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汝、眼前の純白を愛せよ  作者: 狼子 由
第九章 Something Great
196/198

28 表裏

「力づくで、ということですね。まあ、いいでしょう――来いやァ!」


 シトーがオレに向けて拳を突き出す。

 オレは応えるように世界樹ユグドラシルの杖を振りかぶった。


 杖は静かに花びらをちらし、りぃん、と鳴る。

 その音の向こうから、声にならない声が聞こえてた。

 それは、淡々と語りかける誰ともつかない声だ。

 バアルに似た、だけど誰でもない誰かの声。


 杖は語る。

 女神の使う創世と終焉のわざの使い方を。

 オレはその流れていく大量の知識の中から、大急ぎで使えそうな知識を拾い上げる。

 数千年分の知識と力だ。多すぎてオレの頭の方が整理できない状態ではあるが――いや、そんな泣き言を言っている場合じゃない。


 シトーの身体が近づいてくる。

 交差する瞬間、オレは無言のまま杖を振った。

 呪文もなく【天上の(Gloria in)神なる(excelsis)栄光(deo)】が発動し、頭上から光の滝が流れ落ちてくる。

 一瞬早く後ずさったシトーは、光の奔流を直前でかわした。


「ふん、発動に呪文が必要ないってのは、避ける方からすると読みづらくてなかなか厳しいですねぇ」

「よく言う。軽々避けといて」

「あなたが魔術を発動しそうなタイミングは、身体がおぼえているものですから」


 どうやら、オレの視線や呼吸で当たりをつけて避けたようだ。

 アルを除けばこっちの世界で一番長く過ごした相手だ。肩を並べて戦ったこともあるから、色々読まれているのだろう。

 だが――


「――それは、こっちも同じだぞ!」

「――セット、全詠唱破棄カット極限破壊(アルティメット・ボム)】!」


 シトーの放った【極限破壊(アルティメット・ボム)】を杖の先を掲げて受ける。

 直前にオレの展開した【極限防壁アルティメット・シールド】が爆風を遮った。

 シトーの戦法はもう分かってる。派手な目くらましを作って、その隙に脇から忍び込んでくる。

 だから――爆風から最も遠い場所から、かかってくるはずだ!


 振り向いたオレの目の前に、目を見開いたシトーが聖斧せいふグランティタンを振り上げようとしていた。

 オレは叩き下ろすように振った杖で、その刃を受け止める。

 噛み合う聖武具で下と上からぎりぎりと鍔迫りながら、シトーとオレは睨み合う。


「木っ端のような杖の癖に、どういう仕組みですか」

「あんたこそ、それガリガリ引きずってて刃こぼれしないのか?」

「しないです――ねぇ!」

「ぅおっ!?」


 シトーが刃を跳ね上げる力に押されて、たたらを踏む。

 即座に【極限防壁アルティメット・シールド】を展開して、次の攻撃に備えた。

 合わせるように正面から再び魔術が飛んでくる。

 それを堪えて、更に背後に杖を振り切った。最高のタイミングで斧の刃を受け止める。


「二度も受け止めるとは、なかなかやるようになったもので」

「あんたの戦法は見切ってんだ。いつまでもおんなじ手が通用すると思ってんなよ!」


 言葉と同時に魔術を発動させた。

 こっちが見切ってるのと同じく、タイミングは当然読まれてる。


「――セット、全詠唱破棄カット極限防壁アルティメット・シールド】!」


 オレたちの間を、シトーの作った防壁シールドが閉ざした。


 杖の持つ攻撃のわざは三種類。

 上から降る【天上の(Gloria in)神なる(excelsis)栄光(deo)】。

 下から吹き上がる【神の(Cujus)国は(regni)終わる(non erit)ことなし(finis)】。

 三方から突き刺す【三位(Trina)一体(Deitas)の神(unaque)】。


 魔族やエルフの使う魔術ですら、破壊力では及ばない。

 つまり、それが防げる魔術なら他の魔術も防げる。だから問題ない。

 実際、シトーは三つのどれにも対抗できるよう、三百六十度全方位、自分の周りを完全に防壁シールドで閉ざしている。


 ――が、オレが選んだ魔術は、そのどれでもなかった。


「あんたのその――同じパターンで満足するとこが敗因だよッ!」


 ぶぉん、と発動音が空気を振動させた。

 ――【転移(ゲート・オン)】。

 離れた空間を繋げる魔術を、目の前の壁を穿つためだけに発動した。


 開いた転移空間が、防壁シールド上に黒いあぎとを開く。

 どろりと溶け落ちた黒い穴が滴って、オレ達の間が繋がった。


「……なっ!?」


 防壁シールド越しじゃない、直接見えた視線が重なる。

 見開かれた目から、ガラスの抜けた眼鏡が風圧で吹っ飛んだ。

 驚愕の顔つきに向け、オレはねじ込んだ杖の先から考えうる最強の魔術を放つ。

 女神の業じゃなく、だけど、女神によってつくられた――どんな魔術よりも耳慣れたあの攻撃を。


「――【最終奥義 聖光翼刃斬セラフィーム・フローレス】!」


 青い光が花びらのように舞い、足元を魔法陣が走っていく。

 杖の先から走る光が真っすぐに、シトーを貫いた。


 驚きに目を見開いたまま、腹に大穴をあけたシトーが後ろに吹っ飛んでいく。

 防壁シールドを内側から破り、瓦礫を吹っ飛ばし床を割ってもまだその勢いは止まらない。

 最後に、ボロクズのようになった影は壁に深くめり込み、そしてようやく動かなくなった。


 神殿に静かさが戻る。

 深く息をついた瞬間、ぐらりと揺れて、思わず床に手をついた。


 杖の魔力は確かに無限で――だが、その膨大な分、調整は繊細だ。

 ヘタするとぶっ壊れそうになる。オレ自身が。そして、オレが制御を誤れば、世界丸ごと吹っ飛ぶだろう。

 まるで、この星そのものを腕の中に収めているような感覚。


 これを創り、そして何千年も抱えてずっと維持してた女神のすごみを感じた。

 そこまでの想いで会いたかった人がいたに違いない。

 この徒労感を何千年も抱えながらも。


 よろける足で、シトーの元へ近寄っていく。

 ガラ、と天井から落ちてきた小石が、足元で跳ねた。

 オレに見えるのは、ただ、壁に埋まったスーツの切れ端だけだ。


「……シトー。今のままやり直しても、あんたには絶対掴めないぞ」


 絞りだした声は、瓦礫に沈んだ神殿に空しく響いた。


 足音に重なって、ガラリ、と瓦礫の崩れる音がする。

 埋まっていたスーツの切れ端が、ぴくりと動くのが見えた。


「誰のことも考えず、自分の中だけで完結して、自分の欲しいものだけ求めて」

「……っせ、え」

「あんただけの世界で、たった一人で立っててそれで満足なのか!?」

「うるっせぇんだよ、てめぇは! 俺が反省して、それでなにが戻ってくる!? 俺の手の中にはなんにも残らねぇ――なら、手に入れるまで藻掻く方がマシだろうがァ!」


 瓦礫を跳ね除け、立ち上がろうとした――その身体が、途中でくずおれた。

 膝を突き、口元から真っ赤な体液をまき散らして再び瓦礫に落ちていく。


「……こ、れは」

「創造主は管理者(アドミニストレータ)にもちゃんと弱点を設定してたらしいな。杖の伝える知識に含まれてたよ」

「っ……!」


 オレの方を射殺しそうな目で睨み付けてきたけれど、身体から流れ出る血で手を滑らせ、結局は起き上がることすらかなわない。

 杖によれば、魔族は腹の奥深くに自己修復機能の根幹があるのだという。それが破壊されない限りは絶対に機能を停止しない――逆に、それを破壊さえすれば停止させることができるのだ。


 実際、倒れ伏したシトーは少しずつ動く力も失せているように見えた。

 オレはその脇まで歩み寄ると、伏せたままの身体を見下ろした。


「あんたは莉亜りあを殺したんだ。悪いが、同じ苦しみは味わってもらうぞ」


 アダマンティンの欠片を、強く握りしめる。莉亜の魂を含んだ黒い欠片は、オレの体温を吸って温かい。

 なんとか掬い上げたとは言え、莉亜がひどく苦しんだことは変わらない。

 オレも、莉亜も、オリジナルの魔王バアルもみんなこいつに引っかき回されたんだ。これくらいは仕返しさせてくれ。

 杖があるから莉亜の時ほどは苦労しなさそうだけれど、それは言わずにおくことにする。


 欠片を目の前に掲げると、シトーは、くっ、と喉が詰まったように笑い声を漏らした。


「なにがおかしい?」

「付け焼き刃……の知識は、うまくいかな、もの、だって思っ……」

「なんだって?」

「俺たちに、魂なんざねぇ。輪廻サイクルが、ない、から」

「――ああっ!? なんだそれ!」


 意味を理解して、即座にシトーの傍に膝をついた。

 魂がない。つまり――莉亜と違って、掬うことができない。死んだら終わりだ。


 苦しげに顔をゆがめつつも、シトーの唇にはいつもの余裕の笑みが浮かんでいる。


「おっ、おい!? 馬鹿、ふざけんなよ! 死ぬな! あんた、オレを殺人犯にするつもりか!」

「くくっ……自分のっ、と、ばかり……て人を嗤ったのは、あんたの方……」


 慌てて杖の中の知識を漁っているうちに、シトーの身体は端っこから停止していく。

 やばい、ヤバい!

 指は固まって動かなくなり、唇からは血の気が失せていく。それを目の当たりにしたオレは、更に焦って杖の知識を読み解いていく。


 慌てるオレとは対照的に、静かすぎるほど静かに死に向かっていく男は、どうにも藻掻くつもりもないようだった。

 それに、と言葉を続けたシトーの目からは、焦点が失われかけている。


「……も、いないし。俺も、疲れ、た……」

「馬鹿! あんた、今こそいつものあのひでぇ命汚さ出すところだろうがッ! 諦めんな、おい――っ!?」


 抱き上げようとしたところで、ごぽり、と足元で音がした。

 見下ろせば、スーツの胸元に、白い二本の腕が絡み付いている。


「まったく……お前が私を出し抜こうなんて、百万年早いよ、シトー」


 囁くのは、低い女の声。

 いつの間にか、水が染み出すように、黒いシミが壁に広がっている。

 その黒い水溜まりの中からシトーを捕えているのは、バアル・コピーの両手だった。


 バアルはそのまま水溜りの――【転移(ゲート・オン)】の中へ沈んでいく。

 もちろん、腕の中のシトーも一緒に。


 潜っていく二人を追って、オレもまた杖を抱えたまま飛び込んだ。



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



 シトーの身体を、バアルは捕えて離さない。

 真っすぐに、暗い【世界の裏側】へと引きずり込まれていく。


「待てよ、バアル! どこ行く気だ!?」


 もう瞼も開かないのに、どうやらシトーは自分に絡みついた手が誰のものか、理解しているらしい。

 かは、とその喉が掠れた笑い声をたてた。


「に、せもの、でも……あなたの、腕で、死ね……なら、本望だ……」

「疲れたとか、死にたいとか、あんたがそれを言うかよ!?」


 シトーの襟元を、追いついたオレが正面から掴み上げた。


「死んで何もかも終わりだなんて、させるもんかっ! あんたには償わなきゃいけないことがたくさんあるんだよ!」

「……自分で、ころし、た、くせ……ははは」

「うるせぇ、喋るんじゃねぇ!」

「落ち着け、レイヤ。ここは私に任せろ」


 首元をがくがく揺さぶるオレを、バアルがシトーの身体越しに止めた。

 シトーの身体は完全に力を失って、細い両腕にもたれかかっている。さっきの言葉を最後に、もうその唇もぴくりとも動かない。

 バアルは呆れたようにため息をついて、再び【世界の裏側】を進み始めた。


「どうするつもりだよ、バアル!?」

「おいおい。先ほどまで、あれほど淡々とシトーを追い詰めていたのに、その焦りようはなんだ。少し落ち着け」

「さっきまではそりゃ――って、見てたのかよ!? 止めてくれよ!」

「いや、まさかあそこまで確実に息の根を止にくるとは、私もさすがに予想がつかなかったのでな」

「おい! ど、どうすんだよ!?」

「落ち着けと言うとるに。とりあえず、こいつは私に任せろ。私も……そうだな、玲也をうっかり殺人犯にするのはあまり好ましくない」


 困ったように笑ったバアルは、ちらりとシトーを見た後、オレに向かって頷いて見せた。


「女神が消え、それでも私たちはこの世界を続けていくのだろう? やりたい放題やったこの男には、もっとも重い罰を負わせる必要がある」

「重い罰?」

「愛しい人のいない世界で、それでも生きていくことだ」


 バアルが、さっと背中で手を振った。

 【世界の裏側】が彼女の背後で途切れ、満天の星空が広がっている。

 どうやら、【転移(ゲート・オン)】から元の世界へ戻るつもりらしい。

 星空の下に見えるのは、歪で巨大な城影と吹き出す煙――ドワーフの山(ユーミル)だ。


「急げばまだ修復が間に合うやもしれん。私はこのまま、メイノ王の元へ向かおう」

「お、おう……」

「そんなに疑わしげに見ずとも良い。私はこれの求めている本物のバアルではないし、寄り添うのも、添い遂げるのもごめんだ。だが――」


 その手でシトーの首元を抱いたまま、バアルは背後に広がる星空へと飛び込んだ。


「この男が死ぬまでは私が見張ってやる。一人にはしない。なぜならば、私たちはかつて家族であり――たぶん、今もまだ家族なんだ」


 オレは、黙ってシトーから手を放した。

 星空へ落ちていく二人と、暗闇に留まるオレ――急速に間が開いていく。


「いずれにせよ、こちらは私に任せてお前は行ってこい。あまり待たせると、花嫁がむくれるぞ」

「花っ……い、言われなくても!」


 乱暴に手を振ると、笑顔を浮かべたバアルが手を振り返してくれた。

 星空に落ちた二人の影が、【世界の裏側】を抜けた途端、急速に落ちて消えていった。


 それを見送ってから、改めて振り返る。

 光も映さない漆黒が、オレの前に広がっていた。


 たった一人、その深淵に向かって、オレは手を伸ばした。

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[一言] ※すごくネタバレです※ ひとつ前までの話を読んで、斎藤さんって本当に形だけを追いかけてるんだとしたら、まるでアイドルの過激派ファンだな(失礼)とか、何回も世界を繰り返しあらゆる邪魔を排除し…
[一言]  ひとりで繰り返す失敗は、一定回数を超えると定型化していく感があります。  試行錯誤をひと通り終えて自分の中で、「これが最善」ってのを見出して、ひたすらにそれを重ねていく。  勿論研磨を経…
[一言] 進もうとする者と、留まろうとする者の差は大きかった……レイヤ君強し。 斎藤さんにはそれなりの罰を。死なせてなんてやるもんか、ですね。 さあ!お迎えに行きましょう!
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