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汝、眼前の純白を愛せよ  作者: 狼子 由
第一章 Ready To Run
16/198

16 解放――リリース――

「わっわっわっ! そ……ちょ、どこ触って……入ってくんな!」

「暴れるな、落ちるぞ」


 肌を這う触手を剥がそうと藻掻いたが、触手の持ち主たるクラーケン本人に言われ、下を見た。

 枝に貼り付いているクラーケンと、その触手に捕らわれてるオレの位置は、大体高さ5メートル。頭が真下にあるこの状態で落ちれば、普通に死ねる。

 恐怖で一瞬動きが止まったけれど、それでもやっぱり堪えきれなくなって、もぞもぞ動く。

 とにかく……キモチワルイ!


「た、頼む! それ以上シャツの中入ってこないで……!」


 いや、情けない台詞だって分かってるけど。

 これはクラーケンが悪いだろう。完全に捕まえる方を間違えてる。

 元男とは言え、せめてアルにしとけば、もうちょっとアレだったのに!


「暴れるなと言っている」


 ぐっと引き上げられ、首元に触手が巻き付いた。

 強い力で気管を締め上げられて、息が止まる。


「……ぐぅ……!」

「レイヤ!」


 真下から名を呼ぶアルに向けて、クラーケンは、見せつけるようにオレの首を突き出した。


「ちちくり合うのにかまけて敵への注意が疎かになる……愚かなものだ、アルフヘイムの王子よ」

「何だと――!?」


 言葉に詰まったアルが睨み上げる。その姿を鼻で笑うと、クラーケンはオレの首元を握る触手だけを残し、他の触手をぴちぴちと剥がした。

 樹上から首吊りのようにぶら下げられて、オレは慌てて両手で首の触手を掴み自分の身体を支える。気を抜けば首が締まって、マジでキツい。

 ……完全触感って、痛いとかキモチワルイとか苦しいとか、全部リアルなんだ。

 これ、こんな機能、本当にいるのか?

 一体、誰が喜ぶんだよ……。


「おっと、上がって来ようなどと思うなよ――か弱い人族の首をもぐのは、そう難しくはないぞ」


 笑うクラーケンの声を聞きながら、オレはひそかに考えた。

 あー、ここでゲームオーバーかなぁ……。

 行きがかり上、多少の共闘はしたが、基本的にアルセイスにとってのオレは人質にならない。むしろどちらかと言うとさっさと死んで欲しいくらいだろう。何せアルセイスの現在の不幸の半分(以上?)はオレによるものなのだから。

 痛いのはやだけど、でも、これでこのゲームを終われるなら。エルフの拷問とやらを受けなくてすむなら、それはそれで良かったのかな……とか目を閉じて考えていたら、ふと――どこからかオレに呼びかける声が聞こえてきた。


『――さん、音瀬さん! 聞こえますか……!?』

「――斎藤、さん……? っぐげ!」


 思わず呟いた喉を、クラーケンが締め上げてくる。


「何だ、独り言か? 私はうるさい人質は嫌いだ」

『あっ音瀬さん、聞こえてるんですね! 良かった……アレに邪魔されたときにはどうなることかと……』


 邪魔――切断の直前に莉亜りあの声が聞こえたことだろうか。莉亜りあが――妹が、このテストプレイを邪魔する理由は、ちょっと良く分からないんだけど。

 ついでに、そのお邪魔ムシは今どこでどうしてるのだろう。聞こえるのは斎藤さんの声だけだ。

 色々聞いてみたいのだが、触手に圧迫されて、声が出せそうにない。

 うんうん呻いていると、斎藤さんの方で大体状況を察してくれた。


『あ、何かすごい絶体絶命な感じですね……。大丈夫です、喋らなくて。こっちは状況見えてるので』


 見えてるなら、何とか助けてくれないものだろうか。

 ゲームオーバーはさして怖くないが――死ぬほど痛いのはやっぱりコワイ。


『えーっとそうですね……。じゃあ、こっちで一瞬の隙を作りますので、うまいことクラーケンの手が外れたら、一緒に詠唱して貰えますか?』


 詠唱……は良いけど。

 魔術を使おうとすれば、やっぱりクラーケンも邪魔してくるんじゃないか?

 それに、この空中で足バタバタしてる状態で、隙を作るとか大丈夫なんだろうか。落とされたりしないだろうか。


『あ、時間を使う詠唱じゃないので、安心してください。MPについても、固有スキル:下着製作ランジェリメーカはMPゼロで発動出来るからお気になさらず。触手が外れるのも――まあ、大体大丈夫ですから、私を信じて』


 言われてみれば、魔術を使うときの脱力は、下着製作ランジェリメーカで感じたことがない。なるほど、固有スキルっていうのはそういうものなのだろう。

 気持ちの準備が出来たとこで、斎藤さんが詠唱を始める。


『クラーケンから離れる前に呪文を唱えては、警戒されますからね。ええ、まずは私だけで魔術を使いますから、目を閉じておいてください。――【光輪の姫ここに舞え ――星光灯ライティング】!」


 言われてすぐにぎゅっと瞼を閉じる。

 呪文が終わった直後、目の前がひどく明るくなった。

 詠唱で分かったが、旧版では洞窟などの暗いところを照らすために使われる――灯りを作る魔術だ。


「……なっ!? 何だ、目が――!」


 アルセイスの方を注視していたクラーケンが、正面に生まれた輝きを直視して怯んだ。海魔らしく、夜目が効くのが災いしたのだろう。

 その緩んだ触手の隙間で身体を捻ると、存外簡単に吸盤が外れ――自由を取り戻したオレは、真下へ落下を始めた。すぐに気付いたクラーケンが掴まえようと触手を振り回しているが、目が眩んで動きは精彩を欠いている。


「ぎゃー!」

「あっ、このバカ!」


 ヤバいヤバいヤバい、落ちる!

 足から落ちてる分、死にはしないと思う。

 でも、地面に当たったらめちゃくちゃ痛いよ、コレ!


『――セット、全詠唱破棄カット極限防壁アルティメット・シールド】!』


 眼を閉じて覚悟した瞬間、何か柔らかいものにふんわりと受け止められた。

 斎藤さんが防御の魔術を使ってくれたらしい。地上から50cmくらいのとこで、何だか柔らかいものに突っ込んでいるような感触で、足が浮いている。


「……た、助かった……!」

「レイヤ! 大丈夫か……!?」


 駆け寄ってきたアルセイスが抱きついた途端、透けて光る壁が消えてそのまま重力に引かれて、オレの身体が落ちた。


「おっと」


 バランスを崩したオレを支えてくれたのは、アルセイスの腕だ。

 エルフの、しかも女性の細い白い腕が、オレの肩を抱いている。

 徹頭徹尾、逆じゃないかと言いたいが、実際にフォローされてる身じゃ何も言えない……。


「今のは【星光灯ライティング】か? 一体誰が――」

『さあ、音瀬さん。まだ終わっていませんよ。一緒に詠唱を』


 オレの耳元でアルセイスの声と、斎藤さんの声が重なって聞こえる。

 オレはどちらにも答えずに、ただ黙って頷いた。


『ではご一緒に。【永劫の鎖に封ぜられし 混沌の主 我が父よ】』

「【永劫の鎖に封ぜられし 混沌の】――っ!?」


 中二的な詠唱なのは、もう慣れた。でも――詠唱の途中で、ずきり、と頭が痛む。

 何か、嫌な予感がする。

 この呪文を詠唱してはいけないと、誰かが言っているような。

 でも――


「レイヤ、お前、その呪文は――!?」

「くそっ……!? 人質はどこだ! 今のは何だ、何があった……」


 アルセイスの肩の向こう、樹上から、呻きながら降りてくるクラーケンの姿が見えた。

 真っ黒い、瞼のない目が、こちらを睨み付けている。

 あの触手にもう一度捕まって、人質扱いされるなんてゴメンだ。

 だってアルセイスは結局、斎藤さんが魔術を放つまで、オレの命を諦めたりしなかった。これじゃただの足手まといだ。


『――急ぎましょう』


 斎藤さんに急かされ、首を振って痛みを散らしながら、残りの詠唱を続けた。


「……【主 我が父よ】」

「おい! 止めろ、その呪文を何故知っている!? その魔術は禁忌の――」

『【凍てつく闇の底より 今ここに目覚めよ】』

「【凍てつく闇の底より 今ここに目覚めよ ――下着解放ランジェリリリース】!」

「えっ……ひゃっ!?」


 最後の呪文を叫んだ途端、オレの肩を抱いていたアルセイスが、弾かれたように両手を放した。その身体が鮮やかに赤くきらめき、可愛い悲鳴が響く。

 同時に、少し離れた前方の地面から、竜巻のように渦巻く風が立ち上がってきた。


「……ふふふふふ……」


 木の葉を巻き上げながら吹きすさぶ風の中、含み笑いが聞こえてくる。

 それは、もうずっと耳に馴染んだ声――


「……斎藤さん?」

「ふふふははははは! よくやった! よくやったぞ! ようやく私もこちらの世界へ――ははははは!」


 少しずつおさまっていく風の中から姿を現したのは、この世界の開発者であるはずの、オレにとってはナビゲータであるはずの、斎藤さんその人だった。

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