14 サラマンダーの姫
火竜の末姫ユスティーナをまじまじと眺めてみる。
結構な美少女だ。シャーロット姫と並んでて、見劣りしないくらいに。
年は、ユスティーナの方が少し上だろうか。目元は父親であるエルネスティ王に似て強い意志を宿し、赤い髪の色は鮮やかで、長く伸ばした髪が身体を包むように波打っている様は、まるで炎のようだ。猛々しささえ感じる姿は、囚われのお姫様という言葉とは似つかわしくない。
そんな彼女を前に、シャーロットは手早くオレたちを抜け道から引き出し、部屋の奥のソファに座らせた。下着姿なのに全く恥じる様子はないが、ユスティーナ姫はそれに指摘する様子はない。慣れているのか、最初からこういう話になっていたのか分からないけど。
まるで自室のように振る舞う少女に、ユスティーナのまなざしは優しかった。
「ユスちゃん、先に持参した土産の菓子はまだあったかの」
「棚にありますわ、ロッティ。わたくし、お茶を淹れますから、皆でいただきましょう」
「使用人の淹れた茶は信用できぬが、ユスちゃんの茶は安心だからな。うむ、よく歩いて少し疲れたことだし、一休みしてから戻るか」
「ユスちゃん」、「ロッティ」と呼び合う声も慣れた様子だ。会話の内容にところどころ不穏なものが混じっているのは、兄王子のことがあるからだろうか。
椅子をすすめられ、オレ達も黙って腰かけた。にこにこと席に着くシャーロットの後ろで、真顔のユスティーナがお茶の用意を始める。そういうのって普通、お付きのひととかがやってくれるんじゃないのかと尋ねたいところだが、耳をそばだてても周囲に人の気配はない。単に閉じ込められているだけでなく、身の回りの世話をするような人もいないようだ。
「味についてはご心配なく。郷里では一通り、自分でやっておりましたから」
「あっ、はい」
どうやら、視線で気遣う気持ちが伝わってしまったらしい。いや、出される茶の味を心配してたんじゃないんだけど。が、そんな言い訳の前に、すっとお茶が差し出されてしまう。
促されるままに口にすると、確かに本人の言う通りだった。
「あ、うまい」
「よろしゅうございましたわ」
にこりとほほ笑む姿も、どこか迫力がある。シャーロットが言ってた「怯えて心を開かない」ってやつはどこにいったんだ。たじたじとしていると、シャーロットがくすくす笑い始めた。
「そなた、怯えているとは何のことだ、とか思っておるだろう。初対面ではそうとは分からぬやもしれぬが、ユスちゃんは人見知りするからの。こう見えてもかなり緊張しておるのだぞ」
「まあ、ロッティ! あなたって方は!」
かっと頬を赤らめたユスティーナ姫が、ぽこぽことぐーでシャーロットの背中をたたいた。なんということもなさそうに、シャーロットはオレたちから視線を外さない。
「怒るでない、事実じゃ。なんと彼女はな、ここに来るまで、一度も火竜の砂漠を出たことがなかったのだ」
「ええ、ええ! そうですとも。わたくし、城から出たのも初めてですわ! 初めて会う人族なんて、緊張するに決まっているでしょう! ……いえ、あなた方はどちらも人族とは違うのでしたわね」
シャーロット姫にバレていた段階で覚悟はしていたが、どうやらここの二人は秘密を共有しているらしい。愛称といい、互いに打ち解けた様子といい、やはり囚われの姫と、彼女を攫った側の王族の関係とは思えない。
「うふふふふ、緊張もいたしますわ。だって、この魔力――ロッティの紹介でなければ、話を聞く気もおきませんわ。近くにいるだけでびりびりきます、うう、恐ろし過ぎて逃げ出したい……あ、あなた、もう少し隠した方が良くってよ」
「いや、今までさすがに、そこまで言われたことはなかったんだけど」
それに、元勇者の身体を使っていたときよりはだいぶマシだと思うんだけど。フォローを期待してアルセイスの方へ視線を向けると、さりげなく逸らされた。フォロー不可ってことらしい。
よく見ると冷や汗をかきつつ、ユスティーナはそそくさとシャーロット姫の後ろに回った。
「ロッティ、本当にこの人たちがわたくしたちを助けてくださると言うの?」
「外から来る者でなければ、不可能だろう。そして、力あるものでなければ。ユスちゃん、一度信じてみようではないか。そなたが私を信じてくれたように」
二人は、二人だけに分かる会話を交わし頷き合うと、そろってオレたちの方へと向き直った。
「わたくしたちの望みはただ一つ」
「打倒、勇者。そして、この国の王位を獲得する。そなたらと協力したい」
ぺこりと一礼するタイミングまで一緒だ。オレはアルセイスと顔を見合わせた。
「俺たちが何をしに来たかは分かっているのか?」
「勇者を倒し、ラインライア王国を綻ばせるきっかけを探りに来たのだろう」
中らずと雖も遠からず、おおよそそんな感じでいいと思う。頷いたオレを見て、アルは眉をひそめた。素直に答えすぎだと言いたいんだろう。こほん、と咳払いしてから、言葉を続けてる。
「……だが、お前が玉座についたからと言って、他国は追及の手を緩めないぞ。今、勇者を除けば、諸国連合に対立する手段を失くすことになる」
「もとより戦うつもりはない。ユスちゃんもいるのだ、戦争はなんとか回避せねばならぬ。諸国連合のためにも」
「どういうことだ」
アルセイスががたりと椅子を鳴らした。
シャーロットの後ろから、ユスティーナ姫がそっと顔を出す。
「この国の人族たちは、多くが下着を解放されていますの。その力がどの程度か、お父様たちはまだご存じでないですわ。知れば、被害の大きさに思いいたろうというものでしょう」
「それならば、勇者にこの戦いを勝たせてから玉座を奪えばいいだけだろう? なぜ今、先走ろうとする。俺たちに与せば、ラインライアの勝利は絶対にあり得なくなるぞ」
「ほっ、大きく出たものじゃな!」
シャーロットが微笑み、アルセイスは真顔でそれに対峙する。
双方引かぬ睨み合いの後、先に口を開いたのはシャーロットだった。
「もちろん、私には先に話した通り保身の気持ちもある訳だがな。ラインライアの勝利を望まぬ理由は、そなたらが今、慌てて城に潜り込んでおるのと同じ理由じゃ。即ち――この戦にラインライアが勝てば、そこで世界が終わるゆえに」
「それは――」
アルセイスが何かを言おうとしたけど、オレは慌ててそのシャツを引いた。大人しく口を噤んだアルの代わりに、オレは頷いて見せた。
「シャーロット姫、あんたどこでそんな話聞いたんだ」
「勇者さまと、その連れのジーズという男が話していましたわ。わたくしたち、あなた方が入っていらしたその抜け穴を使って、いつもあちこち歩きまわって遊びますの」
「ユスちゃんと二人で玉座の間まで行った時、父上や兄上がいなくなった隙に、勇者たち一行が話しているのを聞いたのだ」
話の内容に、王族らしい判断と女児らしい趣味が混ぜこぜになっていて、正直頭がごっちゃになりそう。が、とりあえず、そういう話なら分からなくもない。
だって、オレが動いてるのも同じ理由なんだから。
「知ってるなら、話が早いな。つまり、二人は世界が終わるよりは国の繁栄を諦めるって言うんだな」
「諦める訳ではない。もちろん、世界が崩壊してしまえば、この国も生き残れはせぬ。だが、それ以前に今のラインライアは確かに栄華を極めておるが、実のところその中枢は腐りきっておるのだ。金満政治に他国からの締め出し……今は最盛期じゃ。逆に言えば、この後は下がっていく一方。たとえ私が継いだところで、長くはもつまい。それよりは、痛みを堪えて何もかもやり直すのじゃ。そのための一撃をこそ、私はそなたらに求めたい」
確かに、ダニエルのような悪どい商人が跋扈しているのを見ると、この国の上層部がひどいことになっているだろうという予測もつく。アルの話じゃ、奴隷市なんてのもあったらしいし。
奴隷制度があることも問題だが、公には禁じられているはずのものが、暗黙の了解で利用されているのが尚更問題だ。法律というものが、あってないものになってしまってるってことだから。
オレは頷いて、テーブル越しに手を差し出した。
「分かった。あんたらのこと、信じよう」
「かたじけない」
手を取ったシャーロット姫が、にやりと笑う。十歳やそこらの見掛けからは想像のつかない豪胆さだ。
「ユスちゃんも握手しておいたらどうじゃ?」
「わっわ、わ、わたくしは結構ですわ! わたくし……ロッティが幸せに暮らせましたら、それで良いのです……」
「ユスちゃんは可愛いのー」
「そんな……可愛いというなら、ロッティこそ」
第一印象とはぜんぜん違う顔で、ユスティーナ姫が身体をくねらせている。
いちゃいちゃきゃっきゃっしている二人を見て、隣のアルがちらりとこちらに視線を向けた。
「なんだよ?」
「お前も十分可愛いんだから、そんな恨みがましい顔で見てなくてもいいだろう」
「うっ、恨み……いや違うって! ただ、なんかこういう時は――や、そうじゃない。誰が可愛いんだよ、違うだろ!?」
「お前だ」
「いや……ちょっとは照れろよ!」
「可愛い」
「やめ……っ、ちょ……」
「可愛いよ。お前は可愛い」
段々近付いてくるアルから、慌てて顔を背ける。何言われてんだか訳わかんないし、なんかすごい顔が熱くなってきた。
はっと気づくと、テーブル向こうの二人は興味津々の顔でこっちを見てるし、アルはそのまま床まで押し倒してやる、みたいな勢いで迫ってきてたので、もうどこから止めればいいのか、オレには分からない。