金なる明星より降りし者06
ワンデイ。
濡れ羽色の長髪をポニーテールに括る。
狩衣を着て、腰に愛刀たる薄緑を差す。
コロシアムに姿を見せるとワッと客が湧いた。
「何が楽しいのやら」
クロウの理解の外だ。
クロウとギルドマスターの決闘に関しては、セントラル国家共有都市領域全域を震撼させた。
どころかセントラルを包囲する神王皇帝四ヶ国にすら波及……というには過激に伝播した。
結果として王侯貴族の類もまた娯楽としてコロシアムの観客席にて決闘を楽しみに待っているという救い難い状況である。
「にゃー」
嘆息の代わりに鳴くクロウ。
愛刀はずっしりと重く、クロウの期待に応える気満々だ。
それはクロウをして喜ばしいことと取れる。
事実その通りだ。
コロシアムにギルドマスターが現われる。
革の鎧を身に纏い、腰には二本の片手剣を差している。
「二刀流……」
ポヤッと呟くクロウ。
こと此処においてはったりも無いだろう。
ギルドマスターと呼ばれる逸れ者の実力を疑う真似はしないが、クロウとしても意外ではあった。
もともと京八流は二刀という概念と縁が無い。
「鞍馬の御大ならばやってのけるかもしれないですけど……」
程度の思考はするが今となっては確かめようもない。
司会進行が声を大にしてもり立て、二人の覚悟を高めていく。
「両者宜しいか!」
クロウは薄緑を抜く。
マスターも両手に一本ずつ剣を握った。
武威が間合いの中間で炸裂して熱風を呼ぶ。
自然現象にしては粋な計らいだが、クロウとマスターにしてみれば意義ある現象とも言えない。
ググッと筋力をたわませて解放の時を待つ肉体。
緊張がコロシアム全体に襲いかかり、一瞬どよめきが止まって空白が生まれる。
「試合開始!」
絶妙のタイミングで司会進行が決闘の合図を叫んだ。
次の瞬間、クロウとマスターの二人が加速した。
一般人の目には残像を捉えるだけで精一杯だった。
コマ落としのように過程を省いて結果だけを抽出することになる。
遅れて二度の金属音。
あまりに速いマスターの二剣をクロウの薄緑が一振りで弾いた音だ。
「――っ!」
刃が加速する。
二剣を弾いたクロウの和刀が無理な体勢であるにも関わらず、まったく死に体にならずにマスターに襲いかかる。
この一事だけでもクロウの剣術の練度が分かる。
「凄まじいな」
マスターは戦慄しながら一本の剣でソレを受ける。
こちらの速度も人外だ。
とはいえクロウほど器用でも無いため弾くに留まるが。
鍔迫り合いにも陥らず、クロウの剣はさらに加速するのだった。
適確かつ最短距離でマスターに襲いかかる。
もう片方の剣で迎撃しようとするマスターの斬撃が空を切る。
一瞬で軌道を変えてクンと頂点へ。
そこから薄緑が頭上目掛けて真っ逆さまに振り落とされる。
「っ!」
二剣を交差して頭上からの斬撃を防ぐ。
「まさかなっ」
さすがに洒落になっていない。
変幻自在とは正にこの事だろう。
膂力もタイミングも完璧で、尚且つ剣閃の軌道修正すらも思いのまま。
疾風のように軽やかに。
なお蛇のように執拗に。
クロウの剣はマスターの命を取りに来ていた。
「…………」
「――――」
クロウとマスターの視線が交錯する。
理性を宿すマスターの瞳。
対するクロウの黒瞳は淀んでいた。
コンセントレーションの果ての領域。
自身を機械的に運用する武の極致。
「――っ!」
ゾクリとマスターの背筋が冷える。
「自分が何を相手にしているのか?」
自問する必要があった。
もっともクロウはソレに付き合う気も無いが。
「…………」
頭上で受けられた剣を支点に、クロウは跳躍する。
テコの原理とムーンサルトの複合技。
マスターの頭上を取り、剣を振るう。
身を低くして躱すマスターに対して、追い打ちを掛ける。
逃げる暇もありはしない。
受けるしか無い剣であったが、そこからさらにクロウは受け止められた剣を踵落としで圧迫する。
空中に身を置きながら器用な芸当だがクロウにしてみれば天翔の恩恵がある以上、とりわけ特別なことをしている気もない。
「…………」
水分に足を引っかけて空中に逆さまの状態で身体を固定。
そこから斬撃を放つ。
フェイントを含めて十二回の斬撃。
淡々とした感情の込められてない剣では、どれがフェイントでどれが本身なのか判断しようもない。
結局マスターに出来たのは襲いかかるクロウの剣の一部を取捨選択し、ソレを二剣で振り払ってクロウの間合いから脱することだ。




