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汝、眼前の純白を愛せよ  作者: 狼子 由
第一章 Ready To Run
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7 初めての素材合成(物理)

注意)今話に書いてあるようなぱんつの作り方をすると、ヒドいものが出来上がります。

「おー! 疲れたー!」


 買ってきたものを机に放り出し、借りた部屋のベッドにダイブした。斎藤さんから貰った重たい財布のおかげで、宿の中でも一番上等な部屋だ。

 と言っても、家具はベッドと小さな木製の机があるくらい。窓辺のカーテンが分厚かったり、壁にどうも価値の良く分からない絵がかかっていたり、机の上に花が飾ってあるのが、高級な証なのだろうか。

 ……いや、それだけじゃない。ベッドがふかふかだ。すごい。本当の自分は変な装置の中にいるとは思えないふかふかさ。

 幸せな気持ちでマットに顔を埋めていると、斎藤さんの声が響いた。


『あの……まだ始めてから1時間も経ってないんですけど……』

「や、そうは言ってもさ」

『うーん、まあ、慣れない装置刺激に疲れるのはよく分かります。今日はあなたの固有スキル:下着製作ランジェリメーカについて一通りお見せして、それで終わりにしますから』

「へーい……」


 これはアルバイトだから、言われたことはやらねばならない。面倒くさいと感じつつも、頭を動かして――ふと考えを改めた。オレは遊び半分だが、斎藤さんの方は100%仕事でやってるのだ。金を出して雇った人間が、1時間も経ってないのにもうダレているっていうのも失礼な話だろう。

 今の言い方からすると多分、予定のノルマがあるはずのところを、こちらの疲労を見て軽くしてくれたんじゃないだろうか。ありがたいことだ。

 あんまりアルバイトとかしたことがなかったけど、最初の雇い主がこんな優しい人で良かったのかも知れない。

 よし、と気合を入れ直し、ベッドから起き上がる。


「……うん。素材も揃ったし、レベルアップでやる気も出た。始めよう」

『ええ、その意気です。よろしくお願いします』


 小物屋で買ったものを机の上にあける。30cm四方くらいの布切れが3枚。糸、針、ハサミが1つになった裁縫セット。

 偶然と言うか、無意識に色合わせを見ていたと言うべきか、布は真っ白なものと、白地に小さな赤いバラ柄、あとは淡いクリーム色の木綿のような布だった。

 裁縫セットの中の糸も、白と黒が1巻ずつ入っている。それにしても、まさかここまでリアルで選択幅が広いとは思わなかった。この感じだと、合成後の完成品も、色んな柄と糸の組み合わせが出来るんじゃないだろうか。


「よし、じゃあここからついに、固有スキル:下着製作ランジェリメーカを使うんだな」

『そうそう。ほら、まずは針に糸を通してくださいね』

「おう……リアルだなぁ」


 白い糸の方を手に取り、縫い針の頭の穴に一生懸命、糸先を通す。片目を近付けて見ていると大きく見える針の穴だが、糸の先がほつれて穴の端にぶつかってしまい、なかなか入らない。ふと小学生の頃を思い出して、指先で糸をねじってよりあわせ、3回目で何とか成功した。


「……やった!」

『お見事です』

「おおー! やったあ! できた!」


 針に糸を通しただけじゃないかと思うだろう。

 いや、実際そうなんだけど、ここまでの苦労とこれから合成するのだと思うと、達成感とワクワク感がすごいのだ。


『あ、糸の端っこ結んどいてくださいね』

「おう」


 針穴で折り返した2本の糸の端っこを持ち、一本により合わせた後、いっしょくたに結び目を作った。

 そう言えば、小学校の家庭科でこういうことやってたなぁ。縫い終わりを留める玉ドメってヤツが出来なくて、隣のサヤちゃんに全部やって貰ってたっけ。


『そうしたら、針は置いておいて、次は布の準備をしましょう。ハサミを使って、布を女性用のパンツの形に切ってください』

「おう……ん? 女性用ぱんつのかたち?」

『はい。パンツ作るんですから、布もその形にしないと』


 なるほど。家庭科の時にやったとおりだ。非常にリアルである。

 しかし。しかし、だ。


「……女性用ぱんつってどんな形なんだよ」

『さあ? 私も男ですし、どちらかと言うと包装より中身に興味があるもので、そんなにしげしげと見たことはないのですが』

「いや、待って。その前に――そもそもこれ、どこまでやるの? どんだけ準備すれば合成出来るの?」


 不安感に苛まれるオレに、リメイク版ランジェリの世界は厳しかった。


『どんだけって……縫って完成させるところまで、自分でやるに決まってるじゃないですか。他にどうやって、この世界にない下着ものを存在させることが出来ると思うんですか?』


 合成スキルってつまり……手縫いかよ!


『つまり、固有スキル:下着製作ランジェリメーカっていうのは、この世界に下着という新しい概念を存在させ、拡散するためのスキルなんですよね』


 斎藤さんの言葉を聞きながらしばし呆然としていたが、脱力していても始まらないことに気付いたオレは布を取り、無心でハサミを動かした。

 自分の穿く下着の形は分かるが、女性用ってどんな形だっただろう。薄れかけてる記憶を必死で手繰り寄せる。


 いや、オレだって家事の手伝いくらいはするよ。母さんが忙しいときには、洗濯物を干したり取り込んだり畳んだりすることもある。

 でも、妹が小学生になった時「あたしの下着に触らないで!」と半ギレされ喧嘩になったのをきっかけに、両親+オレ+妹で家族会議が開催された。結果、今後オレと父さんは、母さんと妹の下着には一切触らない、という結論になったのだった。

 よって、オレの記憶にある女性用の下着は5年……どころじゃないな、7年以上前のか。


 ……恋人とかがいれば、また違ったのかも知れないんだけどさ。

 望むべくもない望みに、ちょっと遠い目なんかをしながら、とにかくハサミを動かした。


『だから、『下着』という存在を世界に定着させるために、まずはあなたが自分で『下着』を作らなきゃいけないんです。なにせ、ランジェリの世界にはないんですから、その存在が』


 集中して手を動かしていると、説明は耳から耳へと抜けていく。オレの頭の中は、記憶も不確かな女性用の下着の形を思い出すことでいっぱいだ。

 ……確か、あれだ。上辺の長い台形みたいな形だったはずだ。

 ついでに、小学校の頃の家庭科の授業を思い出した。あの時作ってたのは「フェルトの小物入れ」だったが、袋物、ということでとりあえず方向性は同じなはずだ。

 ぱんつの形だ。前ぱんつと後ろぱんつで2枚同じ形を作って、貼り合わせるのだ。


 切り終えたときには、真っ白な布とバラ柄の布が全く同じ台形になっていた。重ねて見るとぴったり同じだったので、少しだけ自分を褒めてやりたくなった。前後も左右もほぼ同じ……綺麗に切れてるじゃないか!

 何だか大きすぎるような気もしたが、大は小を兼ねる、という言葉を思い出して自分を納得させる。


『……あ、切れました?』

「おう。これを縫えば良いんだな」

『はい。……へー、切ってみるだけで、何だかそれらしい形になるもんですねぇ』


 斎藤さんからも褒められたので、余計良い気持ちになった。

 早速針を取り、右側の脇を縫っていく。……こういうの、確かなみ縫いって言うんだっけ。


『あ、指先気を付けてくださ――』

「――痛ぇ!」

『……早速ですか……』


 布の後ろから飛び出た針の先が、人差し指に刺さった。結構、勢い良く刺さった。抜いた後から、赤い血の玉がぷくりと指先に膨らむ。

 斎藤さんがため息をついた。何やらパラパラと手元で紙をめくっているような音が聞こえてくる。


『えっと、どれだったか……あ、これか。【創生の光、この手に宿れ――治療ヒール】!』


 斎藤さんの詠唱とともに、人差し指が光る。

 一瞬目を背けた後、光が消えた時には傷も血液も消えていた。


「……おお! 今のは!」

『はい。旧版と同じ【治療ヒール】の呪文ですね。データを弄っても良いんですけど、この世界ゲームのシステムに則って直す方が早いので』

「うん、何かちょっと感動した。ありがとう」


 知ってる魔術を目の前で見れたことで、テンションも回復した。なみ縫いを続ける。

 途中、玉ドメが出来ないことに気付いて絶望しかけたが、斎藤さんの『1回糸を切って、普通に玉結びすれば良いんじゃないでしょうか』の言葉に元気を取り戻した。

 気が付いたら、右足が出るはずの足回りの口まで縫い閉じそうになっていたが、縫ってしまったところをハサミで切り落として事なきを得た。折角、ほぼ左右対称だったのだけど仕方ない。背に腹は変えられない。

 右脇、左脇、そして下側と3箇所を直線で縫えば完成だ。


「……できた?」


 チクチク布と指先を針で突くこと1時間強、最後の難関である糸の端をきっちり結ぶことに成功し、ようやく出来上がった初ぱんつは、前がバラ柄、後ろが真っ白の可愛らしいものだった。


『なかなか良いんじゃないですか?』


 斎藤さんからも肯定的な意見が返ってくる。

 気を良くして、前から後ろからためつすがめつして眺めてみた。

 布の脇がほつれかけてるのは、これはもう仕方ない。引っ張って見ても千切れはしないから、まあアリだろう。なみ縫いの縫い目が荒過ぎて左脇のところに穴が空いたようになってるのも……うん、留まってはいるからありってことにしよう。股のとこの布はさすがに、隙間から中が覗けたりしたら大変アブナイ、ってことくらいは分かってる。1回縫って、どうも気に入らないから、もう1回上から縫い直した。おかげでガタガタのジグザグにはなったが、引っ張っても隙間は出来ない。こういうのを、機能性に合わせた工夫と呼んでも良いのかもしれない。

 ……うん。何となく、記憶にあるぱんつの形とは違うような気もしなくはないが、これはこれでぱんつらしいと言えるだろう。多分ぱんつ――いや、間違いなくぱんつだ。


『改めましておめでとうございます! ついにランジェリの世界に初めてのぱんつが生まれました!』

「おお……ありがとう! ありがとう!」


 完成した興奮のままに、無駄に2人拍手を鳴らす。この場に斎藤さんの姿があれば、ハイタッチしているところだ。

 縫ったぱんつを足に通すことを考えて前布と後ろ布の間を広げてみた時、ふと気付いた。


「……あ、でもさ。これ、穿くと横のところにびろびろ縫い目が見えるの、イマイチだなぁ」

『あー……なるほど。そういう時は、ひっくり返して縫い目を内側にすると良いって聞きましたけど』

「ひっくり返す……なるほど!」


 言われたとおりにひっくり返してみる。

 後ろの布は元から真っ白なので問題なし。前布の赤いバラ柄は、裏返したことで色が薄くなり、ピンクの小バラになった。……まあ、こういう色だと思えば問題ないか。


『ああ、素晴らしいですねぇ。ぱんつらしくなりました』


 途端に、きゅらきゅらきゅららー♪とちゃらっちゃっちゃー♪のファンファーレが重なり合って鳴り響いた。


『――クエスト02。完了しました』

『クエストクリア報酬、経験値30、金貨2枚を付与しました』

『クエスト04。最初の下着複製、開始しました』

『おー、クエストクリア、レベルアップ、おめでとうございます!』


 斎藤さんの言葉に頷きながら、ふと頭をひねる。

 クエスト02がクリアされたのは良いんだけど……最後、何か、妙なアナウンスがあったような?

 『最初の下着複製』って……何だ?

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