ダンジョンには夢がある02
「前衛が要るだろ? 俺が雇われてやろうか?」
所謂一つの営業だ。
アイナは魔術師。
ローズもまた魔術師。
クロウはメイドであって実力は知られていないが、二人と要る時点で魔術師と捉えるのが必然だ。
黒のポニーテールに狩衣。
さすがにメイド服でダンジョンに潜るほど非常識ではない。
存在自体が非常識……というより正確を期すなら不条理にも相当する存在ではあるが。
「必要ありません」
口頭でアイナは断った。
既に前衛は存在する。
もちのろん……クロウである。
「…………」
チラリと傭兵はクロウとローズを見やった。
ローズは美少女。
クロウもまた自己主張しない限りでは美少女……というより美幼女に見える。
外見年齢自体はアイナも人の事は言えないが、少なくとも信頼の度合いではマリアナ海溝も目じゃないのもまた事実。
「嬢ちゃんらが前衛か? どちらも子どものようだが?」
武威的証明だ。
こと魔術ではなく武術に於いて肉体年齢は貴重な意味を持つ。
紅の髪と瞳の美少女はアイナ研究室史上最初の魔術師であるし、黒いポニーテールの美少女はそもそもにおいて何者かも分かりやしない。
あくまで傭兵基準なら。
「ええ」
が、サクッとアイナは首肯した。
紅茶を飲んでいるクロウの頭をポンポンと叩いて、
「クロウ様が前衛です」
前衛は騎士。
後衛は魔術師。
それがダンジョン攻略パーティの基本だ。
つまりアイナはこう云ったのだ。
「あなたよりこちらの美少女の方が前衛として優れている」
と。
「…………」
スッと傭兵の目の光が暗くなる。
侮辱に対する寛容を持ち合わせないタイプである。
クロウは淡々と紅茶を飲んでいた。
残念ながらギルドでは玉露……というより緑茶を用意されていないのである。
「何故に発酵させるのか?」
そんな疑念に捕らわれるクロウであった。
「つまりソイツの方が俺より強いと?」
「そう言いました」
「…………」
心で嘆息。
「というわけで御願いします」
テレパシーによる会話。
「何を?」
とクロウが念話で聞き返す前に、傭兵が剣を抜いて切っ先をクロウに突きつけた。
「勝負しろ生娘」
「参りました」
即答。
侮辱しているわけではない。
大義なき争いは嫌悪するタイプである。
基本的にクロウが剣を振るうのは繰り返しになるが他者のため。
「――ッ!」
ソレが傭兵には屈辱だった。
突発的に剣を突き出す。
次の瞬間血が流れる。
ギルドに居座る客たちはそんな悲惨を想像したが結果として違えた。
「…………」
クロウは剣の切っ先を二本の指で摘まんで止めていた。
「なっ?」
と傭兵並びに衆人環視が瞠目する。
が、クロウは気にせず状況を進めた。
「…………」
無言で指に力をこめ、ポキッと剣の先端をへし折る。
弱い鋼で作られたこの世界の剣はクロウにしてみれば木刀と大差ない。
薄緑の領域が剣における常識の埒外なだけであるのだが、コレについては後の議論とする。
「くっ!」
剣の切っ先はおられたが、側面の刃渡りは無事だ。
そを以て斬りかかる傭兵だったが、
「…………」
またしても指二本でクロウは止めて見せる。
特に心意に根ざした剣でもなければ術理に則した剣でもない。
見切るに苦労は無かった。
「化け物……っ」
傭兵はクロウを見てそう呼んだ。
さほど珍しい称号でも無い。
クロウの体は半鬼半人であるため一種その通りではあるし、京八流の威力に於いては転生者の記憶に於いても戦場で化け物と呼ばれる身の振り方をしてきた。
「わかったでしょう?」
と自分の功績のようにアイナは自慢げである。
「クロウ様に前衛を任せれば後衛の魔術師も安心できるという物です」
「申し訳ありません」
クロウは傭兵に頭を下げた。
丁度紅茶を飲み終えたタイミングだ。
「剣の弁償は致します。幾らでしょうか?」
提示された額を斟酌して支払うクロウであった。
アイナもローズも止めない。
元より感応石の採取はクエストとしてもかなり難解な類にあるため、クエスト達成に於いて高額の報酬が支払われる。
結果として市場での感応石の値段が青天井となるのだが。
 




