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汝、眼前の純白を愛せよ  作者: 狼子 由
第九章 Something Great
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23 解釈違い

 待ってくれ。なんだそれ。

 そんなこと、考えたこともなかった。


 母さんは魔王バアルで、父親は……待て。

 いや、待てって。違う。そんな訳がない。

 だって、オレとあの人、何一つ似てないじゃないか。

 髪の色と目の色がぎりぎり似てるかってくらいで、そんな……絶対に認めたくない。

 まさかオレの父親が――血縁上の、肉体上の、ただ血がつながってるだけの父親が、あの時を超えたストーカー野郎だなんてこと。


 ――レイ、ヤ。


 誰かに呼ばれた気がして、ふと上を見上げた。

 ぽつりと呟かれたような、そっと袖を引かれたような。


 だけど、その続きは聞こえてこない。

 オレは向き直り、また一つ莉亜の欠片を拾った。

 オレの知っている顔。知らない顔。

 あれも、これも、ぜんぶ拾ってやりたい。知らなかった妹のことを。


 腕の中いっぱいに莉亜りあを抱えて、それなのにまだ莉亜の魂には届かない。

 こんなにもたくさんの年月を、言葉を、重ねておきながら。

 なにもかも、お前の一番奥にあるものじゃないのなら――じゃあ、お前にはなにがあるんだ。


 ――レイヤ!?


 再び、誰かがオレを呼んだ。

 悲鳴のような声。

 響いた声にはっと顔を上げた途端、オレの腰に誰かがしがみついた。


 ――おにい……!


 振り向けば、泣き顔の莉亜が立っていた。

 自分から抱き着いてきた癖に、オレを突き放して逃げ去ろうとする。


 ――あたしを呼ばないで。

 ――愛されないのは、もう嫌なの。


 望みの満たされなかったその魂。

 オレが、ともう一度手を伸ばした。

 今度は、掴むためじゃない。

 抱き寄せて、引き上げるために。


 誰が愛さなくても、オレがお前を愛してる。

 そのままの、今のままの、我がままで嘘つきで、泣き虫で寂しがり屋のお前を。


 ――レイヤ……。


 頭上から、か細い声がする。

 莉亜の細い肩を抱きしめた途端、身体が上に引き寄せられた。


 上から降り注ぐ光が、妙に眩しい。

 オレは目を眇め、見つけた莉亜を全部連れて上昇する――



●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●



 目を開いた時には、冷たくなった莉亜の身体に伏せていた。

 ゆっくりと身を起こす。手の中に黒い欠片を握っていた。


 莉亜の持っていたアダマンティンの大鎌――その欠片だ。

 思わず手に力が入る。瞬間、欠片がどくりと脈打った。


「……莉亜?」


 声をかけてみたけど、返事はない。

 欠片はただの欠片だ。だけど――いや、確かにここに莉亜がいると信じられる。

 握った欠片をぎゅっと胸元に引き寄せた。


「……レイ、ヤ……!」


 前方からオレを呼ぶ声がして、顔を上げた。

 その瞬間、頬を掠めて刃が床を貫いた。

 ぎぃん、と鈍い音が響く。慌てて後ろに下がったオレを、聖剣を携えた勇者スィリアがつまらなそうに眺めた。


「ふうん、己の危機には反応する訳だ。仲間の呼びかけには応えないというのに」

「お前……いきなり切りつけてくるって卑怯だろうが!」

「戦いの最中に、身体をこちらへ置いたまま【世界の裏側】に潜る方が非常識なのだよ。そんなことをすれば残された者がどうなるか、まともな者なら想像して然るべきだというのにね」

「……残された者?」


 そう言えば、スィリアと対峙していたアルセイスは無事なのだろうか?

 あの時は、莉亜をこのまま死なせてはいけないって、それだけでまっすぐに追いかけてしまった。莉亜の魂を掴んですぐに戻ってくるつもりだったが――


 辺りを見回すと、さっきと同じ神殿――だが、柱はへし折れ、床のクレーターはいくつも増え、がたがたのひどい有様だった。

 焼け焦げた床を辿っていくと、奥の方に、飛び散った赤い血だまりがある。

 ひゅっと息を呑んだ。


「……イヤ、レ、イヤ……」


 力なくオレを呼ぶ声。血まみれの虹色の髪、半ばで断ち切られた羽。

 血だまりに沈んでいたのは、変わり果てたヘルガの身体だった。


「――ヘルガ!?」

「レイ、ヤ……ごめ、んね……」


 近づく前に、その首はゆっくりと項垂れ、そしてそのまま動かなくなった。

 慌てて駆け寄ろうとしたけれど、背後に気配を感じて咄嗟に振り向く。

 タイミング良く振り下ろされた聖剣の刃が、肩先を切り裂いて宙を舞った。


「ちっ……往生際の悪い」

「ヘルガの怪我は、お前の仕業か!?」


 まだ、気を失っただけかもしれない。たとえ、その胸元に聖槍リガルレイアが刺さっていたとしても。

 オレは怒りと憎しみを込めてスィリアを睨みつけた。

 今ならまだ間に合う。だから、早くこいつを倒してヘルガを助けに行くんだ。

 その意思を目に込めたつもりなのに、スィリアはなんとも言えない表情でオレを見返した。


「あなたはどうも理解できていないようだが、今更私に抗っても無駄だよ。既にあなた方は敗北している」

「どういう意味だ」

「生きて立っているのは、もうあなただけということだ」

「なんだって!?」


 スィリアの言葉で、周囲を見回す。

 血まみれのヘルガに寄り添うように、床に倒れ伏しているのはベヒィマだ。その背中に突き刺さっているのは聖銛せいせんトリクロティオの鋭い刃先。ベヒィマの小さな身体はぴくりとも動かない。

 彼女たちを助けに向かったのは、シャーロットとユスティーナ。小さなレディたちは互いに互いを庇うように抱き合って、その姿のまま壁に張り付けにされていた。聖弓フロイグリントの矢が幾本も刺さり、心臓を貫いている。

 足元に、ユスティーナの抱えていたサラマンダーの聖武具、聖兜せいとうゴルゴニクスが転がっていた。


「ベヒィマ……シャーロット、ユスティーナ!」


 走り寄ろうとして、ふと、ここにないはずの聖武具があることに気付いた。

 聖弓フロイグリントはヘルガが、妖精の川辺(ティルナノーグ)へ置いてきたはず。

 そして、聖銛せいせんトリクロティオは人魚の海底(ニライカナイ)の海魔レヴィが――


 思い当たった瞬間に、ごとん、と足が何か大きなものに引っかかった。

 ゆっくりと見下ろした視線の先に、大きな石のような丸い――


「……れ、レヴィ……?」


 名前を呼んでも、見開かれた瞳は、ちらりとも動かなかった。

 蛇体に繋がる大きな身体、その首から先が聖斧せいふグランティタンに断ち切られ、石ころのように転がっている。

 こつん、と近づいてきた足音が背後で大きなため息をついた。


「あなたは、自分が思っているよりも深く長く眠っていたのだよ。いえ、私はてっきり死んだのだと思っていたのだけれど」

「長くって……」

「魂だけで【世界の裏側】に潜っている間、仮死状態だったのでしょうね。まったく、そうと知っていれば一番最初に息の根を止めておいたのに」

「待てよ。オレがいない間、いったい――」

「簡単なことです。海魔レヴィは――ああ、魔族三将ともあろう者が愚かとしか言いようがない。私たちを裏切ってあなたにつくなど。そして、あなた方の危機を知り聖武具を持って駆け付けるなど。他の者たちと一網打尽になるだけだというのに」

「聖武具を持って……」


 確かに、レヴィならば、ここにはなかった聖武具も持ってくることが出来ただろう。


 勇者スィリアが構えている聖剣アドロイガルと、聖鎧クロノソリティル。

 レヴィの首元に刺さった聖斧グランティタン。

 シャーロットとユスティーナの足元に落ちた聖弓フロイグリントと聖兜ゴルゴニクス。

 ベヒィマを貫いている聖銛せいせんトリクロティオ。


 そして、ヘルガの胸に刺さったままの聖槍リガルレイア。


「――アルセイスは、どこだ!」


 思わず掴みかかったオレを、スィリアはすいと首を動かすだけで簡単に避けた。

 床を穿つひときわ大きなクレーターを眺めながら、ため息を吐く。


「無念です。彼女も同じように仕留ておければ、こんな無用な問答はしなくて済んだはずなのに」


 はっと希望の光が見えたような気がした。勢い込んでオレはスィリアをまっすぐ見つめる。


「じゃ、じゃあ。アルセイスは――」

「彼女の身体は【天上の(Gloria in)神なる(excelsis)栄光(deo)】により、塵も残さず消滅してしまったのでね。申し訳ないが、死体というものが存在しないのさ」

「……う、そだ」

「そう思いたければご随意に。だが、あなたなら分かるでしょう。彼女が逃げるなど――命より大事にしているものを二つとも置いて逃げるなど、彼女がするはずがないということを」


 アルセイスが命より大事にしているもの。

 一つは聖槍リガルレイア。もう一つは――


 どさり、と重いものが落ちた音がした。

 いや、落ちたのはオレの身体だ。床にへたり込んだ足に、力が入らない。

 立ち上がろうという気すら起きなかった。

 ただ、床に開いた大穴を見つめて、名前を呟くだけだ。


 アル。アルセイス。

 無事に違いない、どこかで無事に生きてるはずだ。

 そう思い込もうとする頭の片隅で、冷静な方のオレは確かに理解していた。

 ――あいつが、守るべきものを置いて一人逃げるなんて、そんなことある訳ないって。

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― 新着の感想 ―
[一言]  なんというクリフハンガー。  大事なものに気を取られて、それ以外を見失う。ままあることとはいえ、レイヤの情深さが悪い局面を招いてしまったのか。はたまた。  ま、まあほらアルは守るべきものを…
[一言] あああああ…… 幻覚であればいいのに…… 希望は、聖武具が揃っていること……かな(´;ω;`)
[良い点] 幻覚的なやつですよね? そうですよね……!?
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