4 【いつか】の崩壊
誰よりも信じていた友がいた。
距離を越え、種族の垣根を越え、共に歩めると信じていた。
誰よりも愛していた、恋人がいた。
時を越え、文化の差を越えて、共にあることを愛していた。
そして、誰よりも――当てにしていた部下が、いた。
黒衣を纏って傍へ侍る男。
真夜中の闇に潜む者。
捧げると、言った。
その心を、愛を、命を。
だからこそ、私もまた彼らに応えたのだ。
永久を生きる魔王の、その力の源を。
他に誰も知らぬ、その在りかを。
ならば、その力が止まる時は、いずれかが裏切った時であろう。
そして、いずれが裏切ったとしても、残る二人はきっと私と手を携え、裏切り者を誅すであろう。
私を中心に、固く結ばれた正三角形。
どの一点も欠かせず求められる関係。
だから――これは、違う。
止まる訳はない。ないのだ。
神の与えし宝玉。
魔の王にのみ下されし大いなる時の欠片。
神の羽根。
その羽根の、真っ二つに折れた音が響いた。
私に流れ込む永久を支える力が、軋んで動かなくなっていく。
パラパラと零れ落ちた留め具が散らばる。
そして今――崩壊を告げる、甲高い金属音が――
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目が覚めた。
頭の中でぐわんぐわん響いてたような気がする。
起き上がって周りを見回したけれど、とりあえず音の出るようなものはなかった。
どちらかと言うと、誰もいなくて静か過ぎるくらい。
えらく狭い石壁の部屋だ。じめじめするし妙に暗い。よく見たら、灯りとりの窓が上の方に小さくついてるだけで、風がほとんど通ってこない。
気温はそこそこあるから寒くはないけれど。
壁の隅に一つだけ、小さな木の扉があったが、予想通り鍵がかかっていて開きはしなかった。
「……捕まった、のか」
思い出せば、追っかけてきた(偽)正規兵に変な光線銃で撃たれたんだった。
撃たれたにしては、どこもケガもしていない。身体を確かめながら思い出してみるけれど、当たった瞬間に突然くらりときた。
意識とか、脳波に作用する何かなのだろうか。
そんな変なもの、ゲームの中――つまり千年前にはなかったと思う。
千年の間にできたのか、それとも。
どちらにせよ、アルセイスに直接は当たってなかったはずだ。
ここにアルがいないということは、一人で逃げてくれたのか。もしかしたら、別の場所に捕まってるのかもしれないけど……。
アルだったらどっちもありそうだ、と思う。
絶対こっちだ、って言えるほどにはまだ、あいつのことよく分からない。
まあ、だけど……『逃げた』が7で、『捕まってる』が3くらいかな、とは思う。
どっちかと言うと、逃げてくれてそうな気がしてる。
何てっか、あの人、現実的なタイプなんだよ。殉死とかあんま選びそうにない。
希望的観測込みでそんなことを想像しつつ、オレも逃げる方法を探すことにした。
この部屋にあるものは、床に転がってる薄っぺらくて汚い布。
あと何かあんまり近づきたくない汚い桶。
扉。窓。終了!
何だこれ、どうしろっていうんだよ。
脱出ゲームだったら詰んでるわ。
あれか? 布を裂いて繋いで縄にするとかか?
そんな強度あるように見えないんだけど。
まあ……そもそも、脱出ゲームじゃないからな、これ。
幸いにして、オレには魔術が使えるのだ。
転移魔術でばびゅんっと……は、魔族にしか使えないんで却下。
空を飛ぶ魔術はフェアリーにしか使えないんでこれも却下。
誰でも使えるものだと、飛ぶ――まではいかない、微妙に浮かぶっていう魔術がある。
あれだ、毒の沼を避けたり、湖の上を島まで渡ったりするのに使うヤツ。
しかし、ちょっと浮かんだくらいで、あの窓、手が届くかなぁ。だいぶ高いとこにあるんだけど。
ため息をついたところで、丁度良く扉が開いた。
扉の向こうから姿を現したのは、例の偽正規兵の鎧を着た男だった。
「……ちっ起きてんじゃねぇか。来い」
無造作に近づいてきて、ぐっと服の襟元を掴まれた。
「うあっ!?」
「てめぇの連れてたエルフのせいで、大損害だ! こんなクソガキ1人じゃ補填にもなりゃしねぇが、おい」
「な、何だよ……!」
「てめぇがもしも、人族に擬態したエルフなら、多少はマシだ」
「擬態?」
聞いてる間にも、襟を引きずられるように小部屋を連れ出され、暗い廊下を無理やり進まされる。
「なっ……お前ら、やっぱりアルセイスの言う通り、エルフ狩りなんてしてたのかよ!」
「てめぇあの状況で仲間の言うことも信じてなかったのか?」
「や、信じてなかったワケじゃ……ない、けど……」
圧倒されてた、っていうのはあるかも知れない。
本当かどうか納得しない内に、何もかんも進んでっちゃう。
オレはまだ、何も選んでないのに。
自分で選んだことと言ったら、ぱんつ作ることと、アルを守ることだけだ。
「ま、もしてめぇが擬態人族なんだとしたら、先に言っとくがひでぇ目にあうぞ。てめぇの仲間はおれらの仲間を3人も殺しやがった」
「3人……」
倒れる前に俺が覚えてるよりも1人多い。
それに、オレがひどい目にあうのだとしたらそれは、アルがここにいないからだ。
脅されてるのにほっとしたオレを見て、兵士は自分の発言のまずさに気付いたらしい。
それ以上は何も言わず、ただ目的地までオレを引いていった。
辿り着いた少し開けた場所には、他にも兵士が待っていた。
どうもここは、砦の中らしい。壁はずっと石造りで、あちこちに武器が積んである。
もしかして、数日前に避けた関所なのか。
いや、そんなに長いこと気を失ってたら、さすがに身体ももっとくたびれてるだろう。
だから、多分、アルと別れた場所からそんなに離れてないんだと思う。
「お、連れてきたか」
「おまえはどっちに賭けるよ」
「そりゃ、エルフの方だろ。そっちのが楽しめる。あいつら、男でも女でも無駄に顔だけはおキレイだからな」
「おい、人族の方に賭ければ一人勝ちだぞ」
野卑で耳障りな笑い声が周囲で上がる。
こっちを見る目付きの危なさで、ようやくオレが何を期待されてるのか理解した。
いや、状況は理解したけど、感情的には理解したくない。
何だよ、ちょ、やめろよ! こっち見んな!
兵士達の真ん中に押し出され、泣きそうになりながら彼らを睨みつけた。
「お、オレをどうするつもりだよ、あんたら!?」
「まずはその擬装をひっぺがしてやる。エルフは魔術なんぞ使うからな。あとは、気が済むまで遊んだら、予定通りに売っ払ってやるよ」
「擬装をはがすってどうやって!?」
「こうやってだよ。人族の英知を思い知れ!」
壁際の兵士が手元に突き出ていたレバーを引いた。
がこん、という音とともに天井からシャワーのように液体が降ってくる。
「うわっ……!」
避けようとしたけれど、降ってる場所が広範囲過ぎて避け損ねた。
ばしばしと身体に当たるのは水――よりももっと粘度の高い何かだ。
「はははははっ! それはなぁ、人族が開発したエルフの魔術消しの道具さ。それに当たれば、魔術がかかってるものは皆きれいさっぱり掻き消えて……」
高いとこから降ってくるので、当たると微妙に痛い。
あと、ねっとりと肌に張り付く感じがするけど、思い切り手を振り切ると遠心力で落ちる。
だから、とりあえずはそれだけのことだった。
元から人間でしかないオレには、特に何が効くというワケでも――あっ!?
見た目上、何も変わらないオレを、兵士達は何だか失望した表情で眺めている。
え、エルフじゃなくて悪かったな! いや、オレとしては良かったんだけど!
いやいやいやいや、それよりも――これ、くらうとぱんつ溶けるんだけど、どういうこと!?
下穿の下に穿いてる手製のぱんつが、硫酸攻撃でも受けたように、足を伝って溶けていってる。
やっぱこのぱんつって、何か魔術が絡んでんだろうか……?
とりあえず、一個だけ言うなら。
ノーパンでむさい男たちに囲まれてる今の状況は、割と地獄に近い。




