ダンジョンには夢がある弐04
「どうしました? 抜かないのですか?」
一応クロウも帯剣はしている。
黒の長髪はリボンで括ってポニーテール。
だいたい流血用に決戦衣装は狩衣。
その腰に差さっているのは薄緑と呼ばれる和刀だ。
無論前世の記憶を頼り魔術で再現した一品だが、切れ味は極上。
ソレを以て身分証明としているが、冒険者の武威を受けてなお淡々とミルクを飲むクロウであった。
「決闘を申し込みます。剣を抜きなさい」
真摯な紳士らしい忠告だった。
「まずギルドマスターと戦って勝ってからもう一度お願いします」
淡々と抜かす。
実際に承諾無しでクロウに決闘を挑むのは法度だ。
ギルドマスターの矜持の元で暗黙の了解と相成り、破った者は切り捨てられる。
その法度を今冒険者は破ったのだが、
「まだ自身が剣を抜いていないため斟酌の余地を残す」
との理屈。
別に人と競う事は願ったり叶ったりだが、そこから派生する名声が唾棄すべき物だ。
実際には既にやらかしている身分だが、負けて兜の緒を締めるといったところ。
「巫山戯ているのですか?」
「こっちの台詞だ」
答えた声はクロウではなかった。
ローズでもなくアイナでもない。
マスターである。
ギルドマスター。
「クロウ氏に挑戦するには俺を破ってからにしろと言っているはずだが?」
腰の左右に片手剣が一対二本。
曰く、二刀流の使い手だ。
「マスター……」
冒険者は精神的に怯んだ。
「クロウ氏」
「何か?」
「どう処置を?」
「厳重注意で宜しいのでは?」
別に誰かの不幸を願うほどひん曲がった心を持っていない。
武士ではあれど武士道はない。
けれど前世のくびきは抜きがたく、妻子や部下すらも不幸に貶めた自分を省みるに、
「謙虚かつ正しく生きる」
はクロウのモットーだ。
「クロウ氏は大人であるな」
「恐悦至極に存じます」
「では冒険者。Aランクのナマスだな」
さすがにAランクの冒険者くらいはギルマスも覚えているらしい。
例外を除けば最高ランクの冒険者だ。
その例外がミルクを飲んでいるのだが。
「ギルドの修練場を借りるか。俺が相手してやろう」
ちなみにマスターは『ギリギリAランク』である。
上方修正ではなく下方修正において。
「Sランクに届く技量を持ちながらAランクに収まっている」
そう言われている。
つまりエクストラランクであるSランクの称号はマスターを倒せるかどうかで決まる。
魔術師の冒険者にはまた別の評価があるが、此処では割愛。
「さて行くぞ」
冒険者……ナマスの首根っこを掴んでズルズルと引っ張る。
「勢い余って殺したらすまんな」
物騒な言葉をナマスさんに振りかける。
「お達者で」
どう解釈しても皮肉にしか聞こえないが、一応真摯なクロウの発破。
「で、クエストは受注しましたか?」
「はいです!」
マスターの背中にいたアイナがマスターとナマスさんを見送った後、同じテーブルに着いた。
ソフトドリンクを頼む。
炭酸の入っていないコーラだ。
こういうところは原始的。
「で、内容の方ですけど……」
「前と同じですね。感応石の採取」
「ふむ」
「けど一つ難点が」
「何でしょう……?」
ローズが問うた。
「運が悪ければ以前よりもう少し深く潜る必要が……」
事実だ。
そもそも前回クエストをクリアできたのはクロウによるモンスターマーチの大虐殺を前提とする。
トラップとしては凡庸だが、最難関……Aクラスのダンジョンでソレが出来るのはクロウの他に数える程度しかいない。
無理なからぬとしても。
「あう……」
とローズ。
「大丈夫ですかクロウ様?」
「小生は文句ありません。何にせよダンジョンに潜れるならそれ以上はありませんし」
重ね重ねに為るがモンスター相手なら名誉も矜持も賭けなくて済む。
「ではその通りに」
コーラを飲んで、席を立つ。
クエストを受注して、被らないようにカウンターのギルド員が判を押す。
こういう交渉はギルドメンバーの方が有利になるのだが、三人ともその気は無いらしい。
というのもクロウはそもそも名誉を嫌う。
アイナは魔術の研鑽のために学院に所属。
ローズは兄が居る場所が自分の居る場所。
救い難いとはこのことだが、当人らの本音でもある。
最難関クラスのダンジョン……リンボに再度向かう三人なのだった。




