12 内緒の抜け道
オレたちの目的は、まずはヘルガとベヒィマを救うこと。そのために彼女たちが(たぶん)囚われている場所を突き止めること。
次に、火竜の砂漠の王女、ユスティーナ姫の居場所。彼女が持っているはずの聖兜ゴルゴニクスの在処。
最後に聖剣の在処と、莉亜の居場所を探り当て、会話をすること。
どれも王宮内にあるはずとは言え、広大な敷地の中、隠されているものを勇者スィリアや地魔ジーズに見つからないように探していくのは至難の業だ。
別行動中のバアルも色々探ってくれているだろうから、こちらとしても手掛かりが見つかったなら全力で取りに行きたい。
で、バアルがヘルガやベヒィマの居場所を探ってくれている間、オレたちはユスティーナ姫の方をあたることにした。
なにせ、我らが幼女パトロンであるシャーロット殿下が、自らユスティーナ姫(と思われるひと)の話題を出してくれたのだ。この風に乗らない理由はない。
アルセイスによる適当すぎる身体測定の時間が終わった。
ぱんつの上に、シャツとドロワーズのような下着を纏ったシャーロット姫が、小さな手で淑女のごとく扇を広げる。
「実を言うとな、本当は私も行ってはならぬと言われておるのだ」
「えっ?」
「トカゲの姫を連れてきたのは勇者の連れだからして……私は近付いてはならぬと、父上や兄上から言われておる」
「兄上――」
ぼそりと呟いたアルセイスが顔をしかめている。シャーロット姫と面識があるからには、その兄とも顔見知りなのだろうか。
いや、そもそも第二王女の兄ということは――
「シャーロット姫のお兄さんというのは、勇者と婚約している王子のことですか?」
「ふむ、他国でも噂になっておるかの? そうだ、長兄の第一王子アルバート。いずれ勇者を娶り、この国を継ぐものだ。……私としては、もう少しなんとかならぬものかと思っておるがの」
「……え?」
思わず聞き直したが、シャーロットはオレの声など聞こえないそぶりでにこりと笑った。
隣でアルセイスが大きなため息をついている。
「さて、では参ろうか。言っておくが、こっそり進むのだぞ。見つかったら私ともども叱られることになるぞ」
シャーロットですら叱られるらしい。堂々とユスティーナ姫のもとを訪れる訳にはいかないってことだろう。
下着姿のまま出口に向かうシャーロットの後を、オレ達は慌てて追った。
「あの、廊下に出るのにその格好は……」
「廊下には出ぬ。そっちから行こうとすると、使用人や客人に見つかるかもしれぬから」
「えっ? じゃあ、どこから――」
問いかける言葉の途中で、シャーロット姫は扉の横の壁をぐっと押した。がこん、と小さな音がしたかと思うと、ゆっくりと壁が動き始めた。あれよあれよと見る内に、壁に穴が空いて、その先に続く通路がのぞく。
「と、いうことでここを通るのだ。これは王族しか知らぬ隠し通路であるのだが、何せ古いものだから、動きやすい服装でのぞまねば、先へ行けぬ箇所があってな」
なるほど、ドレスのままでは動きにくいってことだろう。
抜け道は、外より薄暗くなっているが、壁の隙間からところどころ光が差し込んできていて、かろうじて足元は見えていた。
先を行くシャーロット姫の小さな背中を見ながら、ふと、最近同じような体験をしたことを思い出した。
暗い通路に入り込み姫を追いながら、後ろのアルセイスに声をかける。
「なあ、これってこないだのアルフヘイムの王宮図書館みたいじゃないか?」
「何がだ?」
あっさりと、思い当たりのなさそうな答えが返ってきた。そう言えば、あのとき一緒にいたのはバアルと斎藤さんか。どうやら、アルフヘイムの王族にはあの抜け道は知られていないらしい。もしかしたら、アルセイスが知らないだけかもしれないけど。
「いや、王宮図書館にもあったんだよ。こういう感じの抜け道」
「王宮図書館に抜け道……? どこだ?」
「レスティキ・ファの遺した手記の奥に。こないだ、斎藤さんが手記からその記録を見つけてさ」
「俺は手記の内容をすべて読んでいるが、そんな記録はなかったように思うな……」
「えっ、そうなのか?」
オレ達は顔を見合わせて首を傾げた。もともと斎藤さんのことだから信用はしてないが、バアルも納得してたので嘘ではないだろう。となると、暗号か何かで書かれていたのだろうか。千年前の仲間にだけ通じるような。それなら、アルが抜け道の存在を知らないのも説明がつく。
「戻ったら、もう一度調べてみた方がいいかもな」
「あっ……うん。だけど、抜け道の先は魂の情報が集まってるところだから――」
魂の流転の間に失われたレスティの記憶さえ、バックアップがとってあると言っていた。そもそも女神の領域だから、足を踏み入れちゃいけないと斎藤さんに言われたし。
だけど、あそこにバックアップがあるってことは、レスティの魂の持ち主――アルセイスだって、その完璧な複製を持っててもおかしくないんだけど、それがうまくいってなさそうなのは何でだろう。
バックアップ自体が壊れてるのか、バックアップと魂に書き込まれた情報は別なのか――あるいは、バックアップから書き込みしようとしても、うまく情報の受け渡しができなくなっているのかも。
いずれにせよ、古に女神の作った完璧な複製計画は、今や壊れてしまっているらしい。
少なくとも、アルセイスには自分がレスティの情報を継ぐものだという自覚はこれっぽっちもないみたいだし。
そんなことを考えていると、前方でシャーロットがえらいアクロバティックな体勢で壁に張り付いているのが見えた。
「むむむむむ……そなたら、そのまま進もうとしたら、落ちるぞ。私のようにこの、壁際のこの細いところを通るのだ」
よく見れば、床の真ん中にぽっかりと穴が空いていた。確かに、まっすぐ歩いていたら穴に落ちるところだった。穴は道の向こうまでずっと続いている。中は暗すぎて、どこまで深いのかも分からない。
魔術で渡れば早いのだが、今、魔術を使えばオレやアルセイスの正体がバレかねない。
もともと、普通の人族の魔力は多い方じゃないので、フェアリー族特有の浮遊の魔術や、魔族だけが使える【飛翔】は愚か、もっと一般的な【力場の固定】さえ使えないのだ。
後は、ジーズの使っていた魔術封じが、今この辺りでも効いているかどうかも分からないので、いろんな意味で魔術を使って穴を越えるのはやめた方がいいだろう。
シャーロット姫を参考に、オレとアルセイスも壁に手をかけながらぎりぎりの隙間を通る。足幅の分の床があるかどうかというところなので、ここをドレスで通るのは不可能だということはよく理解できた。
「シャーロット殿下、その……この穴は何かの罠なんですか?」
「いやあ、単に崩れただけだと思うぞ。何せ古いからの。父上や兄上は怖がって使わんから、崩れておることも知らぬし、使っている私は修繕することなど考えておらぬ」
「殿下はなぜ、修繕をせずに放ってあるんですか」
よく使うなら、直した方が便利だろうに。
尋ねると、シャーロットはちらりとこちらを振り向いて、困ったような笑顔を浮かべた。
「ここは王族のみが知る抜け道だからの。有事の時のため、秘密を知る者は王族だけにとどめておかねばならぬ。そんな場所に、修理工を呼び入れた場合はな――この抜け道から生きて外に出す訳にはいかぬのだ」
まぎれもなく微笑んでいるのに、なぜか、背筋がぞっとした。
後ろのアルセイスが、冷ややかな声で問いかける。
「……そんな場所に、なぜ俺たちを招き入れたのですか」
そう言われてみれば、確かにそうだ。
シャーロット姫の理屈で言えば、今ここにこうしているオレたちも、外に出ることを許されない――!?
心臓がどきどき鳴り始めた。
しっかりと壁に捉まっているはずの手が、汗で緩む。
一歩一歩気を付けて渡る道の先で、シャーロット姫が感慨深げに頷いた。
「ふむ……そなたらをここへ招き入れた理由はな――おっと」
つるん、と足元を滑らせた姫が、びっくりした顔を浮かべる。
その小さな身体が穴の中へ消えようとしているのを見て、オレは考えるより先に呪文を口にした。
「――セット、全詠唱破棄【飛翔】!」
幸いにして、魔術封じは発動していないらしい。
オレの身体はふわりと宙へ浮かび、そのまま下降しながら全速力で前進した。危ういところで、穴の途中を落ちていたシャーロット姫の身体を、両手の中にキャッチする。
利用しているだけとは言え、恩人を見殺しにせずに済んだらしい。軽い身体をぎゅっと抱きしめて、深く安堵の息を吐いた。
「……レイヤっ!?」
「だ、大丈夫! セーフ、セーフだから!」
上からかかったアルセイスの声に応える。
それから改めて腕の中の王女殿下の顔を覗き込むと――間近で見た少女は、いかにも嬉しそうに笑っていた。
「やはりな、下着職人よ。怪しんでおったが、そなた、ただ人ではないな?」
にまりと歪んだ唇の、幼さとは無縁の邪悪さに、オレは思わず天を仰ぐ。
頭上でアルセイスが、諦めたようなため息をついていた。