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汝、眼前の純白を愛せよ  作者: 狼子 由
第一章 Ready To Run
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4 責任の所在

「その……そもそも何で、そんな変なクエストなんですか」

『旧版をプレイしてるからご存知でしょうけど……ランジェリの世界には下着って概念がないんですよね』


 言われて、旧版ランジェリの仲間達を思い出してみた。

 えっあいつら下着、着けてなかったっけ……? いやいや、どのキャラも装備を全部剥ぐと、同じような黒のタンクトップと膝丈のスパッツのようなものを穿いていたような。


『下に着ているもの、という意味では確かに存在してたんですけども、装備じゃないから着脱できないんですよ』

「ああ」

『リアルに存在する下着(・・)とは別ものじゃないですか』

「まあ……なるほど」

『VRらしいリアリティを追求したいので、リメイク版では追加したいんですがところだったんですけども……とは言え、こういうゲームに下着姿を実装して良いのか、という葛藤も制作側としてはありまして』

「……なるほど」


 丁度そのことに悩んでいたところだったので、すんなりと理解できた。

 つまり……こんなにリアルな世界で、目の前に下着姿の女がいるとして、オレが何を考えるかと言うと、何か変に性癖が捻じ曲がりそうな気がするようなしないような。


『その辺りを触感のリアリティとか境界線を含め、テストプレイヤで試してみたいな、というのが今回のテストの主目的です』

「オレで実験すんのかよ!」


 オレ()試すんじゃなく、オレ()試すらしい。

 さすがに声を荒げたが、斎藤さんは気にもかけていない様子だ。のほほんとした声で答えが返ってきた。


『いやほら、言っても音瀬おとせさんは高校生ですよね?』

「お、おう……」

『高校生と言えばもう大人も同然、自分の行動には自分で責任を取れる年ですよね?』


 ここで、「いや、何を仰るか。未成年が自分の行動に自分で責任を取れるワケがないでしょう」――という適切な答えを返せるならば、それは逆説的に大人も同然の思考が出来ている、と言えるだろう。

 つまり、そういう風に答えることは、オレには出来ないってこと。

 つまらない見栄と笑うなら笑え。オレ達はいつだって、自分は一人前だと主張したくて仕方ないのだ。


「……まあ、大人だけど」


 微妙に斜め上に視線を逸らしながら答えるオレの耳には、斎藤さんの笑いを含んだ声が聞こえる。


『ですよね。私はあなたにテストプレイヤとしての理性的な行動を期待してますよ』


 多分これが、ワケの分からないクエストを跳ね除ける最後のチャンスだったのだ。しかし、自分の言葉に縛られたオレに出来ることはただ、無言で頷き返すことだけだ。


『じゃあ、下着づくりの第一歩として、まずは素材を手に入れましょうか』

「素材……」


 ようやく話題が変わって、ほっと息をつく。

 素材の合成――旧版のランジェリでも、確かにそういう要素はあった。モンスターを倒すとドロップアイテムとして魔物の革や角、牙などの『素材』が手に入る。拾った『素材』を組み合わせて装備を作ったり、既にある装備に特有の効果やスキルを足したり出来るのだ。


「ん? じゃあ、これからモンスター狩り……?」

『いえ、作りたいものは下着ですからね。初歩的なものは町中で簡単に手に入る素材で作れますよ。色んな素材を使うような高性能なものは、それに成功してからで良いでしょう』

「そうなのか」

『ま、その辺はおいおいご説明します。テストプレイの間は基本的に私がサポートしますから、安心しててください』


 どうやら、この後も斎藤さんがナビゲートしてくれるらしい。

 オレは素直に頷いた。


『うーん、ここからだとどこが近いですかね……。ああ、アルフヘイムの手前の――コリナの町にある小物屋が良さそうですね』

「アルフヘイム……」


 アルフヘイムは、旧版のランジェリでももうお馴染みの場所――エルフ達の本拠地である森のことだ。


「あのさ、斎藤さん」

『はい?』

「旧版とリメイク版だとさ、ストーリィに違いってあるのかな? ほら、元は人族の勇者が、他の6つの種族の仲間と聖武具を揃えて、魔王を倒すまでの旅だった――ですよね?」

『そうですね』

「そこんとこ、リメイク版は」

『大筋は同じですが、多少はね、整える予定です。続編ではなくて、リメイクですから。スタート種族を選択出来るとか、そういう点で設定はかなり弄りますけど。まあ、どちらにせよテストプレイには――』

「――いや、テストプレイにストーリィはないっていうのは聞いた。じゃなくて、オレが知りたいのは……こう、街を歩いてて、例えば旧版で仲間になってくれた人と出会えたりとかするのかな、とか……」


 ほんの少し期待を込めながら聞いてみる。

 実際にこうしてフィールドに出ると、どうしても気になって仕方ないのだ。

 旧版プレイ時、誰よりも好きだったキャラ――レスティ。もしこんなリアルな世界でその人に――すれ違うだけでも出会えたとしたら……それも、こんなリアルな視点であいつの姿を見ることが出来たなら。

 仲間になってパーティを組むなんて、そこまでは期待しない。だけど、ただ姿を見るだけでも出来るとか、もしかしてちらっと会話するとか、必殺技を放つ瞬間なんて見れたりとか……そんな可能性がせめてあれば!

 そこはかとない胸の高鳴りを抑えながら答えを待つ。

 だが、向こうにはオレの期待などあっさり見抜かれていたらしい。


『レスティキ・ファですね』

「……お、おう……」

『リメイクと言えども、さすがに設定は色々弄ったので――リメイク版は旧版で魔王を倒した後、千年後の世界って設定になってるんですよ。だから、レスティキ・ファは出てきません。エルフは長命って設定ですけど、さすがに千年は生きていませんね』

「……そ、そうなんですか……」


 膝を突きたくなるがっかり感があったが、辛うじて耐える。

 横から斎藤さんが笑いながら付け加えた。


『とは言え、レスティキ・ファの子孫は今もアルフヘイムで暮らしているという設定になってますから……運が良ければ彼女にそっくりな子孫に出会えるんじゃないですかね』

「――マジで!?」

『マジですけど……いや、そんなに嬉しいものですか?』

「いやそりゃ当たり前でしょ! オレが『ラン・ジェ・リ』が好きだった最大の理由だぞ!?」


 喜びのあまり、今までぎりぎりに保ってた敬語がぶっ飛んだ。

 レスティ本人じゃなくてもそっくりさんに会える!

 ほんのりとした希望を得て、やる気がだだ上がりした。


「っし! じゃあ、行こうぜ斎藤さん! 旧版だとコリナの町って、アルフヘイムに近い分、エルフとの交流も盛んだったよな!」

『はあ……え? そんな今までで一番やる気のある反応……? いや、まあ、そうなんですけど……』


 何やら歯切れが悪い気もするが、積極性に満ち溢れた今のオレには、そんなことどうでも良い。


「な、早く行こう! テストプレイって言っても、今日だけで全部終わらせるものじゃないんだろ?」

『ええ、機能的にはトイレ休憩も食事休憩も全部装置の中で可能なので、入りっぱなしでも良いと思うんですけどね』

「え……マジ?」

『はい。でもまあ、バイトの面接に行ったはずの息子が帰ってこない、なんて連絡が会社うちに入っても困りますので。とりあえず、今日は数時間プレイして目的クエストについてだけ理解して、後は夏休みの間に分割して進めて頂ければ』

「なるほど」


 そう言えば、家族に特に連絡を入れた訳ではない。妹はオレが今日バイトの面接に来ていることは知ってるから、帰りが遅くなれば問い合わせくらいはするだろうけど。


『じゃあ、サクサク進めましょうか。まずはコリナの町まで転移魔術――は、あなたは使えないので』

「……おぅ……」

『私の方でちょっといじって、転移させますね』

「おう!」

『では失礼して――【虚空の門の守り手よ 鍵持つ獣の名を問い ここに扉を開け 転移(ゲート・オン)】』


 勢い良く答えた直後、目の前が光った。

 自分を囲む光が眩しすぎて、一瞬目を閉じる。

 目を開けるより先に、斎藤さんが笑う声が聞こえた。


『……着きましたよ。コリナの町の入り口です』


 牧歌的な風景が目に飛び込んでくる。

 煉瓦造りの小さな民家が立ち並び、辺りを家畜がうろついている。そんな小ぢんまりとした町を木製の柵がぐるりと囲んでいた。

 囲いが途切れたところに簡素な入り口があり――どうやら、ここが目的地のようだ。

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