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汝、眼前の純白を愛せよ  作者: 狼子 由
第四章 She's Not Afraid
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6 罠に落ちる

「セット、全詠唱破棄カット――【氷柱の剣舞(アイシクル・ダンス)】!」


 窓に向け、早速斎藤さんが魔術を放つ。切り込んできた兵士と剣を合わせていたアルセイスが慌てて一歩下がると、ぎりぎりのタイミングでその肩を掠めて、透明な刃が前方の兵士へと向かっていった。胸の中央を貫かれて倒れる兵士を見届けてから、怒りの表情でアルが振り返る。


「――このっ……おい、淫魔!」

「あっはっは、多分避けると思ってました。ええ、これは信頼ですとも」

「いや、あんた今、めっちゃアルの背中狙っただろ」


 オレのツッコミを受けて斎藤さんは「てへ」と舌を出したけれど、笑い事じゃない。


「くそっ……お前、後で覚えてろよ! レイヤ、援護しろ! ヘルガにも手伝ってもらえ」

「えっ、お、おう……【我、虚無を抉る透徹の剣】――」

「お前――本気出せよな!」


 自信がなくて、初級魔術の詠唱から初めたオレに、アルセイスが割と本気の怒りの声を飛ばしてきた。が、それ以上何をする余裕もなく、再び窓から侵入してきた人族にアルセイスは向き直った。

 詠唱を続けるオレと、オレにしがみついて震えながら小声で詠唱を始めたヘルガの横に、斎藤さんが静かに足を運んでくる。


「さて……窓はあのエルフに任せておいて、我々はこちらですね――セット、全詠唱破棄カット――【氷柱の剣舞(アイシクル・ダンス)】!」


 再び空中に浮かんだ透明な剣の群れが、今度は扉に向かって突き刺さる。

 タイミング良く(悪く?)開きかけた扉の隙間から、押し殺された悲鳴が聞こえてきた。


「あっちからも来てんのか!?」

「――【力場の固定(マイト・グラウンド)】!」


 ヘルガの呪文が完成し、扉付近で発動した。

 隙間から覗ける程度にしか分からないが、扉の向こうでは兵士達が這い蹲っているらしい。

 斎藤さんがにまりと名実ともに悪魔的な微笑を浮かべる。


「おや、ありがたい。それでは――セット、全詠唱破棄カット――【氷柱の剣舞(アイシクル・ダンス)】」

「――ぎゃああああっ!?」


 扉の向こう、廊下の天井付近に生まれた幾本もの剣が、【力場の固定(マイト・グラウンド)】に固定された兵士たちの頭上から降り注ぐ。肉を貫く鈍い音と風圧、耳障りな悲鳴と共に、軋んだ音を立てながらゆっくりと扉が開いた。

 扉の向こうには、手に手に銃を抱えたまま、上から串刺しになって痙攣する兵士たちの姿。

 脳がその凄惨さを理解するより早く、込み上げてきた胃液の味が口の中に広がった。


「いやあ、動かないまとは当てやすくて助かります」

「……人でなし。私の魔術をこんな風に使わないで」

「向こうは剣を抜いていると言うのに、甘いことを言いますねぇ」

「それにしたって、動けなくなったところを狙い撃ちだなんて――」


 ヘルガの虹色の羽も声も震えている。

 死にきれずにもがく人族達を乗り越えて、開け放された扉を越えようと剣を構えた兵士がこちらへ突進してくる。その姿に向けて、斎藤さんは再び左手を掲げた。

 空いた右手でメガネを持ち上げながら、余裕の笑みを浮かべている。


「どれだけ来ようが無駄ですよ、私がこちらにいる限り、魔王さまに敗北の文字は――」


 ――ない、という言葉は、聞こえなかった。

 その代わりに耳元を擽るのは、上方向への風の音――オレ、落ちてる!

 何で!? ヘルガが腰に捉まってたはずなのに、何でいきなり――


「うわわわわわああああっ!?」

「レイヤっ!?」

「魔王さまっ!」


 上から聞こえた2人の声もあっという間に遠ざかってく。

 藻掻いてみるが、靴先すら引っかからない。見上げればどこまでも暗い穴が続いていて、物理的な穴じゃないっていうのはすぐに分かった。


 だけど、どこまで落ちてくんだこれ。

 胃が引き絞られるような浮遊感に耐えて呪文を唱えようとした瞬間に、聞き慣れた声が聞こえてきた。


「セット、全詠唱破棄カット――【力場の固定(マイト・グラウンド)】!」


 透明なネットに包まれるように、落下が止まった。

 空中に変わりははないが、落ちているのではなく浮かんでいる。

 唐突な落下と停止で頭がぐらぐらするけれど、振り切るように首を振って周りを見渡した。


 既に、落ちてきた穴の入り口は見えない。

 辺り一面の真っ暗闇の向こう、ぽつんと佇む人影が一つ。


「……【力場の固定(マイト・グラウンド)】を上に向けて放つと浮かぶことが出来るのよね。フェアリー族がこの魔術を得意とするのは、彼らの国ティルナノーグが川辺にあるから。まあ、逆に浮遊を得意とするから、川辺に住めるのかもしれないね。この辺は、卵が先か鶏が先か……ね、おにいはどっちだと思う?」

「――莉亜りあ!」


 その名を呼ぶと、莉亜はくすぐったそうに微笑んだ。


「あは、もう知ってるんだろうから、本当の名前を(スィリアって)呼んでも良いんだよ」


 その言葉で、やっぱり莉亜は何もかも知ってるんだって、分かってしまった。

 こいつが勇者でオレが魔王――知っててオレを陥れた。

 なら、オレ達は今回も敵同士なのだろうか。

 ……そうなのかも知れない、だけど。


「オレのこと、『お兄』って先に呼んだのはお前だぞ、莉亜!」


 言われて初めて気付いたらしい。莉亜は一瞬目を丸くしたが、少し思い出すように目を伏せてから再び苦笑した。


「……まあ、そうね。前世が敵味方だったって、兄妹だもんね。うん、あたしもちゃんとそう思ってるよ」

「お前――何がしたいんだ、本当に! 上じゃアル達と人族がぶつかってる! 人族は殺す気で来てるし、アルも斎藤さんも手加減する気なんて毛頭ないんだぞ」

「なら良いじゃない。お互いにる気なら行き違いもないでしょ」


 莉亜が軽く手を振ると、突然身体に重力が戻ってきた。

 宙に浮かんでたときの状況のまま、ケツから落っこちたオレは背面を思い切り地面にぶつけて呻く。

 足先からきれいに着地した莉亜はにこりと笑って手招きした。


「お兄をあそこに巻き込んで死なせる訳にはいかないからね。お兄の真下の空間を【転移(ゲート・オン)】でここに繋げたの。シトーにバレないようにするの、難しかったんだから」

「……何で」

「死なせる訳にはいかないからって言ってるでしょ。一応、兄妹なんだし」


 ――嘘だ、と思った。

 これまでに溜め込んだ違和感と反感が、即座にその答えを出した。

 だけど――そんなこと言える訳がない……


「ほら、いつまでも床に転がってないでこっちおいで。心配しなくてもお兄がこっちに来たからにはあの人族達もすぐ引き上げさせるし、レスティやクリューも死なせたりしないよ。まさか、あの程度の奴らに負ける訳ないんだし」


 オレは黙って腰を上げ、立ち上がった。

 見回せば、だだっ広い広間のような場所だ。大理石のようなつやつやした白い石の床から、古代ギリシャの神殿みたいなぐねった形の柱が突き出ている。道理でケツが痛かった訳だ。

 莉亜はその中央に置かれた長椅子に腰掛けている。手招きするその先に、向かい合わせに置かれた別の長椅子がある。そこに座れ、ということなのだろう。

 言われた通り莉亜の傍に歩み寄ったけど、気を許すつもりには到底なれない。椅子には触れないまま、その場で腕を組んで莉亜の姿を見下ろした。


「座らないの?」

「油断できん」

「ずいぶん警戒されてるなぁ。前世で敵味方だって言ってもさ」

「そうじゃない、お前が本当のことを言わないからだ」


 オレを騙して斎藤さんのところへ向かわせたのも。

 この世界と行き来が出来ることを隠していたのも。

 それに――オレが魔王の生まれ変わりだってのを、知ってて黙っていたのも。

 莉亜は首を傾げて見せる。


「どうもお兄はまだ、記憶がちゃんと戻ってないみたいだね。戻ってたら、そんな反応しないもの」

「何だよ」

「あたしが本当のこと言う訳なんてないってこと。だって、勇者スィリアは魔王を裏切ったんだから」


 カツン、と背後で靴音がした。

 振り返ると、広間の向こうの扉を押して入ってくる男の姿がある。


「親愛なる我があるじ、あんた、それじゃ信じて欲しいんだか欲しくないんだか分かんねぇよ」


 苦笑しているのは、ついさっき市で見かけた姿。


「鳥魔ジーズ……」

「よ、お兄ちゃん。ちょっとばかし状況が込み入ってるからさ、おれも混ぜてくれよ」


 アルセイスにトーマスと呼ばれていたその男は、楽しそうに黒い瞳を輝かせた。

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