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汝、眼前の純白を愛せよ  作者: 狼子 由
第一章 Ready To Run
5/198

5 そっくりさん

 旧版のランジェリで見たとおりだ。

 この世界にもしも入れたら、と願ってたものが、今目の前にある。


 最初のフィールドの草原でも感じたけれど、初めての町となればまた格別だ。

 やはり民家という建築物があって、人が歩いていて、畑や小物や牛や馬や……とにかく、想像していた通りのものが、想像以上のリアルさで触れられる距離にある。


「うわあ……すげぇ」


 手近にあった家の壁に触ってみると、ざらざらした感触やひんやりとしたレンガの温度がダイレクトに伝わってきた。


『完全触感はお気に召しましたか?』

「うん、テストプレイヤやって良かった……!」


 リメイク版は最新のゲーム機で発売されるものだと信じきっていたが、あんな大掛かりな装置を使うなら、オレの小遣いじゃ買えないかも知れない。

 もしもそうだとしたら、少しでも今こうして触れられるのは幸運なことだ。勝手に進めやがってと、少しばかり恨んでいた妹の評価も切り直さねば。

 壁を撫でながらそんなことを考えていると、突然、ぴこーん♪と耳元で電子音が鳴った。


「うわ!?」

『――クエスト01。最初の素材入手、開始しました』


 斎藤さんの声じゃない、合成音のような無感情な女性の声がクエストの開始を告げた。


『ああ、クエストが始まりましたね。小物屋がある町に入ったからでしょう』


 斎藤さんの言葉で理解した。そう言えば、旧版ランジェリのクエストシステムもこんな感じだっけ。小さな目的クエストを少しずつクリアして、それで経験値や報酬をゲットする。そうやって強くなっていくという。

 クエストが開示されるきっかけは、特定の知識を得たり、前提になるクエストをクリアしたり、キーとなるアイテムを入手したりとさまざまだ。


 そう言えば、さっきのメインメニューの中に『クエスト』の項目もあったような。人差し指を振り下ろし、メニューウィンドウの中から『クエスト』を選ぶと、今始まったばかりのクエストの詳細が表示されていた。


『まずは素材を入手しましょう。必要素材:端切れ2枚、ハサミ、針、糸』


 なるほど。どれも小物屋で扱っていそうなものばかり。多分、このクエストをクリアすると、今度は実際に素材合成のクエストが始まるんだろう……というところまで、予測がついた。


 クエストウィンドウに見入っている内に、ふと、手元が陰ったような気がして顔を上げる。

 その瞬間、向こうから民家の角を曲がってきた人影が、オレに向けて飛び込んできた。


「――うわっ!?」

「――っ!」


 どうやらこちらの姿を見ないまま突っ込んできたらしい。

 衝突しそうになったところを、向こうがギリギリで足を止めた。

 びっくりして覗き込んだ相手はエルフで――憧れのレスティとそっくりな顔立ちをしていた。虹彩の大きな青い瞳と、流れるような金髪。真っ白な肌に長い耳。目を見開いてこちらをにらみ付けている。

 その姿が、あまりにも想像していた通りだったから、思わず喉元まで名前が浮かぶ。


「レス――」


 レスティキ・ファ、と呼ぼうとして、さっきの斎藤さんの話を思い出した。

 この世界にレスティはいない。いないはずだ。

 ……だけど、こんなに似ているのだから、この人が話題になっていたレスティの子孫さんなんだろうか。


 森の木々と同じ緑色のローブの下は、黒いロングパンツとロングブーツ、細い剣を腰の後ろのベルトに差しただけの簡易的な服装だが――綺麗な人だ。剣を持っているということは剣士なんだろうか。このゲームでは、エルフは魔術に長けた種族なんだけど。

 こんな人とパーティ組んで、冒険に出られたら楽しいだろうな。テストプレイでは出来なくても……もし、商品版をすぐには小遣いで買えなかったとしても、でも大人になったらお金貯めて、いつか――!


『……ああ、マジですか。早速会っちゃうなんて……』


 斎藤さんがため息をつくのが聞こえてきた。

 折角会えたってのに、何でそんな「失敗した」みたいなことを言ってるんだろう。


 疑問を口にする間もなく、レスティそっくりのエルフが、身体をぶつけるような荒々しい動きで目前に迫ってきた。いや、さすがエルフ、見事な八頭身。オレよりも少しばかり身長が高そうだ――なんて思った途端、胸ぐらを掴み上げられ、足元が浮いた。この浮遊感……リアルだなぁ。

 下から斜めに見上げられる。


「――お前、見ない顔だな」


 抑えた声は低い。

 よくよく見下ろせば、襟首から覗いた喉元には喉仏が見えている。

 ……男じゃんか、このひと。


「よりによってこんな時に、見知らぬ純人族の冒険者か? アルフヘイムに何をしに来たんだ」

「……えっと」


 返答を求められているようだが、素直に「ぱんつ作りに来ました」とは言えない。さすがに。

 どう説明しようかと迷っている内に、相手はますます苛立ち始める。


「答えられないようなことか? まさか、ラインライアの回し者じゃ――」

「――ちょっと、アルセイス! 急いでるんだから、早く!」


 町の入り口の方から、甲高い声が上がった。

 はっとしたように、レスティのそっくりさん(男)がそちらに目を向ける。向こうにいるのもエルフだが、こちらは女性のようだ。小刻みに手を振ると、肩で切りそろえた金髪がぴょんぴょん跳ねる。

 レスティはどっちかと言うと美人系のエルフだけど、こういう可愛い系の子も良いなぁ。

 そんなこと考えてるオレの襟元が、突然解放された。


「……ちっ。命拾いしたな。用がないなら早々に立ち去れ。次に会った時はただでは済まさん」


 何だか分からない内に、次に会った場合の約束までされてしまっている。

 自由になった首を回すオレの前から、アルセイスと呼ばれたエルフは踵を返し、町の入り口で待つ仲間の元へと向かっていった。

 連れ立ってコリナの町を出て行く後ろ姿を見送ってから、ようやく息を吐く。


「……あの、斎藤さん。こういうのは先に言ってくださいよ……」

『いやあ、あんまり音瀬おとせさんがレスティレスティ言ってるもので、言いづらくて。ご覧の通り、レスティキ・ファの直系の子孫っていうのが今の彼――アルフヘイムの王子アルセイスなんですよね』

「……その、彼には、他に姉とか妹とかいたりは……?」

『そうだったら、音瀬さんのご希望にもそえたんだと思いますけどねぇ』


 逆説的に、「そんなものはいない」ということらしい。

 このテストプレイに対するやる気がぐんぐん下がっているのを感じつつ、ため息をついた。


「……で、今の人、アルセイスでしたっけ?」

『はい』

「こんな時に、とか、純人族、とか、ラインライアの回し者、とか言ってましたけど」

『コリナの町はハーフエルフが多いんですよ、昔からエルフとの交流が盛んでしたから。ただ、ここ百年くらい、人族最大の王国ラインライアとアルフヘイムの政治的な関係があまり良くなくて……』

「アルフヘイムを訪れる純粋な人族は少なくなってる――って設定ですか?」

『そういうことですね』

「……何でここに買い物に来たんだよ」

『さっきの草原から一番近かったんですよ。旧版でも、スタートの村の次はコリナの町だったでしょう? そもそも、別にエルフ全体が純人族に敵対してる訳でもないんですが、彼にも色々事情がありまして……。アレに会いさえしなければ大丈夫だと思ってたんですけれど、NPCは周辺地域をランダムに移動する設定になってるので、たまたま出くわしちゃいましたねぇ。ま、ちょうどコリナの町から出ていくところだったみたいですし、これ以上ぶつかることはないでしょう』


 軽く請け負われたが、今のやり取りもあって、微妙に信じきれない。

 だけど、ここで疑っててもどうしようもないのも事実だった。


『さて、気を取り直して小物屋に行ってみましょうか。店の人はフレンドリィですから大丈夫ですよ』

「お、おう……」


 素直に歩き出しはしたものの……ちょっとばかり足取りが重いのは、これはもうしょうがないだろう。

 だって、レスティキ・ファはオレの憧れだったのだ。


 何でリメイク版の代替キャラがこんななんだよ……。

 テストプレイが終わったら、そこのとこ猛烈に意見を出しておこうと思う。

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