ダンジョンには夢がある09
そうこうして三十五階層。
クロウは一人、そこに身を投じることになった。
アイナとローズには連絡が付かない。
クロウの立ち位置はともあれアイナとローズの階層は魔術が使えない。
念話……テレパシーも魔術の内であるため影響を受けるに不可分も無い。
つまり、
「一人この階層におとされた……と」
そういうことである。
あまり明るい場所ではなかったがクロウにしてみれば徒労にも至らない。
夜目は利く方であるし、視覚だけが認識の全てでもない。
「とにかくアイナとローズとに合流する必要がありますね」
そういうことだ。
「さて」
自身の未来を査定していると、
「おおおおおっ!」
怒号が響いた。
「何事か」
とはクロウの意識。
気づけば昨夜見た傭兵が仲間を連れて全力疾走していた。
「…………」
クロウにしては雄弁な沈黙を語った。
傭兵の背後には無数のモンスター。
クロウが講義されたアイナの言葉。
「モンスターマーチ」
そういう現象だ。
一種のトラップではあるが、そう結論づけるにはタチが悪い。
要するにモンスターを大量に発生させて挑戦者を押し流そうというダンジョンの仕組みだ。
「おお」
と傭兵はクロウを見て顔を輝かせた。
「頼む!」
それだけ。
そして傭兵と愉快な仲間たちはこの階層から逃げ出す。
大量のモンスターの大行進はクロウを狙い定めた。
要するに押し付けられた形だが、畏れ入るクロウでも無い。
スッと愛刀を鞘から抜く。
肉体に酸素を過剰供給して、
「渡世の義理……ですか」
そしてクロウはモンスターマーチの本流に飛び込んだ。
一撃一撃が本身にして本気。
クンと剣が水流のように軌道を変える。
振られた斬撃でモンスターが数体、死に至る。
「――――!」
モンスターマーチが警戒の音を鳴らす。
既に遅いが。
「射っ!」
縦横無尽に剣が振るわれる。
その自在さは剣ではなく筆を操るかの如き、だ。
筆で線を引くように、剣で斬撃を振るう。
その様はまるで修羅にも似て。
百にも及ぶモンスターの大行進が片端から切って捨てられる。
空間を天翔で駆け抜けるため、特に知能の発達していないモンスターには捉えきれない速度と体捌き。
「――――!」
死に物狂いでクロウは薄緑を振った。
背水の陣……というより四面楚歌だろう。
百を超えるモンスターに襲いかかられ、その悉くを切り滅ぼす。
斬撃に次ぐ斬撃。
斬殺に次ぐ斬殺。
時に理解を超えた速度の剣は無情にモンスターの生命を終焉に導く。
更にクロウの技術は終わらない。
「剣護法。剣鎧」
密教の護法が一つ。
剣護法。
ソによる剣鎧。
剣刀槍戟がクロウの全身から飛び出して周囲のモンスターを貫き殺傷する。
これもまた京八流の一手。
剣護法と剣の術理のデュオ。
気づけばモンスターの大行進は全て斬り殺されていた。
「ふ……」
吐息を一つ。
モンスターの血臭が充満する場で、脱力するクロウ。
そこに、
「クロウ様!」
「お兄ちゃん!」
アイナとローズのテレパシーが伝わってきた。
「どうも」
クロウは飄々と答える。
斬り殺された無数のモンスターは地面に回帰し、代わりに感応石をドロップアイテムとして落としていった。
その全てをクロウが剣術だけで為したと言えば誰が信じるのか疑問ではある。
とはいえ事実には違いないのだが。




