金なる明星より降りし者参12
「ぺんぺん草も以下略――」
――なんてイズミの表現は、ある種適確で、なお事実への比喩に於いて穏当ではあった。
三十一階層。
Aクラスのボスを倒して辿り着く休憩フロア。
地上への転移魔法陣はしっかりある。
それなりの水やら空気やらも清浄で、敵性の気配も感じないので安穏とくつろげはするも、ある意味で笑える状況でもなかった。
誰も居なかった。
「無理なく避難した」
と考えるに無理がある。
兵士が挑んで、帰ってこなかったのだ。
おそらく三十階層のボスにやられたと考える方が自然だろう。
「特別モンスターが悪いわけでもありませんしね」
クロウはそう言う。
「殺しに向かっているのだから、殺し返されても文句を言うな」
の精神だ。
「くあ」
と欠伸をして、芝生の野原に座る。
クロウたちだけで支配している休憩フロア。
どこか広く閑散としていた。
時折クロウは野原を思い出す。
外から見ると、何気ない景色。
ただその中に入ると、視界に入りきらない広さに驚かされる。
自分のちっぽけさが、自分の眼で見られるのだ。
少し感慨深げになる。
「ところで」
と寝転んだまま。
「無理クラスも行くのですか?」
「応」
爽やかにイズミは笑った。
「嫌か?」
「とは申しませんが、手痛い思いは勧められません」
実際にクロウとイズミは死にかけたことがある。
場合によっては二度目もありうる。
「むしろ歓迎」
イズミは云う。
「何ゆえ?」
「御大の剣が見られる」
「なるほど」
たしかにクロウが死にかければ、降霊憑依するだろう。
スーパークロウこと鬼一法眼。
「笑えませんよ」
クロウとしても、頼る気は無かった。
元々、死んで迷ったのは完全に自業自得とクロウは捉えており、その辺の弁解もしないため、鞍馬の御大に心配を掛けさせるのは心の作用に快くない。
とはいえ、
「酒の肴でしょうな」
程度は思う。
事実、クロウとイズミをして勝てないゴーレムナイトを、あっさり屠った達者だ。
――クロウたちですら人外なら、御大は何と呼ぶべきや?
議題になる。
基本世捨て人なので、人生万事を風情に於いて楽しむ傾向に在り、誰しも縛られない風の様な御仁だ。
「頼りっぱなしも良くないんですけどね」
「もちろん、攻略は本身全開で行く」
イズミも別に、
「ピンチになるために手を抜く」
なんてアホな真似はしない。
もっと単純で、
「憧れ」
があるだけだ。
その身で具現する超神速。
イズミは一手だけ、全呼吸と引き替えに可能とする。
その速度を基本とするのが御大だ。
なるほど源氏が天下を取れるわけである。
良き師の下では、修行者も潤う。
「御大は笑っているのでしょうけど」
「御大でしょう?」
ムサシは知らない話だろう。
伝説そのものは知っていても。
鬼一法眼。
虎の巻。
武芸達者の外道行者。
「伝説にある鞍馬天狗でしょう……」
「ですね」
「天狗の剣とは聞き及びましょうぞ」
「その通りです」
はふ、と吐息。
「こちらに呼べるのでしょうか?」
「無聊の慰め程度なら」
中々仁義に聡い御仁でもある。
「不出来な弟子でした」
とクロウは謝りたい所存。
なのに御大は、
「未熟。結構」
と笑い飛ばす。
「三千世界の果てまでも、見捨て能わない可愛い弟子」
そう愛される。
「男色のケが?」
「そも性欲があるかも怪しいですけど」
無限に連なる時の果て。
魔王と呼ばれし明星よ。
天より来いて裂き狂う。
その遥かな手足は剣だけでなく思考にまで及ぶ。
世界違えど現われて、ない交ぜにして哄笑する。
「有り難いことには違いありませんが……」
苦労性。
「どっちにせよ面白おかしくが心情ですので」
「クロウは駒なのでしょうか?」
「ですね」
そこは見誤らないクロウであった。
何か間違っている気もする。




