11 枠外ぱんつ
聖槍リガルレイアをはじめとする聖武具は、魔族を除くこの世界の七種族にそれぞれ一つずつ女神より与えられたと言われている。
人族に与えられたという聖剣アドロイガル、フェアリー達の持つ聖弓フロイグリント。ドワーフ達の聖斧、サラマンダーの聖兜、エンジェルの聖鎧、そしてマーメイドの聖銛。
伝承では、女神より羽を与えられたと言われている。
魔族は聖武具を与えられていないと聞いてる。だけど、同じ謂れの武器――アダマンティンの大鎌があるのだ。それに、千年前に魔王が女神に反旗を翻すまでは、彼らも同じ女神の子だったのだから、本来はアダマンティンの大鎌も聖武具の一つだったのだろう。
どの武具も、その種族の代表者である男性にしか使えない。
だから、アルセイスは初め性転換させられたことにあれほど怒ってたのだ。オレに対してあんまりそのことは言わないが、いまだに斎藤さんへの当たりが強いのは、そのときのことがあるからだと思う。
他に、正当に聖武具を使えるのは、魔王か勇者だけ。
魔王が使えるのは元からだろう。管理者の長なのだから、他のどの存在よりも広い範囲の権限が与えられていたために。
勇者がなぜ使えるのかは――多分、女神自身が魔王に敵対させるために遣わせたのが勇者だからだ。千年前の魔王の叛乱に対して、女神が慌てて創った対抗手段が勇者だったってこと。
ここでも結局、女神がルールを定めてる。それぞれの持つ権限について。
だから、オレが作るぱんつは、枠外のアイテムとも言えるし――女神の設定した制限を壊すものだとも言える。
だって、ぱんつ穿けば女の子になったアルセイスにだって聖武具が使えるんだから。
「――つまり、あんたもぱんつ穿いてるのか!? 海魔レヴィ!」
黒い水たまり――【転移門】は、まるで血を吹くように、真っ黒な滴りを吹き上げている。
その隙間から、カーテンを押し破るように出て来たレヴィが、途端に嫌な顔をした。聖槍リガルレイアを軽く振り、身体に絡みつく黒い滴りを吹き飛ばしている。
「……わらわが何を穿こうが、そなたの知るところではないわ。そんなことより、偽魔王の身でも心配してやるが良いぞ。【転移門】に縛り付けてやったのじゃ、しばらくは出て来れまい」
「バアルのことは気になるけど、それ以上にあんたがぱんつをどうやって穿いてんのかが気になるよ。だってあんた、その巨体だし、そもそも下半分は蛇じゃん? ……はっ、もしかしてマーメイドと一緒でその蛇のところは着脱式だったり……!?」
自分でも馬鹿なことを言ってると思うが、オレの頭ではレヴィを挑発する言葉なんてこれくらいしか出てこないのだ。
挑発――くらいしか、今のオレにはできることがない。
義体として使ってた身体は真の持ち主である勇者のものに戻ってしまったし、内側にいたバアルは今や単独で別の義体に存在している。
今のオレは、どうやったって、ちょっと魔術が使えるだけのただの人族に過ぎないのだ。
バアルは依然、【転移門】の中から姿を見せない。レヴィが【転移門】を無理に抜けたことで、反作用でも起きているのかと思ったが、彼女の言いようからすると世界の裏側に縛り付けられてるっぽい。
斎藤さんは、さっき聖槍リガルレイアに吹っ飛ばされた勢いで、視界から姿を消している。しっかり見えた訳ではないが、不意打ちに近い形だったから、結構まともにダメージを食らってるはずだ。
オレが時間を稼げば、その隙にどちらかが復帰してくれないだろうか。
特に斎藤さん。個人的にはあの往生際の悪さに賭けたい。あの生き汚い人に、あれくらいで死なれちゃ困る。
……そもそも、斎藤さんがぶっ倒れてるかもなんて思ったら、バアルの様子を見に【転移門】に潜ることもできやしないじゃないか。
海魔レヴィは黒い瞳を細め、いかにも付き合い切れないというようにため息をついた。
「娘たちは好きで足を隠しておるわけではない。そなたのような愚か者には分からぬやもしれぬが」
「足の有無はこの際どうでもいいんだ。あんたがどんなぱんつ穿いてるのか、それが問題だ」
「どんな、とは」
「色とか柄とか形とか、そもそも穿いてるのか穿いてないのかはっきりしろって話だ」
「そなた、蛇身の下着に興味があるとは……これが噂に聞く変態か?」
違う。そこは違うと言いたい。断じて、本当に彼女がぱんつを穿いているかどうかが気になっているわけではない。
大体、こういうあほみたいなパターンの挑発と言うかのらりくらりと訳の分からない話をするのは、斎藤さんの役目なのだ。
あの人が喋らないと、オレがこうやって会話を引き伸ばす羽目になる。オレはじりじりと後ずさりながら、口から出まかせでぱんつの話をぶちまけ続ける。
「そう言えば、マーメイドはぱんつ作ってるって言ってたな。さっきのダフネもあの魚型下半身の下はぱんつ穿いてたし。足を隠してる――じゃなくて、それを隠してるのか、あんたたちは?」
「……要らん話が過ぎたようだな」
心底オレを蔑んだ目付きのレヴィが、聖槍をゆるりと振って手元に構えた。
「そなたの戯言に付き合うとると、寒気がするわ。疾く消えよ」
「消えよと言われて――うわっ!?」
オレがまだ喋ってるにもかかわらず、レヴィはこの距離を一息で踏み込んできた。いよいよ、言を弄するのも限界らしい。もっとくっだんねぇ話を長々とできるように、斎藤さんに弟子入りしとけばよかったか。
慌てて転がるように横に避け、呪文を唱える。
「――セット、全詠唱破棄【極限防壁】!」
「ふん、そなた如きのシールドなど――」
レヴィは魔術を繰り出す様子もなく、手元の槍を一突きした。素早い突きが正面からシールドを穿つ。それだけでひどい衝撃がシールドを震わせた。オレの手どころか足元まで揺るがすような怪力だ。シールド越しだと言うのに、槍の勢いに押されてオレはたたらを踏む。
「聖槍には魔力を込めることができるのでな。一撃で壊れるかと思うたが、なかなか頑張るではないか」
「ま、待て待て待て! そういう力任せなの良くない――痛っ!」
三撃目、シールドが澄んだ音を立てて砕けた。勢いのままにオレの頭を狙って突き出された穂先が、ぐんぐん迫ってくる。
「――【極限破壊】!」
唱えかけていた魔術が、ちょうど穂先を弾くように炸裂した。
斎藤さんやバアルが使ったものよりも小ぶりの爆発だが、それでも刃を逸らす程度の威力は出せていたらしい。
「小癪な――セット、全詠唱破棄【氷柱の剣舞】!」
「【極限防壁】ぉ!」
「馬鹿の一つ覚えでは何も変わらんぞ!」
再びシールドで魔術を弾いたオレに、レヴィは嘲笑うような笑みを浮かべた。他に何もできないと思われてるんだろう。
まあ、全くもってその通りなのだが。
何とかタイミングを逸らさずにシールドを出し続けているが、シールドと他の魔術を同時に使うような器用さはオレにはない。ひたすら押されていると言ってもおかしくない。
「――これで終わりじゃ!」
ヒビの入った二枚目のシールドに、ダメ押しするようにレヴィが強く槍を突き刺した。
砕けた破片の影で、オレは体勢を低くしてその刃をかわす。即座に真下に振り下ろされた刃を、後ろに跳んで避けた。足元で、ごろりと重いものが動く気配がする。
「斎藤さ――」
「甘いわ」
かがみ込んだオレの喉元に、リガルレイアの穂先が突き付けられた。
「最初から、シトーを連れて逃げる心づもりであることは知れておった。目配りも魔術も児戯のようなものじゃ。そのような腕前で、わらわの前に立った勇気だけは褒めてやっても良いやもな」
唇を歪めたレヴィの視線は、斎藤さんにひたりと据えられている。オレの足元に倒れたままぴくりとも動かないというのに、オレなんかよりよほど警戒の対象らしい。
幸いにして、そのことはさして悔しくはない。いつものスーツまでボロ屑みたいになったまま転がってる斎藤さんを見て、そんな気持ちを持てるほどの余裕はオレにはない。
レヴィの鱗に覆われた腕が上がり、槍が振り上げられる。
「そなたはここで終わりじゃ。リアには、何も伝えはせんから安心せよ」
それでもまだ、オレはまっすぐレヴィを睨み付けていた。
「はいそうですか、とは言わないよ。オレはまだ、あんたらがなぜぱんつを持ってるのか、知らなきゃいけないし!」
「ぱんつぱんつとうるさい男よ。地獄で好きなだけぱんつを愛でておれ」
刃が降りてくる。その切先がオレに届く直前、足元がゆらりと揺れた。まるで、水面の上に立っているような感触。
そして、それこそ地獄から響いてくるような、真下から聞こえる女の声。
「……玲也に、地獄はまだ早かろうな」
「何っ!?」
慌ててレヴィが周囲を見回した。
だけど、その時には既に、魔術が完成していた。地面には、真っ黒な虚が口を開けている。
オレの足元から伸びた白い二本の手は、真っ赤な血に塗れながらも、力強くオレの足とレヴィの尻尾を掴んだ。
「偽物だと!? 貴様、どうやってあれを抜けて来た!」
焦って振りほどこうとレヴィが藻掻いても、バアルの手は少しも緩まない。
レヴィの問いには答えもせず、微かな笑い声が響いた。
「よくぞ誘い出したな、玲也。しかるに、これで後顧の憂いなく世界の裏側に向かえると言うもの――これより向かうのは、地獄ではなく世界の裏側だぞ、レヴィ――【転移】」
どぷん、と水底に飲み込まれるように、オレの身体が沈む。
もう何度も経験してると言うのに、やっぱりこの瞬間は少し怖い。
まっすぐに落ちていく。世界の裏側、陥ったものの中身がすべてぶちまけられた場所へ。
呼吸も忘れた、暗い奥底へ。
落ちるのも知るのも怖い。だけど。
手の中に掴んでるスーツの袖が一緒に沈んでくことに、オレはちょっとだけ安心感を覚えていた。