金なる明星より降りし者08
一時の安寧を得るクロウ。
今日も今日とてアイナ研究室でぼんやり茶を飲んでいる。
「クロウ様」
「何でしょう?」
「お茶を御願いできますか?」
「しばしお待ちを」
アイナの魔術で沸騰させたお湯を少し冷やして茶を入れる。
すっかりメイドが板に付いていた。
アルバイトではあるが、一応しがらみでもある。
ギルドや騎士学院の押し売りは無くなったため、クロウとしてはのんびり出来た。
アイナは論文を書きながらグシャグシャと金髪をかきむしる。
色々と教授という職業にも業はある。
「ほ」
特に何をするでも無く茶を飲む。
「ところで」
とこれはクロウ。
「ローズを見かけませんね」
「講義に出ているんでしょう」
あっさりとしたアイナの言葉。
「ですか」
納得するクロウ。
学生でないクロウには関係の無い話だが、学院に所属する以上、生徒は講義を受けて単位を取得する必要がある。
先述した通りにクロウには関係ないが。
「心配ならイヤリングの感応石で連絡を取れるでしょう?」
まっことその通り。
「ローズ?」
クロウは念話でローズに語りかける。
「あう……お兄ちゃん……」
「講義中ですか?」
「その通りではありますが……」
「なら良いのです。頑張ってください」
「……はい……」
どこか含んだ返答だったがクロウは気にしなかった。
「クロウ様」
論文を書きながらアイナが話しかける。
クロウも念話を取り止めてアイナに意識をやる。
「何でしょう?」
「クロウ様の操はオリジン様の物ですよね?」
「ですね」
今更だ。
「では側室は私に譲っていただけませんか?」
「…………」
ある種ギルドマスターの剣閃より輝かしい言葉だった。
「アイナはソレで良いのですか?」
「クロウ様と結婚したいくらいですから」
「先生と結婚できないでしょうか?」
「鬼ヶ山の中でなら可能かと」
そっけなくアイナ。
「他者が認めることは無いでしょうから」
と付け加える。
「何ゆえ?」
クロウの真っ当な疑問。
「オーガは人類の敵です故」
「先生は恩情ある人物なのですけど」
「クロウ様に対してはでしょう。それに……」
「それに?」
「オーガの血を求める人間は枚挙に暇がありません。難老長寿の薬効。であるからオリジン様も鬼ヶ山に引き籠もっていますでしょう?」
クロウに血を分けたのは優しさだが、それ以外では人類とわかり合えない。
アイナはそう言ったのだ。
「むぅ」
オリジンを尊崇しているクロウには面白い話でもない。
「とりあえずクロウ様も鬼の血を引く以上エルフと寿命を等しくします。であればクロウ様には私の伴侶になって貰えれば……と」
「で、抱けと?」
「その通りです」
「…………」
沈思するクロウだった。
転生者としての記憶でクロウは妻子を殺している。
自決に巻き込む形で。
そう云う意味では家庭を持つことに遠慮が混じるのも自然の摂理と言えないこともなかった。
「先生が小生の体に飽きてから斟酌します」
他に言い様も無いのだが。
「ですね」
アイナも苦笑した。
「元よりクロウの恋慕も分かっている」
そんなアイナである。
想い人への理解と寛容。
「いい女ですね。アイナは……」
「それだけクロウ様が魅力的な逆説的証明ですよ」
中々どうしてアイナも大した者。
「その好意だけは有り難く」
クロウもまた苦笑い。
それからまた茶を一口。




