表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
汝、眼前の純白を愛せよ  作者: 狼子 由
第一章 Ready To Run
18/198

18 ごめんねの理由

 再びクラーケンの触手に締め上げられたアルセイスが、必死にもがく。

 オレは慌てて足元のゼルスィ――……だった死体が握っている剣に手を伸ばした。重くてうまく持ち上がらない。


「おい、ヤバいヤバい、さすがにヤバいぞ! アルが――」

『待って、お兄。非力なお兄じゃ助けらんないよ。それより、アルセイスに【聖光翼刃斬セラフィーム・フローレス】使えって言ってあげて』

「はあ!?」


 聖槍リガルレイアの最終奥義たる【聖光翼刃斬セラフィーム・フローレス】は、女の身体じゃ使えないって設定なんだろ? そんなことより折角オレも魔術を使えることがわかったんだし、何か使って見た方が良いんじゃないか。

 問い質そうとしたけれど、冷たい声で「いいからあたしの言うこと聞きなさい、バカにい」なんていつもの調子で詰られた。オレほどじゃないにしても、莉亜りあもこのランジェリを何度かプレイしている。リガルレイアの設定くらいはわかってるだろう。

 それでも何か考えがあるってことなんだろうけど、果たしてオレの言葉をアルが信じてくれるだろうか。迷ってる暇も確認のしようもなく、とりあえずそのままを口にした。


「おい、アル! 【聖光翼刃斬セラフィーム・フローレス】使え!」


 言った途端、はっとした表情で斎藤さんがこちらを見た。


「……やはり、勇者の記憶自体はあるんですね」


 唇を歪めて独り言のように呟いている。

 だけど、オレには何のことやら……だって、千年前の勇者の記憶――旧版ランジェリのデータなんて、あの頃プレイしたヤツなら皆知ってるはずだ。ゲームの中で(・・・・・・)公開されていた(・・・・・・・)情報なら。


 アルの視線がちらりとこちらを見る。

 【聖光翼刃斬セラフィーム・フローレス】を使えって言ってるのは莉亜りあだ、とまでは教えなかった。何だか情けなさ過ぎて。これじゃまるで、オレがゲームキャラで莉亜がプレイヤみたいだ。

 いや、それを言うならもしかしたら最初から。斎藤さんの指示通りに起こしたあれやこれや全て……?


 絡まれながら槍を刺そうと四苦八苦していたアルは、オレの言葉を聞いて一瞬動きを止めてから、心を決めたようにクラーケンを睨み付けた。


「――【其は青藍の刻限に佇立する万有の先導者】――っ!」

「ぐふっ……聖槍リガルレイアの担い手よ、己の身体のことすら忘れたか?」

「うるさいっ! アレが本当に淫魔シトーなら、話は大体読めてきた――要するにそういうことなんだろうが!」

「……何?」

「かつて喪われた『下着ランジェリィ』を解放して、魔王の力を取り戻そうとする者ども――お前らの目的は、魔王の復活だろう!」


 思い当たることがなかったらしく、きょとんとするクラーケンを横目に、斎藤さんと莉亜りあは口々に感想を述べている。


「おお、まさか千年も経っているのに、喪われた『下着ランジェリィ』を知る者がいるとは」

『やだ。あんなにしっかり封印したのに、まだ知ってる子がいたんだ。レスティの仕業かしら』

「……祖レスティキ・ファより代々引き継がれた伝承の通りだ、『千年ののちいにしえの淫欲を操る魔王の力再び高まり、勇者の魂、森に現れん――』」

「むしろ隠そうとするかと思いましたが……あの女、よくもそんな予言を延々と伝えてきたものですね」

『こういうことが起こったからには、言い伝えておいて良かったのかもだけど……』


 お互いに声は聞こえていないはず――いや、莉亜りあには斎藤さんの声は聞こえてるのかも知れない――だけど、まるで掛け合いのようにタイミング良く言葉が続いている。

 2人の声を無視して、アルは服の肩口で頬を拭い、改めて声を張り上げた。


「『――そのあかつき、我がすえは勇者とちぎり、ともあゆむべし』――お前、ばーちゃんのばーちゃんのばーちゃんに、千年前から結婚相手を指名された男の身になってみろ!」

「何ですか、その予言――レスティキ・ファのヤツ、侮れないことをすると思ったら、ただのバカじゃないですか、あはははは!」

『レスティったら、何でそんな言い伝えを遺したのかと思ったら……末裔でも良いから、勇者とまた結ばれたいってそう思ったのね……うふふふふ』


 斎藤さんと莉亜の(多分全く違う理由での)笑い声がユニゾンで響く中、正面から詰め寄られたクラーケンが、思わずといった様子で反論した。

 

「……ちょっと待て! そ、それは我々のせいなのか? 貴様の祖先とやらの問題じゃないのか!?」

「魔王の復活を目論むなら、どちらにせよお前はアルフヘイムの敵だ。――加えて俺は、予言を成立させようとするヤツに個人的に恨みがあるってだけだ! 【永劫の腕に抱け! ――最終奥義聖光翼刃斬セラフィーム・フローレス】!」

「お、おい、貴様、それどっちかって言うと後者の方が――ぎゃあああああ!」


 八つ当たりじみた詠唱の結果、生まれた光の奔流が、花びらのように舞いながらクラーケンを切り刻んでいく。青い刃が軟体に食い込んで微塵に散らばり――光が消えた後には、びくびく動くミンチと変な液体に塗れ、ぬらぬらしているアルだけが残っていた。

 声をかけようと息を吸った途端――身を翻してこちらへ踏み込んできたアルセイスが、オレの鼻先にリガルレイアの穂先を突きつけた。


「――近寄るな、レイヤ」

「あ、アル……」

「『いにしえの淫欲』――すなわち下着ランジェリィを解放する程の――【下着解放ランジェリリリース】の力を持つ人族」

「……え、いやそれは」

「――お前が、勇者なんだな?」

「いやあのだから、えっと……」


 これはゲームで、と言おうとした。

 ゲームだ。ただの。そうだろう?


 斎藤さんが指示した通りにしただけだ。

 昔からあれだけ遊び倒したラン・ジェ・リのリメイク版。現代技術を最大限に利用した高度なVRだ。


 オレの足元の頭を失った死体も。

 目前でてらてら光る刃も、その向こうからオレを射抜く青い瞳も。

 アルの身体に纏わりついた、生き物の成れの果ても。


 喪われた命も、向けられた怒りも、今までのオレの行為も。

 全部ニセモノだ。データを弄っただけだ。

 こんなのは全部、復元可能な、ただの――。


 ゆっくりと後ろを振り返る。

 斎藤さんと目が合って、にこりと微笑まれた。

 つりこまれるように、オレも引きつった唇で笑い返す。


「斎藤さん。あの……これ、ただのゲームですよね?」

「もちろん」


 笑顔のまま答えが返ってくる。

 安堵で肩から力が抜けた瞬間に、言葉が続いた。


「――もちろん、ゲームな訳がないじゃないですか」

「……え?」

『バカにい、まだそんな風に思ってたの……ダメだよ。現実見てよ』


 莉亜の声が、冷たく耳元に突きつけられた。

 現実って何だっけ……?

 捻っていた首を戻すと、怒りを通り越して絶望を湛えた青い眼が視界に入る。


「――俺は伝承を実現させようとするヤツらが心から嫌いだが、こう(・・)して俺の身体を作り変えてまで添おうと言うなら、お前が(・・・)、魔王の復活を食い止める勇者なんだな!? お前に従うことで、アルフヘイムの平和は保たれ――我が一族の安寧は保たれるんだな! ……ゼルスィのような犠牲者は、もう出さなくて済むようになるんだろうな……!」


 問い詰められて、ようやく何を求められているのか、分かったような気はした。

 だけど――いや、でも。

 待って。だって。


 オレ、そんなの何にも考えてない。

 世界なんてそんな重いもの、背負ったつもり、ない。

 ただ言われるままに……アルバイトで。斎藤さんが言うからそのとおりに。雇い主の指示には従わないと。これはテストプレイで、ただのVRゲームで。だから――だから。

 この世界の中で、オレが自分で決めたことなんてひとっつもなくて――!


 言葉にならないままにぐるぐる回る思考に、耳元から優しい声がした。


『……ねえ、お兄。そんなに悩まなくても大丈夫だよ』

「り、莉亜……」


 そう、「大丈夫」って、「これはゲームだから」と言ってくれ。

 さっきの言葉は嘘だって。

 データさえ戻せば、全部なかったことになるって。


『あのね、おにいは勇者なんかじゃないの』

「は?」

『勇者なのはね、あたしなの。お兄は、シトーに間違えられただけなの。ごめんね』


 ――オレが欲しいのは、そんな言葉じゃない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ