そんなわけでこんなわけ10
トン、と地を蹴る。
ごく自然に軽やかな……しかし、その体さばきたるや、あまりに筆舌に尽くしがたい。
間合いが詰まる……どころではなかった。
交差。
一瞬で、三匹目が切り捨てられる。
「――――」
四匹目と五匹目が背後から。
「――――」
遅れて六匹目が正面。
狂気に満ちた瞳。
人への害性に染まった彩だ。
クロウは、独楽の様に回転した。
そこに斬撃が乗る。
無論、馬鹿正直に斬られる、ルナウルフでもない。
身を低くしてやりすごし、脚を狙って顎を開く。
「――――」
その一匹の首が、刎ねられた。
薙ぎの斬撃が、そのまま、急激なスピードと膂力と呼吸とをもって、振り下ろしに変化したのだ。
次いで、跳んだクロウを、ルナウルフが見失う。
瞬間、ザクリ、と斬撃が、また一匹を斬り殺す。
クロウは、木の幹を足場に、水平に立っていた。
タン、と幹を蹴る。
「――――」
六匹目は、同時に、噛み殺そうと襲ってきた。
斬撃。
噛み封じられる薄緑……、
「疾」
であるはずもなかった。
そのまま、口から胴体を、横一文字に切る。
尻まで抜けて、鮮血が吹き出した。
「気骨あるべき……か」
狂気の狼は、止まらない。
これが理性に裏打ちされた物なら、逃げているはずだ。
戦力差は絶望的。
彼我に隔絶がある。
残るは四匹。
四方を囲まれた。
が、対処はクロウだ。
一瞬で、一匹に迫る。
これだけで、包囲網は崩れた。
狙いのルナウルフが引く。
背後の三匹が、襲いかかる。
心眼が、ソレを捉えた。
ガサガサ、と山草の悲鳴。
剣気を放った。
「――――」
怯む獣。
その一瞬で、事足りた。
高速の剣が、一匹をすくい取り、残る三匹の間合いへ浸食する。
「ちょっと本気出しますよ」
分かるはずもない人語。
「疾」
が……速かった。
残像を捉えるルナウルフは、
「――――」
『自分らが何と戦っているのか?』
それすら分からず、斬り滅ぼされる。
クロウは薄緑を振った。
ピチャッ、と血が払われる。
そして虚空に還すのだった。
「ふう」
ガサゴソ、と遠くから、音が聞こえる。
山暮らしが長いので、イズミが苦戦しているのは、手に取れた。
トンと地を蹴って、幹を蹴って、枝を蹴る。
天狗の様に、駆けて、
「ども」
「おい」
イズミと合流。
「あらかた終わりましたよ」
「ていうか、どうやってんだ?」
「何がでしょう?」
枝から飛び降りて、イズミの隣に立つ。
「その木々を蹴って跳躍する奴」
「慣れれば誰でも出来ますが?」
「無理」
少なくとも愛洲陰流は、山で通用しない。
そこは、クロウに、一日の長があった。
「並外れてるな」
「イズミに言われましても」
互いに普通では無い。
ソレは認識している。
ただ、
「どちらが人外か?」
は、議論出来るだろう。
「終わったなら良いけどよ」
「ええ。済みました」
山鳴りを聞けば、あらかた分かる。
その根拠は経験だ。
「山育ちだったな。そういえば」
「ええ」
人生の業である。




