11 姫君の事情
こうしてシャーロット王女殿下の手引きのもと、オレたちは王宮へ忍び込んだ。
何せ、誰にも内緒で、とお願いしたのはこちらだ。馬車の上にある荷物入れに押し込まれたとしても文句は言えない。
正門をくぐるときと、シャーロットが馬車から降りるときに衛兵が手を貸そうと申し出たときには、一瞬焦った。が、王女殿下の癇癪じみた横槍で、何とかオレたちは誰にも見つかることなく王宮へ入り込むことができた。
本人の先導のもと姫の自室に潜り込んだところで、オレたちを振り向いたシャーロットはえへんと胸を張る。
「ふっふっふ、人を隠したり自分が隠れたりするのは、いざという時の王族のたしなみなのだ。なかなかの腕前だと褒めても良いぞ」
「さすがシャーロット殿下です」
「うむうむ、もっと褒め称えよ」
賛辞に満足しない王女を放って、オレの背後でバアルとアルセイスが計画を練っている。
「無事に入り込めたようで何よりだ。玲也に王女の相手を任せ、私たちは宮殿内を探索するということでどうだ。歩いた場所が多いほど、細かい調整をしながら【転移】が使える」
「そうだな。内部を探索している間に、うまくすれば例の『魔術封じ』を解除する方法も見つかるかもしれない」
頷くアルセイスの気配が背中から伝わってくる。オレもそっちの会話に交じりたいんだけど、シャーロット殿下はオレを会話相手から解放してくれない。
「私は強く美しく賢いラインライアの第二王女であるぞ。その王女に下着を捧げる栄誉に浴すことを光栄に思え」
「大変光栄です。では早速製作を……」
「……あちらの方は、レイヤの様子を見る限り、下着を作らなければ解放されそうにないぞ。俺は探索には賛成だが……どうする」
「一人放っておくわけにはいかないだろう。私が周囲を見回り、あなたはここで彼の護衛をするということでどうだ?」
「……俺は構わない。だがその場合、お前が一番危険なんじゃないか?」
眉を顰めるアルセイスに対し、くすっと笑う声が応える。
「私の心配をしてくれるのか? あれほど私を毛嫌いして、自分はレスティとではないと言い張った癖に」
「俺がレスティでないのは事実を伝えているだけで、別にお前のことを嫌いだとは言ってない」
「ほう?」
「レイヤは俺のもので、俺はレイヤのものだと主張しただけだ」
「……なるほどな」
何か意味ありげな会話が繰り広げられてるのだが、オレの方はシャーロットを褒め称えつつぱんつ作る隙を見つけるのに忙しい。
背後で二人が何かを分かりあっている風なのだが、それについて言及する余裕はない。
「では、この分担で互いに問題はないという訳だな。私は自分の一族についてはおおよそ居場所を感じ取れるし、昨日の今日で無理をするつもりもない。幸いにしてと言うか不幸にして言うべきか、どこにいても私の危地には飛んでくる、執拗な護衛が一人いるのでな」
「淫魔シトーのことを言っているなら、さすがのアレも、王宮の中に踏み込むのは難しいと思うが……」
「そうだな。そのはずだが、恐ろしいことにどこでもやってくる男なのだ。本当は、助けになど来ないでくれと、むしろ私も思っている」
ひらりと風が動いた。
どうやら、バアルが部屋を出ようとしているらしい。
さすがにこのまま行かせるのは忍びなくて、オレは慌てて振り返った。
「――バアル!」
「すぐに戻る。せっかく拠点を手に入れたのだ。大事を取りつつ小刻みに行こうじゃないか」
余裕の笑みで手を振る。
確かに、バアルはいつだって慎重だ。彼女に任せておけば、まずいことはないだろう。
むしろ、猪突猛進気味なのは、どちらかと言えば残ってる人の方で……。
バアルが出て行ったのを、「材料を取りに行った」などと適当に誤魔化しつつ、オレはポケットから手製のメジャーとメモ帳を取り出した。
とりあえずサイズを測る真似でもしとくか、というだけのことなのだが、後ろからアルセイスに小突かれる。顔を近づけてきたアルが、耳元で牽制の一言。
「お前、王女に触るつもりじゃないだろうな」
「いや、触らないとサイズ測れないだろ」
「新しいのは作らずに複製なら許すと言ったはずだが」
「確かに言われたけど、ここで『ほい、どうぞ』ってコピー出すわけにいかないじゃん。やってる雰囲気出さなきゃ」
「だが、お前が触れるのは良くない。俺がやるから、お前は引っ込んでろ」
「あんた、そういうの壊滅的に苦手じゃないか!」
必死で止めたが、一度言い出したアルセイスは簡単にはあきらめない。
オレの手からメジャーを奪うと、シャーロット王女に向き直った。
正面から互いに顔を合わせたところで、「ふむ」と王女が首をかしげる。
「……そなた、どこかで見たような顔をしているな」
「え、えっと……こちらはオレの助手でして、王女殿下にお目にかかったことはないと思いますが」
慌てて二人の間に入ったオレを無視して、シャーロットはしばしアルセイスを眺めていた。ぽん、と唐突に手を打つ。
「分かったぞ。そなた、エルフの森の王子によく似ておるのだ。数年前に、何やらの交渉でラインライアを訪れた王子によく似ておる」
どうやら、以前に顔を合わせたことがあったらしい。数年前と言えばまだ王子さまだった時だろうが、確かにアルの顔立ちは女の子になっても全然変わってないから、分かる人は分かるんだろう。
アルも、それならそうと言ってくれれば良かったのに。
思わず振り向くと、アルセイスは一瞬オレから目を逸らし、それから王女に改めて向き直った。
「……残念ながら、他人の空似でしょう。それにしても、王女殿下はまだ幼くていらしたでしょうに、昔の話をよくおぼえていますね」
「うむ、私はかねてより記憶力の良いのが自慢でな。ゆえに一度会っただけの下着職人の顔までおぼえることができる」
「なるほど……甘く見ていました」
確かに、今が見た目通り十歳くらいとしたら、数年前という当時は五、六歳だろうか。会ったと言っても挨拶したくらいだろうし、アルの方は覚えていたとしても向こうはすっかり忘れているだろうと思って、安心していた訳だ。
シャーロット姫はそんなアルの反応をよそに、豪快にすっぽんすっぽんとドレスを脱いでいく。傍にいるアルは、適宜リボンをほどいたりベルトを緩めたりと必要な手を貸しているが、ああいうのってどこで身につける手腕なんだろう?
スリップも脱いで、粗雑な(オレが作ったものじゃないから、莉亜がラインライアに広めた商品だろう)ぱんつ一枚になったシャーロットの横に、アルセイスは膝を突く。メジャーで適当に(本当にテキトーに)身体のサイズを測りつつ、頷いて見せた。
「俺――いや、わたしは、王子ではありません。見れば分かると思いますが」
俺は王子じゃない。見れば分かるだろう――という言葉を、アルセイスの脳内で多少女性らしくかつ丁寧に変換するとああなるらしい。文意全体の乱暴さは全く変わってない。
顔を伏せたまま手だけを動かす様子は、まあ、勤勉な助手のように見えなくもない。クールに仕事に勤しむ系おねいさんだ。
「ふむ、確かにそなたはどう見ても女だな。かの王子も女性のような顔立ちをしていたが……うん、まあそなたの髪の色はエルフたちのような金ではないし、別人なのだろう」
「ええ」
「だが、本当によく似ておるのだぞ。もしもそなたがエルフの王子なら――いや、姫でも良いが、本当のエルフ族であれば、あのトカゲの姫君も喜ぶであろうにな」
「トカゲの姫?」
はっと顔を上げたアルの頬を、シャーロットは包み込むように両手で掴んで見下ろす。
悪意のない、無垢な少女の瞳に覗き込まれ、アルセイスはたじろぐように背を反らした。
躊躇の理由はオレにもわかる。トカゲの姫――それは、もしかして。
火竜の砂漠のエルネスティ王が口にしていたことを思い出す。
末の娘ユスティーナ姫が、聖兜ゴルゴニクスとともに拐された――あるいは、出奔した――という話を。
「この王宮にな、異種族の姫が滞在しておるのだ。異種族ゆえにこのラインライアの王宮には馴染まぬようで、おかわいそうだ。私は第二王女の責務として、他国との交流をすすめようと積極的に話しかけておるが、怯えてなかなか心を開いてはくれぬ」
「……そのお方は、なぜラインライアなどにお越しになったのですか」
「うむ、私にもよくは分からぬのだが、どうやら勇者さまのお呼びに応えて来られたとか。勇者さまのお客人であれば、異種族とは言え、大事なお客人だ。できれば仲良くしたいのだがのう」
ちらりと振り向いたアルが、オレに視線を送ってくる。
オレは頷き、いまだぱんつ一丁のシャーロット姫に声をかける。
「あの、シャーロット殿下。もしよろしければ、オレたちがそのトカゲの姫とやらと、話をしてみましょうか? オレは各国を回って行商もしてますし、異国の方々ともその……それなりにお付き合いがありますので、もしかすればその方の気に入るような話もできるかも」
正直な話、ユスティーナ姫とオレやアルセイスは、何の面識もない。
同じ王族とは言え、エルフ族とサラマンダー族はまったく交流がないらしいし、今のオレたちはほとんど普通の人族と同じ姿だ。会ったところでシャーロットと同じく怯えて話にならない可能性も高い。
加えて、そもそもオレたちはユスティーナ姫の救出を最大目標にしている訳じゃない。末娘の心配をしているエルネスティ王には申し訳ないが、今のオレにとってはヘルガやベヒィマの方がよほど大事だ。
だけど――もし、その手に聖兜ゴルゴニクスがあるなら。あるいは、今は奪われたとしても万が一その在処を知っているなら。
女神の降臨を妨げるためには、そして女神を倒すという目的のためには、聖武具を集めなければ。
ユスティーナ姫は、そのカギを握っているかもしれない。
シャーロットはぱんつ一丁のまま小首を傾げ考えていたが、しばらくして決意したように頷いた。
「ふむ、そなたなら異国の話題もあろうな。よろしい、託してみようではないか」