金なる明星より降りし者弐07
「っ?」
イズミは、クロウを見失った。
「何が起きたのか?」
分かっていても、理解に苦しむ。
クロウは、跳んだのだ。
ムーンサルト。
イズミの頭上へ。
「まさか」
あるいは、
「馬鹿な」
そんな感想。
地に足を付けない。
その致命傷を、クロウが知らないはずもない。
こうなると軌道予測は容易い。
自身の頭上を越えて背後へ。
「そのつもりだ」
と、イズミは覚った。
回転。
剣舞。
切り裂いたクロウは、イメージのソレだ。
「――っ?」
手応えの無さに、困惑するイズミ。
その頭部に、衝撃が襲った。
回し蹴り。
踵落とし。
空中にいるはずのクロウの蹴撃だ。
叩き伏せられるイズミ。
そこにクロウが襲う。
空間を蹴って加速。
イズミの首筋を狙う。
が、
「――っ!」
イズミも然る者。
一瞬で体勢を整えて、回避。
距離を取る。
「……っ」
切った口から、血を吐く。
べちゃっ、と、血が地面を叩いた。
「何をした?」
丁寧な解説は期待していないが、聞かざるを得ない。
イズミの疑問に、
「天翔」
端的にクロウは答える。
「天翔?」
「天を翔ると書いて天翔ですね」
空間に指で、
「天翔」
と見えない字を書く。
「曰く」
とはクロウ。
「龍や天狗は雲を足場に天を翔ると言います」
「ふむ」
それはイズミ……上泉信綱も知っている。
「小生はソレを応用しているだけですよ」
「?」
意味不明だったろう。
「要するに」
嘆息。
「空気中の水分を足場に天を駆けているんです」
そういうことだった。
「可能か?」
「証明しました」
「であるな」
ヒュン、と、剣を振るイズミ。
「制空権はそちらか」
「自慢にもなりませんが」
あくまで謙遜するクロウ。
トンと宙を蹴った。
「来る――っ!」
思った瞬間には、クロウは宙を蹴って襲いかかる。
空中をジグザグに蹴って。
「ぐ……っ!」
その自在さ。
闊達さ。
俊敏さ。
どれをとっても超一級だ。
「そうでなくちゃな!」
むしろイズミは興奮していた。
自身を超える剣理の使い手。
上泉伊勢守信綱が望んだ敵手。
源九郎義経。
その威力は、
「剣聖」
と謳われるイズミでさえ、届かない領域だった。
空中を自在に駆ける。
言ってしまえばソレだけ。
が、戦いが『面』でなく『空間』となれば、それだけ必要な技量は跳ね上がる。
クロウが御大に追いつけない領域だ。
まして一対一に特化したイズミが、即席で会得できる物ではない。
タタン、と、宙を蹴るクロウ。
南無八幡大菩薩。




