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金なる明星より降りし者07


「ふむ」


 状況判断の良しは言葉を選ばなければクロウも畏れ入った。


 大気中の水分に引っかけていた足を外して地にソレをつける。


 仕切り直し。


 クロウはそう思ったが、マスターの方は心情如何ばかりか。


 基本的に京八流と違いマスターの剣は敵と面を向け合って振るう物だ。


 そうである以上、クロウの空間を自在に駆け抜ける天狗の剣は、殆どその定石から外れており、率直に言って破綻している。


 基本的な定義の問答から始める必要があった。


「…………」


 気にするクロウでも無いが。


 加速。


 刃の疾駆。


 下から上へ。


 バックステップで躱すマスターの心臓を狙って逆袈裟が刺突に一瞬で変わる。


 どこからそれだけの臨機応変が発生するのか。


 マスターの常識の埒外だが、その殺傷能力に濁りは無い。


 一手誤っただけで死に直結する。


 少なくとも心臓を刺されればマスターとて死に至る。


「っ!」


 剣で刺突を切り払おうとする。


 クンと更にクロウの剣が軌道を変える。


 斬撃に平行に移動して打ち払いを逃れると、不規則に動く。


「っ?」


 その軌道はまるで餌を絞め殺すボアにも似て。


 マスターの一方の剣に巻き付いた。


 どうじにマスターの剣を握る腕が痺れる。


 困惑。


「何をされた?」


 まさにその通りだがクロウの剣速の前には問いただす時間すら惜しい。


 回答を述べれば京八流において波剣と呼ばれる技術だ。


 勁を練って剣同士を打ち合わせ、結果として練った勁を相手の肉体に伝える。


 相手を斬ることで打ち据える。


 斬撃と打撲と波動を同時に叩きつける剣。


 当然波動は剣を伝って敵の肉体に作用する。


 今回はギルドマスターの腕を痺れさせたということだ。


 マスターがもう一本の剣を持っていなければそのまま殺されていただろう。


 とはいえ不利には違いない。


 生きている剣を必死で振るう。


 二度、剣を打ち鳴らした後、三度目の衝突は起こらなかった。


 またしてもクロウの剣が軌道を変える。


 スルリとマスターの剣閃を躱し、喉元に斬撃が吸い込まれる。


「――っ!」


 痺れた方の腕の剣がソレの迎撃にやられたが、空を切る。


 クロウの剣は斜め上に斬撃を変更して、ギルドマスターの右目を切り裂いた。


「――ガッ!」


 血が飛び散る。


 痛みが集中を乱す。


 なお視覚の一部が封殺される。


 次の瞬間クロウの像はマスターの視界から消えた。


 切り裂かれたマスターの右目側の死角に潜り込んだのだ。


 その判断の速さと闊達さ……それから容赦無さはいっそ尊崇に値する。


 淀んだ瞳は自らの剣を自身の一部とし、人間を動く障害物にしか捉えていない。


 殺人の剣。


 まさにその通りの技術だった。


「…………」


 なんの感想も抱かないままクロウは赤裸々に晒されているマスターの頸動脈に薄緑を埋め込もうとし、


「そこまで!」


 唐突な言葉に、意識が自律神経ごとアイデンティティに浮上する。


 ピタリと薄緑がマスターの首の皮一枚で止まる。


 声の主はアイナ。


 セントラル魔術学院の名誉教授。


 クロウが耳を傾ける数少ない理解者。


 仮に先の言葉が司会進行のソレならクロウの手にある薄緑は容赦なくギルドマスターの首を刎ねていただろう。


 理性を取り戻して、


「あれ……?」


 と困惑するクロウ。


 さもあらん。


 損得の勘案なく、ただ人を殺すための意識にスイッチしていたのだ。


 状況の把握はこの際有理。


「まいった。俺の負けだ」


 ギルドマスターは嘆息してそう言った。


 決着だ。


 右目の負傷も深刻ではあるが、仮にそれを条件に入れなくともマスターはクロウの剣をこれ以上受けかねていたのも事実。


 自由自在かつ変幻自在に剣閃を変える不慮の剣術。


 ソに対応するには少し未熟である。


 謙遜ではなく物理法則に則って……でありながらだ。


「ふむ」


 クロウも剣を止めたため状況を把握し、譲られた勝利を理解した。


「ではその通りに」


 クロウは薄緑に付いた血と油を狩衣の袖で拭って鞘に収め、それから魔術で虚空に返す。


 ここにまた一つの伝説が生まれた。


 とはいえクロウとしてはギルドの不躾を改めるための試合であったため、ギルドマスターの良心に期待するや切であったが。


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