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とにかく先に進むことにした僕たちだったが、延々と続くトンネルは、どこまでいっても同じような風景が続くばかりだった。
なんとなくハンディカムを回していた僕だったが、次第にそれにも飽きてきてしまった。僕がハンディカムをデイパックにしまっていると、ミナミがそれを見て、なにかを思いついたように言った。
「誠二くん。そういえば、さっききみが気を失ったときも、ハンディカムで撮影をしていたわよね。そのときなにか映ってなかった?」
「え? なにかって……? トンネル内をなんとなく撮影してただけで、特になにかを見た覚えはないですけど……。あ、でもそのときに一度電灯が切れて、そのあと急に気を失ってしまったんですよね……」
すると、なにを思ったのか、ミナミが僕のデイパックを引ったくり、中を漁りだした。
「わっ、ちょ、なにするんですか!」
僕の言葉など聞こえていないかのように、まるで構う様子もないミナミ。そして僕のデイパックの中から先程しまったハンディカムを取り出して電源を入れた。そしておもむろに動画を見始めた。
「なにか気になる映像でもあるんですか?」
「それを探すために動画を確認してるのよ」
ミナミが再生しているのは、確かに僕が撮影したトンネル内の映像だった。トンネル内に入る前からの映像が、ハンディカムの画面に映し出されている。
黙々と映像を見続けているミナミの邪魔をするのも憚られ、僕も黙ってその映像を眺めた。
動画はトンネル内のそれに切り替わった。薄暗いトンネル内は、今いる場所と同じに見える。
やがて、問題の場面になった。
「誠二くんが気を失ったのはここね」
ミナミの言うとおり、その映像の最後は僕がしゃがみこんだせいで画面がぶれ、最終的には地面を映していた。
ミナミはその映像を再び巻き戻し、また同じ映像を見るというのを何度か繰り返していた。そして何度目かそれを繰り返したあと、突然あっという声を発した。
「ミナミさん? なにかあったんですか?」
「誠二くん。大手柄よ」
「え?」
「映っていたわ。私たちを相手に喧嘩を売ってきた相手が」
そして、ミナミはハンディカムの液晶画面を僕のほうへと向けてみせた。
それを見た瞬間。
さっと、僕の背中に冷たいものがおりた。
そこには、本来そこにあってはいけないものが映っていた。
暗闇の中、ぼんやりと映し出されていたのは、一人の女性の姿。肩の辺りでぱつんと切った黒髪が印象的だ。年の頃はまだ若い……二十代くらいだろうか。どんな顔をしているのだろうと、じっと一時停止した画像を見つめていると、ふとあることに気がついた。
口元が動いている……?
一時停止して、動くはずのない画面。
静止していたはずのその女性の口が今……。
ダメだ。これ以上見ては。
僕の本能が危機を訴える。
けれども、どうしてだか目を逸らすことも、顔を動かすこともできなかった。
画面の女性はなにかを口にしている。
なんだ?
――さ。
――び。
――し、い。
と、次の瞬間だった。
その女性がこちらに。
「――――――――ッッッ!!」
僕は驚いて、ハンディカムを取り落とした。
否、それはミナミによってキャッチされたが、僕はそんなことよりも恐怖で心臓が張り裂けそうになっていた。気道が狭まったように、呼吸が苦しかった。
「大丈夫? 誠二くん」
いつになくミナミが心配そうな声を出す。
僕はそれにすぐには答えることができず、ただ呼吸を整えるのに必死だった。
なんだったんだ。今の。
確かに映像は一時停止で止まっていたはず。なのに。
「う……っ」
振り向いた女性がこちらに襲いかかってきた、ように見えた。
そこに感じたのは、大きな負の感情。
向けられた敵意。
そんな、得体の知れない黒いものを感じた僕は、恐怖で体全体が痺れたように強張っていた。
怖い怖い怖い。恐ろしい恐ろしい恐ろしい。
僕はただただ恐怖に怯えていた。
沸き起こってくる負の感情に、押し潰されそうだった。
けれど、そのとき。
そっと。
背中になにかの感触を感じた。
それはゆっくりと、静かに。
僕を浄化するように。
温かく僕の背中を撫でてくれていた。
「嫌なものを見せてしまったわね」
「ミナミ、さん……」
「今のは私が不注意だったわ。きみは霊の影響を強く受けすぎてしまうきらいがあるから、気を付けてあげないといけなかったのに」
「あ……」
次第に強張っていた体が解け、緩まっていく。
「ゆっくり深呼吸して。慌てなくていいから」
背中に感じるミナミの手の温かさが、尊いものに感じた。ゆっくり息を吸い、深く息を吐き出す。それをしばらく繰り返すと、ようやく普通に息ができるようになった。
「もう大丈夫なようね」
ミナミはそう言うと、僕の背から手を離し、離れていった。
いかないで欲しい、と言いそうになる自分を懸命に堪え、ようやくこれだけは伝えた。
「ありがとう……」
どうしてだか泣いてしまいそうな自分がいて、それを隠すために必死に顔を両手で拭いた。そうしたら、本当に少し目元が濡れていた。
「さ。私たちの戦う相手はわかったわ。今度はその相手を見つけるわよ」
すでにミナミは先に進んでいる。
僕はその姿を必死で追いかけた。