チートなサムライ三度12
「虎徹……長曽根虎徹でしょうか? あの伝説……あるいは贋作で有名な……? 本物の長曽根虎徹?」
「ああ」
イズミは虎徹を構えて、頷く。
「本物で?」
「さてな」
イズミにはどうでもいいらしい。
真打ちではあるが。
「虎徹を見れば偽物と思え」
は格言だ。
あらゆる意味で、虎徹の真贋は議論の対象なのだが、此度イズミの持っているモノは魔術で召喚したモノ故、贋作では有り得ず。
「射」
イズミが奔る。
超高速。
丁々発止。
速度の面で完璧にムサシは着いてきていた。
こちらもこちらで怪物だ。それは単体で皇国の軍事勢力を押し戻すだけの戦力でもあろうぞ。
「うーむ」
打ち合う鋼の音を聞きながら、
「出遅れた」
と空中にあぐらを掻いているクロウ。
手を出そうにも、同じオーガで、同じサムライ。
ムサシの技量の深淵は覗くに値するが、
「力量的に五分」
程度は読み取れる。
元々虎の巻は戦術指南書だ。
剣の術理は後追いで、二天一流と同じく勝つこと優先は……根底にはある。
クロウが、
「馴染まない」
と述べるだけで。
実際に鞍馬天狗の剣は、勝敗如何のレベルをすっ超えて、
「障害ごと切り伏せる」
を主題としているので、剣としてならクロウの方針も間違いでは無い。
斬る。
その一点で純粋なのは、たしかに剣術の始祖だろう。
普通の合戦剣術……一種の自主性は京八流の地面に根ざしており、その如何は超実戦的剣術の総意に他ならぬ。
「喝」
ムサシの剣が、イズミを襲う。
虎徹しなやかに逸らし、滑らせる。
流麗の剣。
起こりの見えない凪は、「真正面からの不意打ち」という矛盾を成立させ、また切り刻みに足る。
クロウですら、後手に回る剣だ。
それはムサシも同じらしい。
剛性ではムサシに分が有るが、それを加えてもイズミの術理の冴えは恐ろしや。
殆ど不条理の領域――とはクロウとムサシの思うところであり、実際にその通りの剣の術理を具現するイズミは正に「不条理」だろう。
飛燕の速度で剣が奔った。
気付けば首を狙われている。
十字交差。
鍔迫り合い。
「射」
「喝」
剣圧が放たれる。
オーガの血も、ソレを加速させた。
加速。
べた踏みだ。
「「「「「…………」」」」」
傍観している兵士たちに至っては、岡目八目でついていけていない。
傍目で追いかけているのはクロウくらいだろう。
あまりの速さは、それだけで時間矛盾を生じさせる。
「加速」
段々ギアが上がっていく。
終には神速。
剣の振りが兵士たちの目をすり抜ける。
「上段から袈裟切りか?」
と思う兵士。
実際は、「逆袈裟から上段まで振り切った後」である。
肉体制御。
精神統一。
ある種の自虐にも似た執念在って辿り着く境地。
サムライという在り方だ。
「――――――――」
「――――――――」
言葉すら置き去り。
ムサシは濃密な剣圧を放つ。
それを機転に、仕掛ける。
イズミは、釣り餌を選り好み。
ムサシの実体を斬りつける。
移動的にはムサシが前進し、イズミが後ずさっている。其処に異論は無く……だが、ソレが全てでもなかったのだ。
曰く、剣の肉体への迫り具合は、イズミに分が有った。
総じて互角だろう。
鋼の音。
金属音。
衝突音。
破裂音。
それらが兵士の鼓膜を叩いたときには、その数倍の打ち合いが終わっている。
連続性。
一介の剣の調べ。
なのに斬り合いは数合。
「サムライの業の深いこと」
クロウはホケッと呟いた。
ズザッと地面をこする音。
イズミとムサシが間合いを開けた。
「南無八幡大菩薩」
全てを見据えて、しかれどもクロウはどちらに対しても敬意を表わして、なおその理不尽性に……正に「南無」と表現するほかなかった。




