Ⅵ
『機械達のデータベース、か。確かにあるかもしれない。
僕はデータを引き出す準備をしとくから、オーリは機械を連れてきて』
ニコルと別れて数十分が経ったが、機械は見つからなかった。
向こうが俺のことを探していると思っていたが、そうではないらしい。
それとも、深夜には行動してないのだろうか。
(住民役も居ないしな)
街自体は明るいのに、誰も居ないという状態にちょっとした不気味さを感じる。
機械化する前は夜が更けても賑やかだったのだろうか。無我夢中で機械を作っていたのだろうか。
……何を思って、機械を作っていたのだろうか。
(考えても仕方ないか)
この国はもう死んだ。なら、その後始末をするだけだ。
『君が例の入国者か』
「……誰だ」
『そう警戒しなくていい。君に危害を加えるつもりはない』
いつの間にか、背後に機械が立っていた。他に見たのとは違い武装はしていない。
街に居たタイプなのだろうか、見た目は人間そのものだ。しかし、こちらのことをしっかり見ている。
街の奴らとはまた別の種類なのか?
『ふむ、あの女かと思ったが違うようだ』
「あの女? 赤髪で右目に切り傷のある女か?」
『おや、知り合いかい』
「ああ、そいつがこの国に入ったって聞いてな」
ジャックの情報通り、シノはこの国に来ていた。
しかし、彼女は何故この国へ来たのか。一体何をしたのだろうか。
彼女のことも気になるが、まずはこの国のことだ。
「お前は住民をベースにした機械なのか?」
『そうとも言えるし、違うとも言える』
「どうして俺が見える? 街の機械は人間を認識出来ないんじゃないのか」
『さぁ、どうしてだろうね』
「……お前は、機械なのか?」
『機械と呼ぶには中途半端だがね』
そう語る機械は、あまりにも淡々としている。
機械と呼べず、また人間でもない何か。そして、自分の思考を持っているかのような反応。
こいつは一体なんなんだ? あまりにも異質すぎる。
『そちらの質問は済んだかい? なら、こちらの質問にも答えて欲しい。君は何故この国に関わろうとする?』
「それは、どういう意味だ?」
『人が機械と化した国も、それがどうなろうと君に危害は無いだろう。だと言うのに、どうして君は首を突っ込む?』
「……」
『わざわざ危険に身を晒す必要などないはずだ。それでも君は奔走している。何故だ?』
確かに機械達、いや、この国の人間からすれば、俺の行動は不可解なんだろうな。
チップを作り、不可視なものを恐れた人達だ。ごく普通の感情すら見落としているのだろう。
ならば、人間の合理的でも効率的でも無い、だけど大事な気持ちを言ってやろうじゃないか。
「それはな、ある願いを叶えるためだ」
『願い?』
「ある少年が、機械の夢を覚ましてくれと望んだ。友達も知り合いも機械化してる
だろうに、それでも終わらせてと言ったんだ。俺は、その望みを叶えてやりたい
と思ってる」
『……なるほど。つまり、少年のためということか』
「そうだ。人が他人を助けるなんて当たり前だろ」
『……当たり前、か』
機械はしばらく腕組みをしていたが、腑に落ちたのかそっと腕をおろした。
『この身体だと理解は出来ないが、君の思考は保存出来た。礼ではないがあれを持ってくといい』
「……機械か? 所々汚れるみたいだが」
『近いうちに処分される予定だった娘だ。君は機械が必要なのだろう?』
「何故それを……」
『さぁ、どうしてだろうね』
こいつの事を信用していいか分からないが、ニコルに見てもらわなければ罠かすら分からない。
それに、どの道これ以外に手がかりは無いんだ。ならば、素直に受け取った方がいいだろう。
『ニコルを頼むよ』
「お前、名前は?」
『人間の名はもう無いが、そうだな……マキナ、とでも言っておこう』
「……お前は、どうしてニコルの事を知ってるのに放ったんだ」
『さぁ、どうしてだろうね』
その言葉を最後に、機械は路地裏の闇へと消えていった。