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汝、眼前の純白を愛せよ  作者: 狼子 由
第一章 Ready To Run
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3 最初のフィールド

 突然、涼しい風が吹き抜けていった。

 青い草のにおいがする。ゆっくりと目を開ける。


 広がる草原の向こう、真っ青な空が地平線に乗っかっている。

 足を踏み出せば、靴の下でしんなりと沈む草と土の感触。

 写真でしか見たことのないような広大な景色。


 ……なんてキレイな眺めなんだろう。


 埃と排気ガスで込み合った都会の空気は、もうどこにもない。

 ここにあるのはただ、爽やかな風と緑、そして青い空だけ。


 とてつもない開放感だ。


 初めての場所だけど、周りに生えている植物で、ここがどこか分かった。

 現実としか思えない眺めなのに、やっぱり旧版ランジェリの面影がある。


 ここは、始まりの村を出てすぐの最初のフィールドだ。

 懐かしさで胸が熱くなる。


 それにしても、こんなきれいな空気そうそう吸えるもんじゃない。もう一回深呼吸しとこう。

 息を吸った瞬間に、耳元で声が響いた。


『――どうですか、完全触感VRは?』


 咳き込みかけて、ぎりぎりで堪えた。

 笑いを含んだ声が、浮かれそうになってた頭の中に、例のメガネの奥の得意げな視線を思い出させる。

 オレはもう一度辺りを見回してから、黙って頷く。

 まるで現実としか思えない光景を、うまく説明することが出来なかった。


 今この瞬間、本当のオレの身体は、ランジェリのテストプレイルームにあるはずだ。

 面接室の隣にある実験室のカプセルみたいな装置の中、ぱんつ一枚の上に、内側に良く分からないジェルが塗ってある宇宙服みたいなものを着せられ、視界全部を覆うでかいゴーグルをつけ、味覚と嗅覚を再現するためのバルブのような何かを咥えさせられ、空中に浮いたステッパーに足を乗せている――はず。


 はずだ。


 はず、なんだけどなぁ……。ここまで映像も感触もリアルだと、現実の自分の状態が全く認識できない。

 咥えてるはずのバルブも、ゴーグルの中の視界に入らないせいか、感触さえ分からない。

 そもそも、ゴーグルの存在が認識できない。


「あの……何か、すごいです」


 喋ってみた声も、もごもごなんて感じじゃなくて、はっきり口を開閉しているように感じるし聞こえてる。どういう原理なんだろう。


 はは、と軽く笑う声が聞こえた。

 向こうにもオレの声ははっきり聞こえているらしい。


『そうでしょう、すごいでしょう? これね、やっぱり一番大変だったのはこの全身触覚再現用のデバイスなんですよね。巷によく有る『全身』『完全』なんてうたっておきながら、センサと接触した一部分だけにちょびっと感触が走る、なんて偽物とは違いますからね。良いですか、ここに使われている技術は電気刺激による筋変位センサを――』


 何か色々説明してくれてるようだが、専門用語が多くて分からない。正直なところ、技術的な部分には興味もないのでふーんと聞き流しながら、改めて周囲の景色を楽しんでおくことにする。

 もしもこの装置が本当に一般向けに販売されるとすれば、きっと問題は技術の高度さ・高価さよりも、この収納も着脱も面倒くさく幅をとるデバイスを、ご家庭の皆さまが本当に受け入れてくれるか、というところにあるような気がするのだが。

 まあ、特に意見を求められていないので、黙っておくこととする。


『……で、身体の調子はどうですか? どこか動きが悪いなどは』


 延々と続いていた技術的な話は、いつの間にか切り替わっていたらしい。

 慌てて、自分の身体を触り、手足を軽く動かしてみる――軽い。あの変な宇宙服みたいなごついヤツを着ているとは思えないほど軽い。

 それに可動域も広い。宇宙服モドキやカプセルが邪魔して思うように動かないんじゃないかと思っていたが、どこまで動かしても全くそんな感触に当たらない。あのカプセルみたいな装置、そんなに中が広いワケでもないのに、足を振り上げても壁にぶつかるような感触はない。どうなっているんだろう。

 自分の腕に触っても直に触ってる感じがする。間に何かがあるなんて感じられない。


「何かすごい軽いし、動きやすいです。まるで何にも着てないみたいだ。これどうなってんの? あの装置の壁とかどこにあるんですか?」

『何も着てない? 変態的なこと言いますね』


 即座にどうでも良い答えが返ってきたが、オレが言いたいのはそういうことじゃない。

 そもそも下着一枚であの装置に突っ込んだのはどこの誰だ。

 自分の身体を見下ろせば、一応ゲーム内では服を着ているらしい。ランジェリの世界観に相応しい、ファンタジックなヤツ。黒い上下に革鎧、腰には短剣もついていた。


「……あの、これ、初期装備ってヤツ?」

『ええ、スタート時の装備です。今回はテストプレイですから、他にも事前にアイテムの中に格納してあります。不満があるなら着替えても良いですよ』

「着替え……」

『人差し指を伸ばして、上から下に振ってください……そう。メニュー画面が出ますよね』

「おお……!」


 斎藤さんの言う通りに右手を振ると、振った指の真横にメニューウィンドウが浮かび上がった。半透明のウィンドウは、画面の向こうが透けて見えてる。縦に並ぶアイコンの左に、三角形のカーソルがあった。


『カーソルに指を当てて上下にドラッグしてください』

「ステータス、装備、アイテム、クエスト……」

『装備、でクリックを』


 言われた通りに操作すると、メニュー画面が切り替わり『装備』画面になった。ああ、何かタッチパネルみたいな操作だな。

 左上に自分の名前「レイヤ」と、人の形をした模型が表示される。それぞれのパーツに装備されているアイテムの名称も見ることができた。オレが今装備しているのは、『はじまりの革鎧』『はじまりのシャツ』『はじまりの短剣』……なんて感じ。


「頭、首、上半身、鎧、腕、指、武器、下着……随分装備品の選択が細かいなぁ」

『VRですからね、自由度が高いんですよ。リアリティを追求してますので。……他にもビジュアル的なことを言えば、1つ前の画面でユーザ設定を選ぶと、外見も弄れます』

「外見?」

『ええ。自分では見えていないと思いますが、今のあなたの外見は現実のあなたと変わらない設定にしています。黒い目、黒い髪、髪型もまあ大体近い感じに……後頭部の寝癖も含めて』

「……そこは再現しなくても」

『今回はテストプレイなのでこちらで設定しましたが、本来はスタートの時に種族を選びます。人族、エルフ族、フェアリー族、ドワーフ族……今はデフォルトで人族です。種族については、スタート後に変更することは出来ません』

「ふーん」

『テストなので我慢してくださいね。でも、髪型、髪の色や目の色はスタート後も弄れますから。どうですか? 現実では出来ないビジュアルにしてみますか? たとえば、銀髪に紅い眼とかどうです?』


 うわぁ、分かりやすい。分かりやすく中二病な感じ。

 正直、それはさすがに……その、恥ずかしいと言うか。ゲームの中とは言え、美的感覚が変わってるワケじゃないし、現実通りが一番無難な気がすると言うか。


「……これ、テストプレイしてるのってオレだけなんですよね?」

『ええ。外からサインインしてるのはあなただけです』

「じゃあ、オレを見てる人なんていないってことだよな」

『まあ、こうしてナビゲートしてる私と、あとはNPCだけですねぇ」


 となれば、外見を飾り立てる必要はない。まあ、自己満足ってのはあるかもだけど。

 参考までに画面を覗いてみたが、髪型だけで何十ページもある。あまりに選択肢が多すぎて、見るのも面倒になってきた。


「……あー、とりあえず今のままで良いです」

『そうですか? 装備はどうします?』

「オレがテストするクエスト……その、下着を広めるってのは、戦いとか関係ないですよね?」

『まあ、直近ではないですね。しばらくは延々と下着を作ることになります』

「じゃ、そっちも保留で」


 開いたときとは逆に、下から上へ指を振り上げると、メニューウィンドウは素直に閉じた。


『うーん。本当は先々の方で、器用さのステータスが成功率に関わってくるクエストもあるんですよね。荷物の中に器用さを上げる装備アイテムを入れておいたんですけど』

「じゃ、それはその時になったら装備することにします」

『そうですか……?』


 何やら不満げではあったが、とりあえず納得してくれたらしい。

 しばし沈黙の後、他の話を振られた。


『まあ、じゃあとりあえず良いでしょう。それよりも、丁度話が出たので、早速ですけどあなたが担当するテストクエストについて説明しますね』

「あー……」


 はい。肌触りの良い下着を広めなさいってアレですね。

 延々と下着を作るだけ、っていうソレですよね。


 思春期真っ盛りの高校生男子としては、喜んで良いものか頭を抱えるべきか。性癖歪みそう。

 青少年のそこはかとない悩みを、しかし斎藤さんは気付いてはくれないのだった。

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