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この世とあの世の間には、境目となるところがあるという。
「古事記では、男神のイザナギが亡くなった女神のイザナミに会いにいくという話があるけれど、それに出てくる黄泉比良坂というのがそれに当たるわね」
「もしかして、三途の川っていうのもその部類ですか?」
「そうね」
ミナミは軽く口にしたが、今自分たちがいるのがそういった場所だとすると、これは結構やばい状況なのではないだろうか。
「ミナミさん、三途の川の向こう岸に行ってしまったら生者には戻れないんですよね。それと同類のところに今僕たちがいるって……」
「危険ね。下手をしたら生きて帰れないかもしれない」
「え……っ」
いつも自信に充ち満ちているミナミの表情が珍しく翳っている。
嘘だ。
生きて帰れないかもしれない?
「そんな……やだなぁ。冗談ですよね? 僕をからかって言ってるんでしょう?」
僕はあえて茶化すように言う。しかし、ミナミの表情は真剣そのものだった。
「冗談……ですよね……?」
言いながら泣きたい気持ちになる。お願いだ。ミナミ。そうだと言ってくれ。これはいつもの僕をからかうためのお芝居だと。本当はすぐにでもこのトンネルから抜け出せられるのだと。
「冗談なんかじゃない。本当に私たちは今、危険な状況に陥ってしまっている」
信じられない。僕はふらりと眩暈を覚えた。
「ど、どうするんですか? このままこのトンネルから出られなかったら僕ら本当に……」
「誠二くん」
「死ぬ、なんて……」
「誠二くん!」
取り乱す僕に、ミナミは鋭く声を発する。
「死なない。死ぬつもりなんてない。だから、落ち着いて」
静かな、力強い声。僕は恐怖と混乱で潰れそうだった自分の心が、ミナミの声を聞いて落ち着きを取り戻していくのがわかった。
「大丈夫よ。こんなたちの悪い幽霊の思惑通りになんか、この私がさせやしないわ。だから誠二くん。一緒に見つけるわよ。このトンネルを抜け出す方法を」
迷いのないはっきりとした言葉。彼女の瞳を見つめていたら、自然と僕はこう返事をしていた。
「は、……はい!」
ミナミと一緒ならきっと大丈夫だ。
僕はトンネルの先を、挑むように睨みつけた。
本当にトンネル内に閉じ込められてしまったのかを確認するため、僕たちは一旦来た道を戻ってみることにした。
結果はやはり悪いほうに出た。
「どう考えても、もう入ってきたところに出ていないとおかしいですよね」
「やっぱりこのトンネル内は、現実世界とは異なる空間に繋がってしまっているようね。このままこちらに進んでもなにもないと思うわ」
「なんてことだ……」
僕が肩を落とすと、ミナミは思い切り僕の背中を叩いてきた。
「うぐっ!」
「ほら、落ち込んでる暇なんてないわよ。しゃきっとしなさい!」
「は、はい!」
背中を叩かれた僕は、ミナミの一喝で一気にしゃきっとした。
「元の道を辿っても意味がない。ということは根本的に通常の考えが通用しない状況というわけね。だとすれば、解決方法も常識を取っ払って考えなくちゃいけない」
「常識を取っ払う」
「そ。私の考えから言うと、このトンネルをこんな状態にした張本人がこのトンネル内のどこかに潜んでいると思うのよ」
「張本人ってまさか……」
「さっき誠二くんに悪戯をしかけてきたやつよ」
「つまり、これもその霊の仕業ってことですね。随分タチの悪いやつみたいですけど」
「そうね。かなり人間に敵意を持っている感じがするわ。だから誠二くん」
「はい」
「くれぐれも気を付けてね」
「ミナミさんも」
僕が言うと、ミナミはにこりと微笑んだ。