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そのトンネルにやってくることになったのは、例によって例の如く、女王様からの命令によるものだった。女王様の命令は絶対服従かつ、問答無用。下僕である僕はその命令に逆らえるはずもなく、嫌々ながら女王様を自分の自転車の後部に乗せて、問題のトンネルまでこうしてやってきたのだった。
「やっと着いた……」
隣町までの道のりを、自転車の二人乗りでここまでやってくるのは、なかなかの労力だった。しかし、息をあげている僕のことなどまるで興味がないかのように、僕の自転車から降りた女王様は、さっさとトンネルのほうへと向かって歩いていく。
「ちょっ、待ってくださいよ。ミナミさん!」
今日の彼女は美しい黒髪をシュシュでひとまとめにし、背中に垂らしている。水玉模様のブラウスに短パンといった格好だ。夏休みが明けたばかりでまだ残暑も厳しいこんな日には、そんな爽やかな姿が目に涼しい。
彼女の名前は十倉ミナミ。僕よりいっこ上の幼馴染みで、僕の家の隣に住んでいる。
「待てない。さっさと来る。あ、ハンディカムの用意もしておいてね」
相変わらず人遣いが荒い。僕は持ってきていたデイパックからハンディカムを取り出し、手に持って彼女の後に急ぐ。
トンネルの入り口は長い蔦に覆われており、下のほうの土台部分には苔がびっしりと生えていた。蔦の間から見えるコンクリート部分は、雨だれのあとで黒ずんでおり、かなりの年季が入っていることがうかがえる。
正面に口を開けたトンネルの先を見ると、中は薄暗く、見るからに不気味な印象を受けた。
「なんか嫌な予感しかしないんですけど……」
僕たちがこのトンネルにやってくることになったのは、ミナミの運営しているオカルト研究同好会――通称オカ研のホームページ宛てに、このトンネルの調査依頼があったからだ。オカルト研究同好会とは、ミナミが個人的に作った同好会で、学校とはまったく関係のないもので、彼女の単なる趣味の活動である。
だが、そんな得体の知れない同好会であるにも関わらず、なぜかこの近辺の地域の人たちにはかなりの認知度を誇っている。しかも、それなりに人気が高いようだ。
それこそが一番の謎だと僕としては思っているのだが、ミナミ個人としてはそんなのは当然のことであると鼻にもかけていない様子である。
しかし、これは確実にミナミ自身の人気のお陰である。
実は密かに、ミナミのファンクラブなるものが存在していることも僕は知っている。美人で頭脳明晰、超有能でとても優しい……という噂が噂を呼び、ファンの数は日々増え続けているらしい。
一部間違った情報の尾ひれがついていることは否めないが。(特に優しいという部分)
とにかく、僕はミナミの後を追い、トンネルに近づいていった。彼女はトンネルの前に立ってしげしげと周囲を観察している。
「元陶トンネル。昭和43年竣工。この風雨にさらされてきた風合いがいい味が出してるわね」
不気味としか思えないトンネルを見て、こんなに嬉しそうな表情をする人物も珍しいと思う。
横に来た僕に、すかさずジェスチャーしてみせるミナミ。ああ、撮影するんでしたね。
僕はハンディカムの電源を入れると、トンネルの外観を適当に撮影した。ミナミはミナミで、自分のスマホを取り出すと、トンネルの写真をカシャカシャと撮っていた。
やだなぁ。変なものでも映ったら。
「さ、そろそろ行くわよ」
トンネルの外の様子を充分すぎるほどに見て回ったあと、ミナミはおもむろにトンネル内へと足を踏み入れていった。僕もあらがえない運命を受け入れ、しぶしぶそれについていく。
ああ、神様。
どうかこの先で、悪いことが起きませんように。