15 戦う娘たち
「それでは、お気をつけてお帰りくださいませ。くれぐれもロッティをしっかりお守りくださいね」
笑顔で微妙な圧をかけてくるユスティーナ姫と別れ、下着姿の王女を連れて、再び抜け道へ滑り込む。帰り道はもう気を遣う必要もなく、最初から【飛翔】でぶっ飛ばした。
「ふむ、便利なものじゃ。経年劣化で危険もある道じゃが、そうそう人に修理させる訳にもいかんからの。そなたがいれば安全に素早くユスちゃんのところまで行ける訳か」
小脇に抱えたシャーロット姫が感心した様子で呟いたが、そんなタクシーみたいなノリで使われても困る。
部屋に戻り抜け道を塞いだ直後、外からドアをこんこんとノックする音が響く。慌てて答えそうになるオレを押しのけて、シャーロット姫が声を上げる。
「誰じゃ?」
「私だ、戻ったぞ」
「バアル!」
低く抑えられた声は、聞き間違いようのないバアルの声だ。扉を開け、彼女を中に招き入れると、オレはたった今シャーロット王女やユスティーナ姫と交わした会話について説明した。
シャーロット姫の方にも、こちらの事情は伝えておく。勇者を名乗る莉亜のこと、そして本物の勇者スィリアはエンジェル族と同じ、義体を持つ造られた存在であること。
ともに、女神の望みを叶えようとしている相手だ。
シャーロット姫からすれば、敵対しているということで間違いない。
「リアさまとは別に、本物の勇者がいるということか……」
「そういうこと。……ってことで、こっちは心強い味方ができたとこだ。バアルの方はどうだったんだ?」
「私は城内の位置関係を大体把握して、大きな魔力の存在する場所を三つ感知してきた。ベヒィマとジーズの魔力については、多分間違いない」
「三つ?」
オレが首を傾げたのは、強い魔力の持ち主が今この城の中に四人いるはずだから。
囚われてるベヒィマと、勇者の側についたジーズの魔族二人。残りは莉亜と勇者スィリア。
ヘルガも魔力はある方だが、魔族であるベヒィマたちと比べれば感知しづらいのは間違いないだろう。
だけど、勇者スィリアは千年前に裏切るまでは、魔王とも親交があったはずだ。魔力の大きさから言ってもバアルなら感知できておかしくない。
「……莉亜の居場所が分からないってことか?」
彼女こそ魔王ではないかと想定されていても、本当はやっぱり違うんじゃないか。オレはずっとそう疑ってる。もしそうなら、莉亜の居場所がバアルに分からなくても仕方ないんだけど。
ところが、そんな期待を込めたオレの言葉に、バアルはすぐに首を振って返した。
「いや、感知できる三つ目は私にはあまりなじみのない魔力――ということは、多分これが玲也の妹君だろうな」
「えっ、莉亜の魔力が分かるってことは……」
「では、勇者スィリアの魔力が分からないということか? だが、今や裏切ったとは言えそしてお前の記憶は複製だとは言え、千年前は友と呼んだ相手だろう。よく見知っている上にあれだけの魔力を持った存在について、居場所も感知できないとはどういうことだ?」
「さて……私も計りかねている」
アルセイスの直球な問いかけに、バアルは苦笑を浮かべるだけだ。確かに、分かんないものは分かんない訳だから、「どういうことだ」って言われても困るだろうけど。
シャーロット姫が引き出しの奥から、紙切れを持って駆け寄ってきた。見れば、城内の地図らしい。
「おおよそ把握したなら、これがあれば更に細かく分かるのではないか?」
「ありがたいが……これは?」
「私が自分で作ったものじゃ。ほれ、隠し通路も把握しておる限りはちゃんと描きこんであるぞ」
「なるほど。では、これを使って説明させてもらおうか」
バアルが手描きの地図を指して、見つけた魔力の場所を示す。
「……ジーズは別に囚われている訳でも持ち場がある訳でもないだろうから、勝手に動き回っているだろうな。だが、ベヒィマの居場所はここだ」
「であれば、そこにヘルガもいるはずだろう」
「ふむ、隠し地下牢の辺りじゃ」
「そんなのあんの?」
「あるのじゃ」
ひとしきり頷いてから、シャーロット姫は、にこりと笑ってオレを見上げた。
「よろしい。そちらは私とユスちゃんで行ってやろうじゃないか」
「俺たちにそこまで手を貸していいのか」
「そなたらが失敗すれば、私たちに希望などもうないのでな」
ずっと待っておったのじゃ、と笑う顔はあっけらかんとしているが、言葉はそれどころじゃない追い詰められ具合だった。余裕のある表情との落差がひどいが、実際のところ、そちらの方が本音なのかもしれない。
それくらいじゃなきゃ、オレたちを城内に引き込んでいきなり全部ぶっちゃけることはできないはずだ。今回の件はきっと、彼女にとっても一か八かの最終手段なのだ。
アルセイスは小さく頷いて、「では、俺たちもお前を信じよう」と答えた。
「それで、バアル。リアの気配はどこだ。レイヤはそちらへ向かわせるのがいいと思うが」
「地図で言えば、この辺りだな」
「そこは勇者さまの神殿じゃ。確かに、リアさまはそこにいることが多いの。内側に居室もあるし」
「神殿……そう言えば確かに、最初こっちの世界でリアと会ったのもそこだった」
ジーズの【転移】で落下と同時に連れて行かれた先が、『勇者の神殿』だったはず。
オレの答えを聞いて、バアルがとんとんと地図を叩いた。
「では、三つに分かれて行動しよう。玲也は莉亜の元へ向かえ。王女にはベヒィマとヘルガをお任せする。アルセイス、あなたは玲也について行くといいだろう」
「……またお前だけ別行動か?」
呆れたようなアルの声を、だがバアルは何事もないかのように受け流す。
「ジーズの動きが気になる。あれの居場所が分かるのは私だけだ」
「だが、また魔術封じを食らう可能性がある。魔術を中心に戦うお前じゃ、ジーズに対抗する手段がない」
「それくらいは考えてあるさ。むしろ、それもあって私一人の方がいいと言っているんだ」
「……何か作戦があるんだな? 無駄死にするつもりじゃないんだな?」
「ジーズに大人しく殺されてやるほど殊勝じゃないよ」
バアルは手を振って否定したが、アルは目線を逸らそうとはしなかった。
アルセイスが妙にこだわる理由も、少しだけ分かる気がする。バアルの笑顔があんまりにも透き通って、何もかも吹っ切ってるように見えるからだろう。
千年前の複製の記憶だけを抱えた、空っぽのように。
もちろん、そんなのはもしかしたらオレの勝手な偏見かも、と思ったりもする。空っぽだなんて、他人に対して思うこと自体が失礼だとか。
だから、そんなことは当然指摘なんてできない。
ただ、何となく……何となく、嫌な予感がするだけだ。
「お前がそう言うなら、信じるが……」
「そうしてくれると嬉しい。レスティから信頼されていると思えば、やる気も湧くというものだ」
「そういう意味じゃないし、そもそも俺は――」
「――レスティじゃない、だろ。分かっているさ」
笑い話に紛れさせた言葉は、だけどやっぱり不安を打ち消し切ってはくれなかった。
結局、夜までこの部屋に待機をさせてもらったあと、深夜に動くことに決めた。
「いつまでも姫君を下着姿でうろうろさせているのも申し訳ない話だしな」
「私はドレスなぞ着ておるより、こちらの方が楽で良いのだがな。それよりレイヤ、予備のぱんつはないものかの。オーダーメイドはいずれ作って貰うにして、まずはそなたの作ったものに穿き替えたいぞ」
「あ、そっちも継続なのな」
てっきり、それはオレたちを呼び込むための口実なのかと思っていた。
シャーロットは胸を張って答える。
「もちろん、ユスちゃんの分も頼むぞ」
「それはいいけど」
少女らしく「友だちとおそろい」を楽しみたいのか可愛いとこあるな、なんて思っていたら、シャーロットは想定外の方向から切り込んできた。
「こちらにユスちゃんがいる間に、存分に彼女の機嫌を取っておかねばならぬのじゃ。いずれは、私とユスちゃんで婚姻関係を結び、これを機に火竜の砂漠と初めての同盟に踏み出そうと思っておるからな」
「婚姻!?」
女の子同士で何考えてんだ、と突っ込もうとしたら、横からアルセイスがオレの肩を叩いた。
「言っただろう。この世界では、本来、男女の性差はあまりない。同性同士でも子どもは生まれるし、婚姻も認められる。性差で決まることがあるとすれば……女性には聖武具が継げないというくらいか」
「えっ、じゃ、じゃあ、姫君同士が結婚ってのも割と当たり前なのか?」
「下着を解放しない限りは、問題ないからな。千年前の私とレスティはその罠にまんまとハマった訳だが」
バアルが苦虫を噛み潰したような顔でシャーロットを見やる。
そう言えば、バアルもレスティとの間に子ども作ろうとしてたっけ。
もちろん、淫欲が解放された状態――つまりぱんつを穿き始めてからは、男女一対でなければ子どもは作れないワケなのだが。
「なんじゃ、みな、変な顔をして。ぱんつの一枚や二枚、余分に作ってくれても良いのではないか?」
どうやら、無邪気なシャーロットはそのことを知らないらしい。
もしかして、莉亜が狙っていたのはこの状態なのだろうか。知識を知らせないまま下着を解放することで、国民が子どもを作れなくすること……?
莉亜は百年前からラインライアに降臨しているという噂だ。
百年もかけてじわじわと世界の仕組みをいじって――もしかしてその目的は、緩やかな衰退だったりするのだろうか。