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汝、眼前の純白を愛せよ  作者: 狼子 由
第二章 Change Your Ticket
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19 【かつて】、どこかで

 膝を突いた私の身体から、何もかも失われていく。

 身体を巡る熱い血潮が。膨れ上がる膨大な魔力が。私を私たらしめている全てが。


「なぜだ」


 問うた言葉に、答えはなかった。

 ただ、鼻を鳴らすような音がした。

 血溜まりに沈む身体を、闇に落ちる瞳を見開いて、必死に見上げる。


 暗い視界の中、輝く八対の瞳が、私を見下ろしている。

 人族、マーメイド、フェアリィ、エルフ、ドワーフ、サラマンダー、エンジェル……そして、魔族。

 なぜだ、ともう一度口にする前に、唇が動かなくなった。


 夜更け、眠りに落ちるように自然に。

 閉じていく瞼の向こうで、近付いてきた人族の男が、一際鮮やかに笑みを浮かべた。



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



「――っわ!?」


 声が出た。びっくりした。

 声が出たことにびっくりして、身体が動いたことに二度びっくりした。


 それから一拍置いて、身体が動いたことにびっくりした自分にびっくりした。動くのが当たり前なのに。


『はい、おかえりなさーい』

「おい、生きてるか!?」


 飛び起きた耳元で莉亜りあの声が聞こえる。

 重なるように、アルが隣から叫ぶ声も。

 何だか変な夢を見ていたような気がしたけれど、どうやらそんなに時間が経ってるワケじゃないらしい。アルの手がオレを掴んで揺さぶっている。


 オレ、何してたんだっけ。

 何か、横腹に鱗を食らって――


「……どういうことじゃ?」


 横から聞こえた声に、はっと顔を上げた。

 見れば、海魔レヴィが警戒をあらわにオレを睨んでいる。


「さきほど貴様は、わらわの目の前におったであろ? いつの間にそちらに移動したのじゃ?」

「……へ?」


 そう言えばオレは、レヴィの正面(・・)から突っ込んで腹を裂かれたはずだった。アルやルシアの位置からしても、オレの覚えてる直前までの立ち位置からずれてる。


「あれ?」

『大丈夫よ、おにい。あたしの魔術だから心配しないで』

莉亜りあ……」


 耳元の声に少しだけ安堵したのは多分、表面だけでもオレに優しくしてくれるひとが、もう他にいないからだ……。

 使われたのは、空間転移の魔術――【転移(ゲート・オン)】だろうか?

 こんな至近距離でも使える魔術だっけ……?


『さ、おにい、さっさとやっちゃうよ』

「やっちゃう?」

『あんなやつ倒しちゃう……のはちょっと難しいかもだけど、追い返すくらいは出来るでしょ』


 何言ってんだ、お前。中ボスだぞ?

 今までのやられっぷり見てれば分かるだろ。

 あの斎藤さんですら、歯が立たなかったんだぞ? オレなんか囮くらいにしかなれない。


 斎藤さんの名前をちらりと思い出した途端、少しばかり寂しい気持ちになった。何だかんだで世話になったのは確かだから、アレが彼の最期かと思うと、やっぱりちょっと……。

 とは言え、今は悼む気持ちよりも優先すべきものがあった。


「オレが囮になって、それでアルが助かるなら――おい、アル! あんた、今の間にどっか行け!」

「誰が! お前こそ――」

「――半死半生の状態のあなたは邪魔だって言ってるんですよ、レスティキ・ファ」

『わっ……しぶといんだから』


 ぞわり、と地面が揺れたように見えた。

 どこからともなく響いた声に、そびえ立つ蛇体が身体を震わせる。


「――なんじゃ、今のは」

「さあ、何でしょうね? あなたが下敷きにしているものですよ」


 弾かれるように足元を見たレヴィの尾の下から、黒い影が流れ出た。慌てて後ずさったオレ達の前で、影はうねりながら立ち上がる。

 噴水のように内側から波打つ黒い物体は、やがて見慣れた黒いスーツに変わった。

 地面の上に転がっていたメガネを拾い上げ、怠そうに耳に引っ掛ける。


「……斎藤さん」

「私の最大のウリは執念深いところですから。切られて踏まれて潰されて……それでも復活するのが私です。世界の果てまでお付き合いしますよ、レヴィ」

「いらぬわ……! 貴様のそーゆーところがどーしても性に合わぬ!」

『どーうかーん!』


 聞こえないと思って茶々を入れている莉亜は良いとして、海魔レヴィも割と本気で嫌がっている様子だ。

 ちょっとだけ傷ついた顔を見せた斎藤さんは、それでもすぐに笑顔に戻ってこちらを振り向いた。


「さあ、音瀬さん。お願いします」

「お願いって……」

「今、ご覧になってたでしょう? 私だけじゃ全くもって敵わないので」

「だからって、レイヤに何が出来るって言うんだ」


 オレを庇うように前に立つアルセイスを、斎藤さんは嫌な顔でチラ見する。


「だから、あなたは邪魔だって言いませんでしたっけ――セット、全詠唱破棄カット――」

「――やめろ!」


 魔術の気配に、慌ててアルセイスの身体を押しのけ、前に出る。


『そうそう、やれば出来るじゃない、お兄。こいつと共闘なんてとんでもないけど、今回ばかりは仕方ないわ』

「レイヤ! お前、何も出来ない癖に――」


 非難するアルの声は黙殺した。

 苛立った様子でこちらへ踏み込んで来ようとした足が、ぴたりと止まる。

 オレとの間を遮るように、幾筋もの水柱が真上から地面へ降り注ぐ。


「――【水竜の法衣(ウォーター・カーテン)】!」


 詠唱破棄で斎藤さんの放った『属性:川』系統の魔術は、焔を避ける為によく使われる。こうして、その滝のような水量によって、誰かの動きを止めることにも使えるけど。


「――くそっ!?」

『ごめんね、レスティ。あなたの肩持ちたいけど、ちょっと今回は黙ってた方が良さそう。お兄には、自分に何が出来るか分かってもらわないとね』


 滝の隙間から、アルセイスがオレを睨み付けている。


「レイヤ! お前な――」

『さ、お兄。それを拾って』

「それ?」

『足元の、だよ』


 言われて下を見れば、さっきアルが落とした聖槍リガルレイアがそこにあった。

 オレの視線を追いかけて、アルが叫ぶ。


「バカ! お前がそれを拾ってどうする! お前には――」


 ――勇者じゃないオレには、使えるワケがない。

 神によってもたらされた聖武具。持ち主たる種族の他に使えるのは勇者だけだ。

 だけど、莉亜りあはそんなことお構いなしに、それを使えと言う。


『だいじょぶだいじょぶ、真の勇者であるこの莉亜ちゃんが付いてるからね。心配しないで。ね、お兄』


 優しい声に騙されそうになる一方で、そんなのは嘘だとオレのどこかが叫んだ。

 知っている。知っているんだ。

 でも。


「では、音瀬さん。参りましょうか」


 拾い上げたリガルレイアを小脇に抱えたオレに向け、斎藤さんが笑いかけてくる。

 上げた視線の向こうには、不機嫌な表情の海魔レヴィが立っていた。

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