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汝、眼前の純白を愛せよ  作者: 狼子 由
第二章 Change Your Ticket
31/198

9 原因追求

 夜が更けたらルシアのところに行く約束をしている。

 晩餐が終わり、食堂でアルセイスと向かい合ってお茶を飲みながら、抜け出すタイミングを見計らってそわそわしているのだが、今日に限ってアルセイスがなかなか「部屋に戻る」と言い出さない。

 さすがにしびれがきれてきた。多少不自然でもオレの方から言い出した方が良いのかもしれない。

 カップを机に戻す。コツリ、と底のぶつかる音が、静かな食堂に響いた。


「なあ、アル……そろそろ」

「――レイヤ」


 顔を上げたアルが、カップを握ったままのオレの手にそっと指先を乗せる。その体温にどきりとして、思わず引こうとした手を掴まれた。

 息を呑んだオレに向けて、はっきりとアルが宣言する。


「――新しいぱんつを穿いてみたんだが」

「っ……おう」

「状態を、お前に見てほしい」

「お、おう……いあ?」


 母音だけで返答するオレの答えを聞かぬまま、アルはオレの手を握って立ち上がった。引かれて立つオレの後ろで、椅子がけたたましい音を立てて倒れる。


「仕立て屋は普通、衣装合わせの結果を見て直しを入れるものだからな。それに……ぱんつというのはかつて封印された魔王の力を具現化したものなんだろう? どこか直すにしても、俺が手を加えるのは何だか……」


 コワイ、と呟いたような気がしたけれど、見間違いかもしれない。アルの腕前から言えば、ただ単に「ムリダ」と言っただけなのかも。

 問い返そうとした時には、既にアルセイスは早足で歩き始めていて、オレに出来るのはただその後ろをついて歩くことだけだった。



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



 確かに、作ったぱんつの出来を確かめるのは必要なのかもしれない。でも、それって別に目視する必要なくて、口頭で報告してもらえれば良いんじゃないか? いや、そもそもオレの作ったぱんつよりよっぽど出来の良いルシアのぱんつが手に入ったとこで――とかぐるぐる考えている内に、辿り着いたアルセイスの部屋に押し込まれた。

 扉を閉めると、すぐにアルは上衣チュニックの裾をたくし上げる。


「よし、脱ぐぞ」

「ストおップ!」


 自分の部屋に戻った途端、下穿ホーズを脱ごうとし始めたアルセイスを慌てて止める。


「何故止めた」

「目の前で脱ぐなよ!」

「? 他にどこで脱げと。廊下で脱げば良いのか?」

「違う! 待て! オレが廊下に出るから待って!」

「この下にあるのはお前がさっき作ったぱんつだぞ? 何を恥ずかしがってるんだ」

「何でってそりゃ……」


 ぱんつの中身が入ってるからだ、とは到底言えない。

 脱いでるところを見てると興奮するからだ、なんてのはもっと言えない。

 扉へ向かおうとしているアルセイスを慌てて止めて、入れ替わるように自分が廊下に出た。


「脱いだら呼んで!」


 言い残してから、叩きつけるように扉を絞める。ぱんつ単体で見てもぱんつだけど、ほら、あれはショートパンツみたいなものだから。中のことを想像しなければ、脱いでるところを見なければ、案外普通の気持ちで眺められるかもしれない。そういう服だって気持ちで見れば。どこにお直しが必要なのかとか、ビジネスライクに考えられるかも。


 閉めた扉に寄りかかって呼吸を落ち着けようと深呼吸する。

 何でアルセイスはぱんつを見せるのが恥ずかしくないんだろう。

 この世界全体が、勇者りあによって長い間、淫欲とやらが封印されてたせいだろうか。みんな同じアンダーウェアを着てたから見せるのが恥ずかしくない文化になっているのか。

 それとも、元が男だからか。男同士なら恥ずかしくないって言うアレで。

 どっちもありそうな気がしてどうにも判断がつかない。


 微妙に聞こえてくる衣擦きぬずれの音から気を逸らそうと、口の中で九九を唱えながら待つ。ぱたぱたと近付いてきた足音で、その時(・・・)が来たと知った。

 背中を離した途端に、扉が内向きに細く開く。間から覗いた手元にちょいちょいと手招きされて、どきどきしながら中に滑り込んだ。


「……どうだろう?」


 部屋の中でくるりと回って見せたアルが上衣チュニックの下に穿いているのは、水色のドット柄――オレの作った新ぱんつだ。思った通り、ショートパンツに似たシルエットは眺めていても下着らしい感じはあまりしなくていやらしさがない。白い太ももの滑らかさとかにうっかり目が向かなければ、何も困ることはない。意識してアルセイスの顔に視点を固定してから、頷いてみせた。


「見た感じは悪くないように思うけど……穿いてみた方としてはどうだ?」


 とっとっとその場で2、3度足踏みしたアルは、小首を傾げてこちらを見た。


「ずれない、落ちない、はみ出さない。穿き心地は前よりだいぶ良い」

「はみ……うん、ああ……えっとそれは――」

「――でも、問題があって」


 オレの言い訳にかぶせるように、押し殺した声が重なる。


「問題?」

「この……縫い目のところが」


 言いながら、下腹からまっすぐに下りた縫い目を撫で下ろす。

 いつの間にか、自分でも意識しないままにその細い指先を見つめていて、気が付くと自分の喉がごくりと鳴っていた。


「食い込むんだ。痛い」

「食い込むって何で……あ、それは、いや……な、なるほど」


 言われて色々と想像したアレコレを、「なるほど」の一言で頭から追っ払った。女性向けの下着の記憶はほとんどないが、幼い頃に見たはずの思い出や何かをムリヤリ引っ張り出してみると、こう……一番下になるとこには、縫い目はないようになってた気がする。そこが当たる――アルの言う食い込む(・・・・)という状態にならないように、だろう。


「とりあえず、前のよりはマシだが」

「あー……」

「それに、前のより何か……魔力が拡散してしまうような。待てよ……」


 唐突にしゃがみ込んだアルセイスが、オレに尻を向けてベッドの下を探り始める。ショートパンツと同じカタチとは言え、そういう姿勢を取られると太ももの更に上の方まで見えてしまうので、慌ててそのもぞもぞとしている動きから視線を外した。

 直後、空気を切る音とともに、喉元に刃が突きつけられる。


「――ひぇっ!?」

「見ろ、聖槍リガルレイアの力が……」


 アルの握った槍の穂先が、オレに向けられていた。このまま突き殺されそうな迫力を感じて一歩下がったけれど、本人はそんなつもりはなかったらしい。すぐに槍を引き寄せて手元を見下ろした。


「ど、どしたんだよ」

「前のぱんつの方が、リガルレイアの力が発揮できていたような気がする」

「えっ……?」

「前のぱんつは、リガルレイアを握っているだけで、腹の底から無限に湧き上がるような魔力を感じたんだ。それがない」

「魔力……」


 どういうことだろう。

 改善が必要な箇所があるとは言え、前のぱんつよりこっちのが絶対出来は良いはずだ。作り方も丁寧だし、腰回りが余ってずり落ちることもない。にもかかわらず、前の方が「チカラ」を感じるとアルは言う。


「前のぱんつと今のぱんつで、違うところはないか?」

「いや、違うところどころか、製法から全部違うし」

「……前と同じ製法じゃないと、この力は出ないってことか? ぱんつは穿き心地が悪いほど力があると言いたいのか?」

「それはちょっと絶望的な結論だなぁ……他に違うところと言えば」


 思い返してみる。

 前のぱんつと今のぱんつ、作ったときの違いってなんだろう。


「……あ」

「何だ」

「3つほど、思いついたんだけど」


 頷いたアルが続きを促す。オレは1本ずつ指を立てながら数え上げた。


「1。前のぱんつは、作ったとき他人が傍にいなかった」

「今回は俺とルシアが傍にいたな」

「2。前のぱんつを作るときは、斎藤さんがナビをしていた」

「……淫魔シトーか。製作時、お前に気付かれないように、アレが密かに力を貸していたというのは、有り得る話だが」

「3。前のときは……その……」

「何だ」

「いや、指ぬきとか知らなかったから……布地に触りまくってたなぁ、と思って……」


 言いながら、恥ずかしくなって3本目の指をそっと下ろした。

 別に何に触ったって布に触っただけなんだが、どことなく恥ずかしいのは何故なんだ。布なのに! ただの布なのに!


「なるほど……指先から無意識に勇者の力が染み込んでいる可能性がある、ということか」


 冷静に解釈されて、余計に恥ずかしくなった。何だよ、勇者の力って何だよ。染み込んでるってどういうことだよ。そもそもオレは勇者じゃない。ただ単に触りまくってただけだ。


「もっと細かいこと言えば、布を入手したのがコリナの町の小物屋だとか……」

「であれば、ルシアの持っていた布と出処は同じだろう。アルフヘイムでは布は作っていないからな。布地はコリナの町を経由して、人族の王国から買い求めている。俺の着ている服にしたって、上から下まで布は人族の作ったものだ。忌々しいことだが」

「そ、そうですか……」


 上衣チュニックの裾をぱたぱたと仰いで見せるアルセイスから、冷静に目を逸らした。あくまで冷静に。オレは冷静なんだけど、何だかさっきから室内の温度が恐ろしく高いような気がする。顔が熱い。

 何か別の話に切り替えたい気持ちで、慌てて話題を探す。


「あっ、そ、そうだ! そう言えばルシアの作ってくれたヤツはどうだったんだ! 緑の! 水玉、緑の!」

「それが……穿き心地や身体へ添う感じは、さすがにあちらの方が上だったんだが」

「おお……や、やっぱりか」

「だが、アレはコレ以上に魔力が拡散してしまうんだ。あの感じでは、【聖光翼刃斬セラフィーム・フローレス】の一発も撃てないと思う」


 魔力が拡散する、というのがどういう感じかは分からないけれど、アルセイス的にははっきりと違いが感じ取れるらしい。その上、彼にとってその差は穿き心地を我慢しても重視すべきポイントだと言うことで。

 手先でくるくるとリガルレイアを回したアルセイスは、つまらなそうに呟いた。


「……この2つを合わせて考えると、つまり」

「つ、つまり……?」

「次のぱんつは、出来るだけお前の身体に触れるやり方で、お前自身が作るっていうのが一番なんだろうな」


 マッパで裁縫しろとでも言うのか。勘弁してください……。

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