金なる明星より降りし者09
「おかしい」
クロウとアイナの共通意識だ。
日が暮れてもローズが研究室に顔を出さない。
「ローズ?」
イヤリングを通して念話で語りかける。
「さすがに講義は終わっていますよね?」
「あう……その……」
ローズの思念は躊躇いがちだった。
「多分……帰れません……」
「何ゆえ?」
茶を飲みながらクロウが問う。
「死ぬ寸前です故」
口に含んだ茶を全力で吹き出す。
アイナの方とも繋がっているのか顔に手を当てて疲労の表情。
「何処にいます!」
「リンボ」
先日アイナ研究室で攻略したダンジョンだ。
「アイナ」
「何でしょう」
「ちょっと行ってきます」
「妥当ですね」
頷かれるや否やクロウは窓から飛び出した。
天翔の魔術で空中を蹴り、一直線にダンジョンの入口まで。
その間にローズと念話で状況の確認。
とは言っても然程あげつらう物でもない。
クロウの名が広まったギルドマスターとの決闘に、実家……ヴィスコンティ家の当主も来ていた。
そして家出した不逞の息子であるクロウの栄達が気に入らなかった。
結果として、その不満はヴィスコンティ家の子どもに向けられた。
「あんな愚物に舐められてたまるか」
「クロウ以上の結果を出せ」
ヴィスコンティ家の子どもたちはそう命令されたのだ。
結果、
「最難関ダンジョンのリンボに於いてアイナ研究室以上の攻略を目指す」
そう決まったとのこと。
さすがに魔術師だけでは心許ないので前衛として当主が傭兵を雇い宛がった。
傭兵の質は悪くはないが良くもなく、また長男と次男の戦闘能力は実のところリンボに挑戦することがイコールで投身自殺も同じと云える程度。
ローズの無詠唱魔術の威力で何とか途中までは攻略できていたが、途中で前衛が倒れにっちもさっちも行かなくなった。
そんな経緯。
「また小生のせいで!」
クロウの心臓に無形の針が刺さる。
ズキリと痛む胸。
人のためではなく名誉を得る戦い……ギルドマスターとの決闘は正にソレだ。
結果としてヴィスコンティ家の当主を刺激してローズを危険な目に遭わせている。
まるで成長していない。
またそんなことのために大事な人を失うのか。
自責自罰は出血を呼ばないが、つまり心に血が流れていないからであり、それ故に他者の血を流す。
また。
また。
また。
自戒したはずなのに!
「――っ!」
天翔と縮地で最大限の速度を以て加速する。
リンボの入口が見え、一瞬の躊躇も無く侵入する。
メイド服の腰には愛刀の薄緑。
「――――!」
「――――!」
モンスターの不快な鳴き声が耳障りだった。
一瞬も止まらない。
加速しながら切って捨て、猪突猛進にダンジョンを攻略していく。
天翔で宙を駆け、地を這うモンスターは飛び越える。
三層に降りると、
「「「「「――――!」」」」」
モンスターマーチが発生していた。




