ダンジョンには夢がある弐11
朝起きる。
どういう理屈か未だに不明だが地下ダンジョンにも昼夜はある。
「本当に何なんでしょう?」
とは思えども。
水場で顔を洗う。
寝間着を脱いで狩衣を着る。
薄緑を腰に差して、髪をシュシュでポニーテールに。
アイナとローズも各々に着替える。
朝食だ。
食堂で食べていた。
こういう商売の形はあれどもギルド員も大変と言える。
串焼きを食べて腹八分。
「さて」
お冷やを飲んで、薄緑の柄頭をチョンチョン。
「行きますか」
とは言えなかった。
それよりしばし早く、
「お前がクロウか?」
誰何の声がかかった。
そちらを見やる。
冒険者。
男性だ。
体つきは鍛えられていて、努力の跡が見て取れる。
リンボに居るくらいだ。
ランクも相応だろう。
大剣を背負って鎧でガチガチに構えていた。
「何か?」
こういうのも名誉の引き寄せる厄介事の一つだ。
危うくローズを殺しかけたトラウマ程ではないにしても、溜め息の一つもつきたくなろうというもの。
「ひょろっちいガキだな」
「ですね」
否定はしないし出来ない。
実際にガキだ。
「本当にマスターに勝ったのか?」
「どうでしょう?」
謙遜というより冒険者に対する婉曲な太鼓持。
「信じられねぇな」
「ですよね」
一貫して主義主張をしない。
マスター……ギルドマスターに勝ったのは事実だが、ひけらかす真似をクロウはしない。
ぶっちゃけそのせいで御大の御業を借りることにしたのだから。
「ちょいと剣を交えてみないか?」
「ギルドの法度に反しますけれど?」
実際にその通りだ。
ギルドマスターに勝てる人材しかクロウに干渉してはならない。
そう決まっているし流布されている。
「単なる腕試しだ。合意のもとなら良いだろ?」
「謹んでごめんなさい」
「実力を証明しなくて良いのか?」
「必要ありませんし」
ホケッと言う。
「逃げたと言われるぞ?」
「実際に逃げていますし」
どこまでも取り合わないクロウだった。
「殺しましょうか?」
「やっちゃって……いいですか……?」
念話でアイナとローズが語りかけてくる。
「止めて」
念話で制止するクロウ。
ただでさえ頭の痛い案件だ。
人死にが出たら笑えない。
別に冒険者の運命には興味ないが、
「無関係でありたい」
は人間関係に於ける一つの究極だ。
心を仮託した人間をこそ人間は慈しみ愛し優しく出来る。
傷を負えば一緒に痛み、死に到れば慟哭する。
別に人見知りでも無いのだけれども、
「出来れば無関係な人間は無関係なところで死んで欲しい」
も事実。
そうすればクロウの心は痛まないから。
一種の予防処置だ。
然もありなん。
「じゃあ俺の勝ちで良いな?」
思索するクロウに冒険者はそんな提案。
「ええ。参りました」
爽やかに笑う。
「お願いです」
「殺させて……ください……」
アイナとローズはもうどうにも止まらないといったご様子。
無論、思念での会話だ。
「放っておけば良いんですよ」
クロウも思念で返す。
「それより早朝に起きたのですからダンジョン攻略と行きましょう」
「クロウ様は病気です」
「ですです……」
「何がでしょう?」
「謙虚病」
「無精病」
端にして要を極める病名だった。
「ま、人間それぞれとのことで」
前世からの自省。
ただ守りたい者のためだけに剣を振るう。
功に驕らず、粛々と。
頼朝の告発……その二の舞は御免であった。




