土竜(もぐら)には土竜(もぐら)の悩みがある。
ここはバー土竜。
騒がしい路上から階段を降りる。そこにあるのは木彫りの扉、マスターの趣味である。本当に空いているのかドアを開けるまでそれは分からない。
しかし野良猫にはその扉を開ける権利はないのである。その扉は決まった時間に求める者にのみその取っ手を回す。
カランカランッ
ドアの開く音がする。薄暗い店内に白く光る白髪は店主の位置をこちらに知らせている。私が今日ここに来たのはある悩みがあるからだ、それは最近彼氏と上手くいっていない。なんて事無い悩みだからこそ私は悩んでいる、東京に出てきてからというもの仕事にいっぱいいっぱいで友達を作る余裕もない。
そんな時だった職場の同僚の男の子にこのバーを紹介されたのだった。何でも「行けばわかりますから、隣の客が解決してくれますから。」というものだった。藁にもすがる思いで私はこの店のドアを叩いたのだった。部屋いっぱいに軽快なjazzが流れている。
「すいません、予約してた倉科です。」
「こんばんは。お客様少々お待ちいただいてもよろしいですかな?」
案内されたのは長いカウンターの丁度真ん中あたり、マスターの目の前だった。とても素敵な雰囲気のお店なのに客が自分一人なのは勿体ないような気がした。
「今日は他のお客さんはいらっしゃらないんですか?」
「そうですか、どなたかのご紹介で?」
「はい職場の同僚から。」
「男性ですか?」
「はいそうです。」
小気味の良いトークを遮るようにドアが開いた。
「遅れて申し訳ない。」
現れたのは40代ほどの男性だった。スーツ姿のその男性はマスターに私の隣へと案内された、
「ジントニックを2つ。ジントニックは飲めますか?私ジントニックがどうしようも無く好きで。」
「ええ、ありがとうございます。」
スーツの男はそう言ってジントニックを私に差し出した。
「それではお客様方、存分にお話し下さいませ。」
マスターは静かに言う。どうやら話は本当だったようだ。
「さて、お姉さんのお悩みは?」
急に?ちょっと強引すぎない。だいいちこの人が誰かも知らないのに。
「誰かもわからないから、話せるんですよ。」
私の考えを見透かしたようにマスターは言う。
「すごい、何でわかったんですか?」
「経験というやつです。」
スーツの男はマスターと目配せをしながら微笑んでいる。少し不愉快だ。
「わかりました、私最近彼氏と上手くいってないんです。それでここに来たら相談に乗ってもらえるって。」
「違いますよお客様、【解決する】の間違いです。」
またマスターとスーツの男は2人で微笑している。
「よしお姉さんの悩みは私が聞こう。元々そのために来たんだ。」
「え、サクラってことですか?」
「まったく違う、それが終わったら次はあなたが私の悩みを聞く番だ。相性は悪くないはずさ。」
私はまだ本当か疑っている。そんな都合よく解決するわけがない。
「その彼氏とあまり連絡が取れていないとみた。どうだろう?」
「え、何でわかったんですか?!」
「まぁ私も同じような事で悩んでいるということさ。君彼氏は年上だろう。」
「… 」
図星だった。当たりすぎて怖くもある。
「ああ誤解しないでくれ、まさかなと思っただけで結論から言うと私の妻は17つ下でね。」
男は笑いながらそう言う。
17つ下…
「17つ下!!!?」
「そうなんだよ、年の差婚というやつでね。結婚したはいいが最近何を考えているか分からないことが増えて来てね。きみは、、、逆の状況なのかな?」
「驚きました。まぁほぼその通りです。彼氏は15コ年上で連絡があまり届かなくなってしまって。」
「そうか、辛かったね。その年の差では友人に打ち明けるのも簡単ではないだろうしね。」
まさか同じような境遇の人に会えるなんて、このマスター何者なの。
「ただの、バーのマスターですよ。」
今日も土竜達の夜は
地下の穴の中で出会った
素敵な出会いが
更けさせていったのであった。
そうして今夜も老けていく土竜達の夜
土竜達はどんな話をしたのだろうか
それは土竜達だけの秘密である
元より土竜の道は一本道、出会えるのは
2人だけ
しかし、穴を掘るのは2人の土竜で
無くともいいのだ
〓お悩み、ご相談はマスターまで
お悩み届けば貴方の隣のお席はマスターが、、
バー土竜 穴が開くのは求める土竜が揃う時