ダンジョンには夢がある04
壁や床から現われるモンスターを切っては捨て切っては捨て。
刀が止まる事は無い。
空間を舐めるようにスラリと剣閃が輝き、次の瞬間にはモンスターが斬り殺される。
その想定はローズが控えめに見ても、
「バーサーカーですね……」
と言わしめるものだった。
騎士学院や傭兵ギルドでも見る事能わない剣撃の極致。
なお空恐ろしいのが、そんな剣を見せながら道半ばと言ってしまうクロウの本音だろう。
「御大が居れば話は早いのですけど」
真摯にクロウは言う。
「その御大なる者が如何な存在か?」
はアイナもローズも知り得ないが、筆舌に尽くしがたいクロウの剣のその先を行く存在には想像すらも出来なかった。
無理もないが。
サクサクとダンジョンを攻略する。
後衛のアイナとローズは特に労力も消費しない。
「お疲れではありませんか?」
と二人は度々クロウに問うも、
「大丈夫です」
誇張も無く言ってのけるクロウ。
殺戮に次ぐ殺戮。
虐殺に次ぐ虐殺。
殺しも殺したり……と云った様子だ。
そんなこんなで十階層。
十一階層の休憩フロアに行く前のボスフロアである。
そうアイナがクロウに説明する。
「要するに下一桁が零の階層が強力なモンスターと相対する……ということですか?」
「です」
コックリ。
「楽しみですね」
言ってクロウは血と脂を拭うと刀を鞘に収める。
油断……ではない。
京八流の三抜手の一つたる溜抜。
そのための準備だ。
「?」
「?」
と刀を鞘に収めたクロウの所作にアイナとローズは首を傾げた。
説明する義理も無いクロウではあったが。
十階層。
ボスフロア。
現われたのは亜人だった。
レッドトロール。
全身血の色をしたトロールである。
クロウの知っているトロールは青色の筋肉を持っていたが、此度のトロールは赤。
どちらかと云えばレッドトロールの方が威力としては強い。
そう念話でアイナが説明してくれる。
「ふうん?」
特に斟酌もしないらしい。
「――っ!」
声にならない咆哮を上げてレッドトロールはクロウに襲いかかる。
クロウは脱力したまま納刀した剣の柄に手を触れさせるのみ。
「出遅れた」
それがアイナとローズの感想だった。
「魔術による援護を」
そう思い魔術を放とうとする二人はクロウに当たらないように魔術を演算して道筋を決める。
それから魔術を放とうとして、クロウが幻影のように消えるのを見て絶句した。
まるで影法師のようにクロウはその場から消え失せたのだ。
「――っ!」
クロウを見失って首を周囲に向けようとしたレッドトロールの頭部が、綺麗に直線を残して地面にこぼれ落ちる。
首を両断された事に気づかない速度の太刀。
京八流の抜手が一つ。
溜抜。
要するに後刻、居合いや抜刀術と呼ばれる技術を指す。
全ての剣術の祖である京八流においても再現され、ソレを以て溜抜と呼ぶ。
速度に関して言えばもはや神速がどうののレベルではない。
あえて言うのならばコマ落とし。
原因を取り払って結果の映像だけ再生するような物だ。
実際にクロウの溜抜をアイナもローズも捉えられなかった。
「クロウの剣がレッドトロールに出遅れた」
そう思って魔術を行使しようとした瞬間、クロウの残像が消えてレッドトロールの首が落ちた。
困惑したのは残像が消えた後に、実際のクロウがトロールを挟んで反対側に居た事だ。
要するにアイナとローズにしてもクロウの抜刀術を見切れなかった証左である。
「えーと……ええ?」
「お兄ちゃん……」
二人は狼狽に事欠かない。
「どれだけ規格外なのか?」
そんな事案でもあったのだから。




