦那様を待たせるのも、私室の隣に備え付けられた衣装ルームまで足を運ばせるのもいけない事だ。
私達がお嬢様の部屋へと戻ると、旦那様がお嬢様の姿に目を細めた。
「おお、可愛らしい姿になったなあ」
「はい、おとうさま。メリアのレースはとってもステキ!」
うふふ、と笑うお嬢様が可愛い。
そんなお嬢様を横目に見ながらも、しかし私は躊躇うように旦那様へと顔を向けた。
「旦那様、少しよろしいですか?」
「うん、なんだいリア?」
「本当にこの服でお嬢様はお披露目に出るのですか?」
改めて確認を取る。
レースを縫い付けた服が仕上がった時に旦那様に見せた際、この出来ならお披露目式のドレスにしても構わないだろうとあっさり決まってしまったのだ。
まさかの大抜擢に、私だけでなくアンヌさんや両親も驚愕しきりであった。
『リアのレースはこの国にない珍しいものだ。欲しがる者が出れば売り物になる。人気が出れば島民の手仕事に出来るし、そうすれば島民の暮らしはもっと良くなる。フロリアナが童子節のお披露目で付けたという文句はレースの宣伝に最適だし、そうしても良いだけの出来だと私は判断した。……何より、フロリアナの晴れの日だ。一番良い服を着せてやりたい』
今島で一番贅を凝らした服は間違いなくこれだろう、と言われれば納得するしかなかったが、島の事業レベルに出来る可能性まで示唆されては少し恐ろしいものを感じるのも確かである。
何しろ肉体年齢七歳児のやった事が、そんな大事になるなどと思わないではないか。
「ふふ、これがリアの初仕事で『ディモンテレース』の初披露だ。誇って良いぞ」
「恐れ多いです」
なんと私のレースには「ディモンテレース」という名を旦那様から直々に贈られた。現在このレースを編めるのは私とアンヌ、そして私が部屋で自分用のレースを編んでいるのを見て気に入ったからと勝手に真似しはじめた私の母親、と全員が子爵家の配下であるし、着けるのもほぼ子爵家に関係する人間になるだろうから、まあモンテ家の、というのは間違いではないのだろう。
ちなみにこの服の完成により、私は将来的にお嬢様の侍女兼針子になる事が内定した。
今までもお嬢様のお世話はしていたしそれを求められてもいたが、学校にすら通っていない幼児に正式な仕事を与える事など当然ないので別に義務では無かった。が、成人後はそれが正式な仕事になるのだ。
侍女の仕事の一つに仕える相手の衣装の見立てなどもあるが、私はそこに衣装に使うレースのデザインや製作が加わるそうだ。勿論、デザインはともかく実際にレースを編むのに関しては今後増やす予定の針子にも任せるそうなのでそこまで忙しくなる事はなさそうだが。
お披露目から成人までは勉強期間という事で、お嬢様の遊び相手を務めつつ奥様の侍女から仕事のやりかたを学んでいく予定だ。
「ふふ……照れんでも良いぞ。――っと、そういえばリアに用事があって来たのだった」
「えっ」
思わず声が出た。
てっきりお嬢様の晴れ姿を一足先に見に来たのだとばかり思っていたのだが、違ったらしい。
私に用があるなら呼びつければ良いのに、わざわざ足を運んでくるとはどんな用件だろうか。
「なに、町で珍しいものを買ってな? それに関してリアに訊きたい事があるのだ」
そう言ってニッコリ笑う旦那様から何故かにじみ出るような怒気を感じた。
理由は分からないが、とりあえずものすごく叱られる予感がする。
「フロリアナ、少しリアを借りるぞ」
「はーい」
ああっ、お嬢様そんなアッサリ!